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しゃくなげ學校(旧 鎌掛小学校)
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- 日野町
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鎌掛小学校の始まりは、明誼小学校として明治7年に開校され、明治20年に尋常科鎌掛小学校として改名されました。二階建ての校舎は、昭和5年に新築され、地域の子供たちの学び舎となっていましたが、平成13年に廃校となりました。以降は、NPO法人蒲生野考現倶楽部が日野町から借り受け、地域の人の協力を得て「しゃくなげ學校」として開...
千樹寺
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- 豊郷町
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夏の風物詩「江州音頭」の発祥地とされる永源寺派のお寺。奈良時代に行基が創建した四十九院の一つです。戦国時代、織田信長の兵火に合い焼失しますが、本能寺の変で信長亡き後に、近江商人藤野喜兵衛の先祖・太郎右ェ門が寄金して再建しました。その落慶法要の際に住職が境内に人形をたくさん並べお経に音頭の節をつけて唱い、手ふり足ふり拍子...
瓦屋禅寺
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- 東近江市
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寺伝曰く聖徳太子が山中の土を用いて瓦を106,000枚から108,000枚造らせて摂津(大阪)四天王寺建立の際にその瓦を用いたのが寺名の由来とされます。
瓦屋寺(かわらやじ)の名は聖徳太子より賜り、本堂中心の十一面千手千眼観世音菩薩立像(旧国宝・現国重要文化財指定)、四天王像四体(東近江市文化財指定)、地蔵菩薩座...
善利組足軽組屋敷
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- 彦根市
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善利組足軽組屋敷、城下の南部、外濠(現在の昭和新道)と芹川とに挟まれた地区にあります。
彦根藩の足軽衆は、二十二俵三人扶持の禄高で、第四郭つまり町の一番外側に住居を置き、城下を守る役割を果たしていました。
組屋敷は、中藪組が、慶長11年(1606年)に設置されたのをはじめ、善利組は、元和3年(1617年)、足軽の増...
今宿一里塚
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- 守山市
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JR守山駅の西、守山市農協守山支店前(旧物部村役場跡)に残っている市指定の史跡。 一里塚とは江戸時代に幕府が制定した塚で、日本橋を起点に主要街道に沿って一里ごとに榎(えのき)などの木を植えたものです。一里ごとに街道の両側に五間(約9m)四方の塚を作って植え、遠方からでもよく見えるようにし、木陰で休憩したり、馬子(まご)...
大原観音寺(伊富貴山観音護国寺)
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- 米原市
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伊吹山旧四大寺の一つ。平安時代前期の仁寿年間、律師三修によって建立されました。観音寺は通称で、正式には伊富貴山観音護国寺(いぶきやまかんのんごこくじ)といいます。もとは法相宗(ほっそうしゅう)に属していましたが、弘和(永徳)3年(1383)に天台宗に改めました。正元年間(1259-1260)に、現在地に移築されていま...
小津神社
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- 守山市
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JR守山駅の北西約4.3kmの大きな森の中にあります。古代豪族小津(おづ)氏を祀ったのが、始まりとされています。のち主神として宇迦乃御魂命(うがのみたまのみこと)などが祀られました。古くから、皇室や武門の崇敬が厚く、足利尊氏(あしかがたかうじ)は南北朝の乱の際に神聖な境内への兵馬の乱入を固く禁じたと伝えられています。...
西川甚五郎本店史料館
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- 近江八幡市
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西川では、初代西川仁右衛門が数え18歳の時、蚊帳などの生活必需品の行商を始めた1566年を創業の年と定めています。その後1587年、近江国八幡町(現 滋賀県近江八幡市)に当時の屋号山形屋として店を開き西川の繁栄の礎を築きました。
そして、近江商人として「売り手よし、買い手よし、世間よし」の三方よしの理念を具現化するこ...
岩屋古墳 岩屋不動
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- 竜王町
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岩屋古墳は、墳丘の全長が約36mの横穴式石室を埋葬主体とする前方後円墳です。
石室は、江戸時代に奥壁の一枚岩に不動明王を刻み、「岩屋不動」として信仰されています。石室の現状の大きさは、玄室の長さ5.4m、幅は奥壁部1.95m、玄門部で2.5m、高さは2.4m。
古墳自体の調査が行われてないため、明確な築造年代はわか...
きのもと交遊館
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- 長浜市
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”北国街道・木之本宿に建つ文化交流施設”
滋賀県長浜市にある旧木之本町には、かつて北国街道の宿場町として栄え、時代と共に発展していった歴史的、文化的遺産が現在でも数多く残っています。
その文化遺産の一つ、旧滋賀銀行の建物を改装した「きのもと交遊館」は、地域の皆様、そして木之本のまちを訪れる皆様が相互に交流を図り、ま...
葛籠尾崎湖底遺跡資料館
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- 長浜市
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葛籠尾崎湖底遺跡史料館は、世界で最も深い湖底にある葛籠尾崎湖底遺跡の資料館です。
葛籠尾崎湖底遺跡は、琵琶湖に突き出した葛籠尾崎の先端から東沖6メートルから700メートル、岬の湖岸に沿って北へ数キロの範囲で、水深10〜70メートルの湖底にある遺跡で、その成り立ちは謎に包まれています。このからは縄文土器や弥生土器、土師...
かわらミュージアム
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- 近江八幡市
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八幡瓦と八幡の歴史をテーマにしたミュージアム。
近江八幡は城下町として、また近江商人のまちとして繁栄し、発展をとげました。往時の町並みなどの歴史的景観に大変恵まれ、周辺は国の重要伝統的建造物群保存地区に選定されています。
「瓦」は屋根の表情をつくり、屋根の連なりが、まちの景観を支えてきたという視点で「かわら」...
近江商人記念館 八年庵
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- 東近江市
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豪商・塚本源三郎と、その母で文化人としても知られた塚本さとの本宅。塚本源三郎が明治十三年に古屋を購入して移築し、既存の土蔵を合わせた築二百年以上の邸宅で、塚本家の理念を表す「質素倹約と勤勉」そのものの落ち着いた佇まいと文人好みの簡素な山水庭が美しいです。
また、文化人としても知られる源三郎は、書家の雅号・八年(やとせ...
滋賀県埋蔵文化財センター
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- 大津市
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今からはるか数百万年前、私たちの祖先(そせん)は、2本の足で歩き、やがて火や道具を使うようになりました。人類の誕生です。その人類の誕生から今日に至るまでの歴史を、生活の痕跡である集落(住居)や官衙(役所)、城、墳墓(ふんぼ)、窯(かま)、溝渠(みぞ)、ゴミ捨て場などの「遺構(いこう)・遺跡(いせき)」と、石や木、骨、...
行市山
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- 長浜市
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標高660mの行市山は賤ヶ岳の合戦時の佐久間盛政の陣地跡、西浅井から長浜方面まで一望できます。
余呉町小谷側から開設されている太田谷林道途中より、行市山へと続く山道があります。
新堂毛受兄弟の墓からは遊歩道が整備されています。