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岡遺跡
奈良時代の役所跡であることがわかっています。溝によって区画された政庁、正倉、舘などの施設が発見され、古代栗太郡の郡衙(郡の役所)として全国に知られました。小槻大社や歴代の首長墓が付近に立地することから、小槻氏の本拠地につくられたといえます。
市辺押磐皇子御陵
近江鉄道市辺駅の南東約1.2kmのところにあります。円墳が2基あり、東方のものが皇子の墓で周囲約50mという大きさです。西方にあるのは、皇子の従人であった悵内佐伯部売輪(とねりさえきべのうるわ)の墓と伝えられています。これは周囲約25mです。 5世紀の中頃、安康(あんこう)天皇が従兄弟である市辺皇子に皇位を譲ろう...
野瀬山城跡(長比砦)
滋賀県と岐阜県にまたがる野瀬山に浅井氏が築いた城で、その後織田信長も入城しています。現在も往時の土塁などがよく残っています。
㈱水郷のさと まるやま
日本三大水郷のひとつにあげられている近江八幡の水郷、その中でも昔と変わらない自然のままの水郷は近江八幡だけで日本一と言われています。 平成18年1月、国の重要文化的景観第一号に選ばれ、平成20年10月ラムサール条約湿地として西の湖と長命寺川が登録。平成21年1月には「白王・円山」が日本の里100に選ばれるなどその貴...
姉川古戦場
町の南端を流れる姉川の野村橋(のむらばし)付近一帯は、戦国時代に壮絶な戦いが繰り広げられた所です。 小谷(おだに)城主の浅井長政(あざいながまさ)(1545-73)は、織田信長の妹お市の方を夫人にし、織田家と同盟を結んでいましたが、かねて親交のあった越前の朝倉(あさくら)氏を、信長が攻めたことにより信長と長政との間に...
旧和中散本舗
<栗東八景〜積日の海道と城跡〜> JR手原駅の東約2km、旧東海道沿いの六地蔵にあります。大角弥右衛門家の邸宅のことで、豪商の昔の姿をそのまま今に留めています。 六地蔵には江戸時代、旅人のために道中薬を売る店が数軒あり、大角家は、その中で和中散という薬を売る「ぜさいや」の本舗として栄えました。薬を売るだけでなく、...
雪野山歴史公園
東近江市・近江八幡市及び竜王町にまたがる雪野山(308.8m)の山頂にある4世紀中頃の古墳。平成元年(1989)に全国でも珍しい未盗掘の状態で発見され、話題を呼びました。墳頂部に竪穴式石室1基があり、副葬品も多く出土しました。 竪穴式石室の基軸は南北方位で、材質は壁面・天井石ともに湖東流紋岩です。床面に粘土床を設...
セミナリヨ跡
織田信長の庇護を受けた宣教師オルガンチノが建てた、日本初のキリスト教学校です。本能寺の変後、安土城とともに焼失しました。堆定地が公園として整備されています。
鏡神社
南北朝時代の建築で「日本書紀」にも記されている朝鮮半島の新羅から製陶技術(渡来文化)を伝えた天日槍を祀る神社です。本殿は三間社流造り、屋根はこけら葺きで、国の重要文化財に指定されています。
坂本城址碑
市内東部の下阪本、東南寺(とうなんじ)から旧道へ出る小川に沿う道筋に、坂本城跡の碑があります。坂本城は、現在見るべき遺構がほとんど残っておらず、この碑だけがひっそりと立っているだけだが、戦国時代に明智光秀(1528-82)が築城した城です。 城内に琵琶湖の水を引き入れた水城で、大天守と小天守を持ち、その姿は非常に...
興聖寺(足利庭園)
寛元元年(1243年)宋から帰国した曹洞宗の開祖、道元禅師(どうげんぜんし)が朽木の里を訪れた際、付近の風光明媚な様子が宇治の輿聖寺に酷似していると大変感激して、領主の朽木氏にこの地に一寺の創建を勧めたのが始まりといわれています。林のように木々が茂っている中に寺が立っており、境内からは安曇川や上山などの広大で雄大な景色...
多田幸寺
市内南部にある田村山の麓にある臨済宗妙心寺派の寺院です。平安時代末期に源賢が天台宗で開きました。小さい寺ですが、本尊の薬師如来坐像は国の重要文化財です。
茶臼山古墳
茶臼(ちやうす)山(155m)中腹にある県下第2位の規模を誇る大古墳で国指定の史跡です。 古墳時代前期に属する4世紀末から5世紀初頭のものと推定されています。彦坐王(ひこいますおう)とも大友皇子一族の墓ともいわれますが、被葬者については明らかではありません。 全長122m・後円部径70m、高さ8m、前方部の長...
河内の風穴
霊仙山塊(りょうぜんさんかい)カルスト地帯にある鍾乳洞(しょうにゅうどう)風穴。入口は高さ1mと小さいですが、洞内は3層構造で小洞が複雑につながっているため、総面積1544平方メートルと広く、関西でも有数の鍾乳洞といわれています。洞内温度が一年を通して12℃から13℃であるため、夏は涼しく冬は暖かいです。 大正11年(...
五個荘金堂の町並み
五個荘金堂地区は近江商人ゆかりの地として知られており、国の重要伝統的建造物群保存地区に選定されています。 町並みを歩くと舟板塀や白壁をめぐらした蔵屋敷があり、清らかな水が流れ錦鯉が優雅に泳ぐ掘割が縦横に走っています。 金堂地区では近江商人屋敷2邸(外村繁邸・中江準五郎邸)と金堂まちなみ保存交流館が公開されており、近...
石の寺 教林坊
西暦605年、聖徳太子によって創建されたと伝わり、林に囲まれた地で教を説かれたことから「教林坊」と名づけられました。ご本尊の観音さまは同じく聖徳太子作で、赤川観音と呼ばれ、困難な願いも二度参れば叶う「再度参りの観音」と信仰を集めてきました。 また境内に広がる庭園は小堀遠州作と伝わり、苔むした巨石が連なる豪快な桃山時...
盛安寺
京阪電鉄石坂線の穴太(あのう)駅から北東へ5分ほど歩いたところにあります。天台真盛宗(てんだいしんせいしゅう)。創建は不明ですが、戦国時代に越前朝倉氏の家臣である杉若盛安(すぎわかせいあん)が再興し、自分の名を付けたと伝えられます。その後、何度か焼失しましたが、その度復興され、現在に至っています。 穴太という土地は...
福寿寺
829年に建てられた黄檗宗の古刹。八幡商人の崇敬を集めました。平安時代作の本尊・千手十一面観音像は、胎内に造像祈願文が納入された貴重なものです。
【福寿寺庭園】 石とサツキで構成し、池を配した桃山時代の名庭。静かなたたずまいは俳句にも詠まれています。
ひこねレンタサイクル ひこちゃり
彦根駅から徒歩1分、アルプラザ彦根1Fメイン通りに面したレンタサイクルショップです。彦根や周辺の湖東地域をディープに巡るには自転車が一番。小回りの利く自転車で城下町の小路を行くのは探検気分で楽しいし歴史ある彦根藩時代の武家屋敷群には風情があります。歩けば遠い琵琶湖も自転車だとすぐ。彦根のまちなかを抜けて湖東地域に繰り出...
妙感寺
JR三雲駅の南西約2km、町の中央の小高いところにあり、背後には阿星山(あぼしやま)(693.1m)がそびえています。臨済宗妙心寺派。南北朝時代、藤原藤房(ふじわらふじふさ)が出家して開山したと伝えられています。 閑静な境内には、手入れされた庭や仏殿・庫裏などが落ち着いたたたずまいを見せています。本堂裏からを10...