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彦根城
姫路城などとともに天下の名城の一つに数えられる彦根城は、井伊直継(なおつぐ)・直孝(なおたか)によって約20年の歳月をかけて建設され、元和8年(1622)に完成しました。佐和(さわ)山城・安土城・長浜城・大津城の石垣や用材が使われました。月明かりに浮かぶ彦根城は美しく、琵琶湖八景の1つに数えられています。明治時代の廃...
醒井峡谷
宗谷川沿いの峡谷。霊仙山を源とする清流に沿った山紫水明の地で春は桜、夏は新緑、秋は紅葉と、四季を通じて楽しめる景勝地。国の名勝に指定されている。
大庄屋諏訪家屋敷
【日本遺産・市指定文化財】 諏訪家に残る系図によると、諏訪家は永正(えいしょう)年間(1500年ごろ)に、諏訪左近将監(さこんしょうげん)長治(おさはる)(小笠原貞朝次男)が信州より来たことに始まると伝えられていますが、確かなことは分かっていません。 諏訪家の事がはっきりとわかるようになるのは、江戸時代に入ってから...
松尾神社庭園
桃山初期の作庭といわれ、寺院叉は武家の書院に面した庭園機構です。当地には昔、延命山尊勝寺という東大寺所属の寺があって、松尾神社はその寺の鎮守であったと考えられるところから、当庭園もその機構と思われます。 しかし、一説では、永禄9年(1566)奈良興福寺、一乗院に隠れていた将軍足利義昭が、近江に佐々木義賢を頼った時、...
勧学院客殿・庭園
勧学院は、三井寺の塔頭寺院のひとつです。客殿は国宝に指定され、狩野光信による華麗な障壁画が部屋を飾っています。また客殿の客殿の広縁の向こうに広がる池泉式(ちせんしき)庭園は、正面中央に造られた築山にヒノキ・杉の大木が植えられ、アセビ・ツツジ・サツキが植えられた山腹が高所へと続いています。また、後に付け加えられたという...
廃少菩提寺
JR石部駅の北約1.2km、菩提寺山(ぼだいじやま)(363.3m)の東麓にあります。この寺は良弁の開基といわれ、金勝寺(こんしょうじ)の大菩提寺に対して少菩提寺と呼ばれていた寺です。
1570年(元亀元年)に織田信長と戦った佐々木六角の敗残兵によって全山焼き払われて以後、復興されないまま廃寺となりました。寺の跡...
横田渡常夜燈
野洲川のこの辺りを横田川といい、江戸時代の参勤交代等で通行量が増加すると渡し船や渡し賃の制度が整えられました。この「渡し」を物語るのが泉側に立つ常夜燈。往時は夜も通行が絶えず、対岸の渡し場の目印として文政5年(1822年)に建設されたもので東海道随一の規模を誇っています。
埋木舎
いろは松のわき道を北に入った旧中堀に面して立つ簡素な武家屋敷で、門前に碑が立っています。井伊直中の第14子として生まれ、5歳で生母を、17歳で父を亡くした井伊直弼(いいなおすけ)(1815-60)が、17歳から32歳までの15年間捨扶持わずか300俵の部屋住みの身として過ごしたところです。直弼は、ここで主に身心の修練...
瀬田川洗堰
びわ湖から流れ出る唯一の川である瀬田川に、湖の水位調節と下流の宇治・淀川流域の治水対策のため、明治29年に起こった大洪水がきっかけで、明治38年に建設された。 現在の洗堰は2代目で、昭和36年に完成し、水門は10基の電動式、全長173m。旧洗堰は、少し上流の両岸に、レンガの堰柱が、記念として残されている。
兵主大社
旧中主町のほぼ中央にある神社で、平成30年には建立1,300年を迎える歴史ある神社です。祭神は大己貴命(おおなむちのみこと)、別名八千矛神(やちほこのかみ)です。奈良時代初めの創建という、県下でも有数の古社です。 約3万4000平方メートルという広大な境内の入口には、足利尊氏の寄進と伝えられる朱塗りの楼門(ろう...
大原城跡
甲賀武士大原篠山数馬の屋敷で、土塁、堀が残存し、室町時代の城跡をそのまま保存。町指定史跡。
藤樹書院・良知館
JR安曇川駅の南東約1.2kmにあります。近江聖人といわれた日本陽明(ようめい)学の祖、中江藤樹(なかえとうじゅ)(1608-48)の住居跡・講堂跡で、国の史跡に指定されています。 この建物は、藤樹の自宅が狭くなったために彼が没する半年前の正保5年(1648)に、門弟や村人たちの協力によって完成したものです。明治時代...
セミナリヨ跡
織田信長の庇護を受けた宣教師オルガンチノが建てた、日本初のキリスト教学校です。本能寺の変後、安土城とともに焼失しました。堆定地が公園として整備されています。
来照寺 庭園
庫裡書院北面に広がる枯山水庭園。彼方に西日に輝く琵琶湖が見渡せ、江戸時代に「西方極楽浄土の庭園」として作られました。石組みの技法が優れています。
柏原宿歴史館
米原市柏原は、江戸時代中山道60番目の宿として、たいそう賑わった宿場町です。長さが1.5kmと近江国最大級の宿場であり、昔ながらのまちなみを残しています。中でも柏原宿の特産である伊吹山の薬草を原料とした伊吹艾を商う「伊吹堂亀屋佐京商店」は、今も昔と変わらぬたたずまいで日本一大きい福助とともに旅人を迎えてくれます。 「...
総門
現在、「郭内」と呼ばれるところはかつての武家屋敷地で、周囲に土塀を巡らせ総門、西門、南門を設けました。そして、背戸川、総門を境として、南は武家屋敷地、北は町人町として区画しました。城下には、「長刀町」・「伊勢町」・「江戸屋町」・「舟入町」・「職人町」・「紺屋町」・「蝋燭町」等の地名が今も残っています。総門は大溝陣屋の正...
木之本地蔵院
眼の仏さまとして知られる寺。境内に立つ6メートルの地蔵像は秘仏である本尊を模しており「木之本のお地蔵さん」が全国から訪れる参拝客を出迎えます。寺の歴史は古く、白鳳時代にさかのぼります。 毎年8月の「大縁日」には多くの露店と遠近よりの参拝客で大変賑わいます。
近江風土記の丘
近江の歴史と文化を心ゆくまで満喫できるようにと、特に歴史的風土の豊かな安土城跡の近くに造られた歴史公園です。敷地内には県下から移築された旧安土巡査駐在所、旧柳原学校校舎、旧宮地家住宅の3棟の建造物や、常夜燈・道標などの石造物があり、また、安土城考古博物館では県内主要遺跡の紹介と考古学からみた縄文時代から古墳時代の歴史...
茶臼山古墳
茶臼(ちやうす)山(155m)中腹にある県下第2位の規模を誇る大古墳で国指定の史跡です。 古墳時代前期に属する4世紀末から5世紀初頭のものと推定されています。彦坐王(ひこいますおう)とも大友皇子一族の墓ともいわれますが、被葬者については明らかではありません。 全長122m・後円部径70m、高さ8m、前方部の長...
琵琶湖疏水
京阪電鉄三井寺駅のすぐ北側を流れる疏水運河。京都への飲料水の供給と灌漑、水運、発電を目的として明治18年(1885)6月2日に着工、約5年の歳月をかけて明治23年(1890)4月に完成しました(第2疏水は明治45年(1912)に完成、全線トンネルで、延長7.4km)。全長11.1km、日本人だけの技術で、資材面などの...