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近江日野商人ふるさと館「旧山中正吉邸」

近江日野商人ふるさと館「旧山中正吉邸」

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日野町
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山中正吉家は山中兵右衛門家(現近江日野商人館)の分家で、初代正吉は1809(文化6年)に生まれました。
 初代正吉は、1831(天保2年)に大間村(静岡県富士宮市)で醸造業を始め、その後、造り酒屋として財をなしました。
 同邸は江戸時代末期に建てられたもので、新座敷、洋間等を含めた現在の建物は昭和13年頃に全面改...

秀吉・三成出逢いの像

秀吉・三成出逢いの像

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長浜市
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長浜市石田町生まれの三成が、観音寺で修行をしていたある日のこと。
当時長浜城主だった秀吉が鷹狩りの途中に立寄ったところ、最初は大きい茶碗にぬるいお茶をなみなみと、次は前より少し熱くして半分ほどのお茶を、最後には小さな茶碗に熱くした少しのお茶を差しだしました。
この三成の心配りに感心した秀吉は、やがて三成を召抱え...

久徳城址

久徳城址

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多賀町
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久徳は江戸期から昭和16年までの犬上郡の村名で、中世に京極家の物頭久徳氏の居城であったことに因みます。城は永禄3(1560)年に落城しました。

五個荘近江商人屋敷(外村繁邸・中江準五郎邸)

五個荘近江商人屋敷(外村繁邸・中江準五郎邸)

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東近江市
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国の重要伝統的建造物群保存地区に選定された「五個荘金堂の町並み」にある、白壁と舟板塀が特徴の近江商人屋敷です。

◎外村繁邸
 外村繁は、昭和10年「草筏」が芥川賞候補、昭和13年池谷賞を受賞、昭和31年「筏」が野間文学賞を受賞した滋賀を代表する作家です。
 外村宇兵衛家の分家として江戸時代末期に建てられた屋敷...

弘文天皇陵

弘文天皇陵

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大津市
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大津市役所の裏手にある森。弘文天皇(648-672)は天智天皇の皇子である大友皇子です。天智天皇が大津京で没すると、皇位継承(こういけいしょう)をめぐって実の叔父である大海人皇子(おおあまのおうじ)(?-686)と古代最大の内乱・壬申(じんしん)の乱(天武(てんむ)元年・672)で争い悲惨な最期(さいご)を遂げました...

野瀬山城跡(長比砦)

野瀬山城跡(長比砦)

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米原市
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滋賀県と岐阜県にまたがる野瀬山に浅井氏が築いた城で、その後織田信長も入城しています。現在も往時の土塁などがよく残っています。

粟津の晴嵐

粟津の晴嵐

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大津市
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近江八景の一つ。東海道の膳所から瀬田までの松並木を描いた「粟津の晴嵐」は強風に枝葉がざわめく様子から晴嵐と言われたとか。「粟津の晴嵐」の風景を復元した、松の並木が連なる静かな遊歩道を歩き、湖岸沿いに広がるなぎさ公園でひとときを楽しめます。

背くらべ地蔵

背くらべ地蔵

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野洲市
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大小の石仏は鎌倉時代のもので、中山道を行き交う旅人の道中を守ったと伝えられています。
また、当時は乳幼児が育ちにくかったこともあり、子を持つ親たちが「我が子もこのお地蔵さんくらいになれば、後は良く育つ」と背くらべさせるようになり、「背くらべ地蔵」と呼ばれるようになったといいます。

鎌刃城跡

鎌刃城跡

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米原市
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京極氏と六角氏の攻防や織田信長と浅井長政の攻防の舞台となった戦国時代の山城・鎌刃城跡。石垣、堀切、曲輪などが見事に残り、その遺跡の規模は湖北でも最大級で、国の史跡に指定されています。

鏡神社

鏡神社

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竜王町
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南北朝時代の建築で「日本書紀」にも記されている朝鮮半島の新羅から製陶技術(渡来文化)を伝えた天日槍を祀る神社です。本殿は三間社流造り、屋根はこけら葺きで、国の重要文化財に指定されています。

若宮氏館跡

若宮氏館跡

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米原市
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山内一豊の妻の千代は、若宮喜助友興(わかみやきすけともおき)の子として、弘治三年(1557年)にここで生まれと言われています。永禄九年(1566年)に父友興が戦死し、叔母の夫の不破氏に養われていましたが、その後再び飯村に戻りました。この頃、隣村(宇賀野村)の長野家に身を寄せていた山内一豊母子と出合い、一豊の妻になったさ...

出島の灯台

出島の灯台

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大津市
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高さ8メートルの木造の灯台。昔から船の座礁や難破事故が絶えないことから、明治8年(1875年)にこの灯台が建てられた。昭和36年第二室戸台風で倒壊寸前となったが、昭和48年地元で保存運動が起こり、灯台の修復が行われた。

朽木陣屋跡

朽木陣屋跡

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高島市
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関ヶ原の戦い以後、徳川幕府の譜代大名格の待遇を受けた朽木氏が領地内に設けた館舎で、当時は9万3000平方メートルの敷地に本丸・二の丸・三の丸をはじめ、御殿・侍所・剣術道場・馬場・倉庫など戦陣拠点としての諸施設が建っていたといわれています。 残念ながら、明治維新とともにすべての建物が取り壊され、現在は、堀・土居・石垣の一...

瀬田の唐橋

瀬田の唐橋

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大津市
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日本三名橋の一つで近江八景「瀬田の夕照」で名高い名橋。古くは、瀬田橋・瀬田の長橋とも呼ばれ、日本書紀にも登場する。現在の状態は、織田信長により現在の状況(大橋・小橋)に整備された。
「唐橋を制するものは天下を制す」とまでいわれるほど、京都へ通じる軍事・交通の要衝であることから幾度となく戦乱の舞台となった。現在の橋は昭...

五個荘近江商人屋敷(藤井彦四郎邸)

五個荘近江商人屋敷(藤井彦四郎邸)

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東近江市
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宮荘(みやしょう)町(旧:五個荘町大字宮荘)出身で、スキー毛糸で知られる豪商、藤井彦四郎(ふじいひこしろう)(1876-1956)の生家でもある旧宅をそっくりそのまま資料館としたものです。総面積8155.3平方メートルの中に屋敷・土蔵・展示館があり、現在の日本経済の礎を築いたといわれる近江商人の暮らしぶりはもとより、歴...

大通寺(長浜御坊)

大通寺(長浜御坊)

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長浜市
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真宗大谷派(東本願寺)の別院。正式には無礙智山(むげちざん)大通寺といいますが、一般に「長浜御坊」の名で呼ばれています。湖北門徒に仏法を説き広めるための道場を、旧長浜城内に開いたのが始まりで、そのころは、長浜御堂と呼ばれていました。安土桃山時代末期、京都に東本願寺が建立され、御堂を大通寺とし、その4年後に現在地に移築...

鶯ヶ端

鶯ヶ端

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米原市
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醒井宿の東端にある旧跡。西北の眺望がきわめて良いので、往来の旅人がみな杖を止めて休息しました。

“旅やとり 夢醒ヶ井の かたほとり 初音も高し 鶯ヶ端”
≪能因法師≫

瓢箪山古墳

瓢箪山古墳

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近江八幡市
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四世紀後半に造られたとされる県下最大かつ最古級の前方後円墳で、国の史跡に指定されています。

比叡山延暦寺

比叡山延暦寺

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大津市
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比叡山に広大な寺域を持つ、天台宗の総本山。平成6年に世界文化遺産に登録されています。奈良時代末期、19歳の最澄(さいちょう)(767-822)が、比叡山に登り草庵(そうあん)を結んだのが始まりです。最澄が中国に留学して天台宗を開宗してからは、弘法大師(こうぼうだいし)の開いた高野山金剛峰寺(こうごうぶじ)とともに、約...

茶臼山古墳

茶臼山古墳

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大津市
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茶臼(ちやうす)山(155m)中腹にある県下第2位の規模を誇る大古墳で国指定の史跡です。
 古墳時代前期に属する4世紀末から5世紀初頭のものと推定されています。彦坐王(ひこいますおう)とも大友皇子一族の墓ともいわれますが、被葬者については明らかではありません。
 全長122m・後円部径70m、高さ8m、前方部の長...