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長光寺城跡

長光寺城跡

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近江八幡市
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長光寺城のあった長光寺山は、別名、瓶割山と呼ばれています。この由来は、織田信長の命により配されていた柴田勝家が、近江の守護「佐々木」の軍勢に包囲され籠城策を取った際の逸話によるものです。籠城が長引くにつれ、貯蔵している水も残りわずかとなり、このままでは落城も時間の問題と思われたが、柴田勝家は、座して死すよりも将兵の士気...

賤ヶ岳古戦場

賤ヶ岳古戦場

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長浜市
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安土桃山時代、本能寺の変で織田信長が倒れた後、明智光秀を討ち実質的な主導権を握っていた豊臣秀吉と、織田家の旧臣中第一の家柄を誇る柴田勝家との間で権力争いが生じ、ついに武力をもって決着を付けようとしました。これが俗にいう「賤ヶ岳の合戦」です。余呉湖を挟んで、両軍は北と南で睨み合っていましたが、天正11(1583)年の4...

大溝城跡

大溝城跡

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高島市
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JR近江高島駅の東南約150mにあります。石垣に囲まれた小高い森が、大溝城の本丸跡です。
大溝城は新庄城(旧新旭町)にいた織田信澄(のぶすみ)(信長の甥)が、天正6年に築城したもので、高島郡内から商家や寺院などを移して城下町を造りました。本丸の南東の乙女ヶ池は琵琶湖の内湖で、古地図によると、大溝城はこの内湖を巧みに利...

賤ヶ岳

賤ヶ岳

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長浜市
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南北に奥琵琶湖と竹生島、東に伊吹山、北に余呉湖を一望できる賤ヶ岳は、琵琶湖八景の一つとして知られています。
1583年(天正11年)、羽柴秀吉と柴田勝家が覇権を争った「賤ヶ岳の戦い」の戦場跡で、戦跡碑、戦没者の碑があります。
また、琵琶湖と余呉湖のふたつの湖の景観と史跡を巡る多彩なハイキングコースが整備されています...

佐和山城跡

佐和山城跡

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彦根市
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彦根駅の北側、佐和山(232.5m)にある城跡です。
 不破(ふわ)の関があった関ケ原(せきがはら)に近く、交通の要衝でした。近江守護佐々木氏によって築城され、天正18年(1590)石田三成(いしだみつなり)(1560-1600)が、佐和山城主となってから、5層の天守を構え、鳥居本(とりいもと)を大手とする立派な城...

小谷城跡

小谷城跡

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長浜市
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小谷城は、長浜市の小谷山(495.1m)にあり、浅井(あざい)家が3代にわたって居城としていました。築城は大永5年(1525年)ごろで、中世三大山城のひとつです。湖北の大名・浅井長政、戦国一の美女といわれた織田信長の妹、お市の方や、その間に生まれた3人の娘・浅井三姉妹(茶々、初、江)ゆかりの城です。城跡からは琵琶湖や...

小川城跡

小川城跡

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甲賀市
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信楽の町並みが一望できる城山山頂にあります。昭和49年に城の土塁が発見ざれたのが発端となり、安土・桃山時代に多羅尾氏が再興した小川城と判明しました。

膳所城跡公園

膳所城跡公園

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大津市
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近江大橋西詰のすぐ南側に突き出た地にあった膳所城は、徳川家康が関ヶ原の合戦の後、築城の名手といわれた藤堂高虎に最初に造らせた城でした。城構えは、湖水を利用して西側に天然の堀を巡らせた典型的な水城で、白亜の天守閣や石垣、白壁の塀・櫓(やぐら)が美しく湖面に浮かぶ姿は、実に素晴らしかったといいます。この美観は、「瀬田(せ...

響忍寺

響忍寺

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大津市
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膳所城周辺にあったが、火災により焼失。宝暦元年(1751)に膳所藩家老・村松八郎右衛門屋敷跡に再建された寺。表門と中門には屋敷門が使われている。

中野城跡(日野城跡)

中野城跡(日野城跡)

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日野町
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近江鉄道日野駅の東約4.5kmにある蒲生氏の居城跡。中野城ともいいます。築城以前の蒲生氏の城は、音羽丘陵上にありましたが、蒲生定秀(がもうさだひで)により戦国時代に日野城が築かれました。築城にあたっては、既存の日野市街を城下町とし、城のある西大路付近を武家屋敷地帯、日野市街を町屋敷地帯としたといいます。
 明智光秀...

古城山(水口岡山城跡) 

古城山(水口岡山城跡) 

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甲賀市
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古城山は大岡山(おおおかやま)とも称し、町域東北部に屹立する標高282.9mの美しい山です。
 この山地は、浸食されにくい石英斑石(せきえいはんせき)からなり、残丘として残ったものです。周りの地形は浸食されて丘陵地化し、付近一帯の中で古城山のみが孤立して残ったため、山頂からは広い範囲が一望できます。この地形特色を生...

水口城跡(水口城資料館)

水口城跡(水口城資料館)

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甲賀市
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近江鉄道水ロ城南駅の北約150mのところにある城跡。江戸幕府3代将軍徳川家光(とくがわいえみつ)が上洛の際の宿館として築城された後、水ロ藩2万5千石の居城となり、湧水を利用した堀に水をたたえていたことから「碧水城(へきすいじょう)」の別名がありました。
 明治維新後、水ロ城は廃城となり公売に付され、角櫓(すみやぐら...

目賀田城跡

目賀田城跡

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愛荘町
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目賀田氏は、戦国期に近江国守護の佐々木六角氏の重臣として活躍します。
 天正四年(1578)、織田信長が近江に侵攻して安土城を築くにあたり、安土山(目加田山)に在った屋敷を目加田貞政の所領である光明寺野(目加田)に移しました。
 天正十年(1582)の本能寺の変勃発後、城主堅政は明智光秀に加担したため秀吉に所領を...

八幡山城跡

八幡山城跡

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近江八幡市
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市街地のすぐ北側、標高271.9mの八幡山山頂にあります。安土城が落城してから3年後、豊臣秀次(とよとみひでつぐ)が築いた城です。
最頂部に本丸をもうけ、その南東に二の丸、西に西の丸、北に北の丸、南西の尾根上一段低く出丸を配置する構造で、山頂から八の字形に広がる尾根上の小曲輪と、尾根に挟まれた南斜面中腹に秀次館跡と家...

観音正寺

観音正寺

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近江八幡市
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西国32番札所・観音正寺は、貴人にさしかざす衣蓋(きぬがさ)のようにうんわりとした美しい山容から名付けられたこの繖山の山中にひっそりと佇んでいる。
古来より、”万事吉祥の縁結びの祈祷道場”として老若男女の尊崇を集め、四季を通じて景勝を楽しめる名刹「観音正寺」。皆様のお越しをお待ちしています。

山本山城跡

山本山城跡

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長浜市
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近江高天原伝説のある山本山(325メートル)は、琵琶湖の東岸に沿って賤ヶ岳から南へ続く山系の南端に位置するちょうどお椀を伏せたような形の山ですが、その山頂の山本山城は湖北には珍しく、平安末期築城の古い歴史を持っています。

源義家の弟、新羅三郎義光の流れを汲む清和源氏の一族が近江を本拠地として十五代続き、『玉葉』に...

音羽城跡

音羽城跡

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日野町
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室町時代の末、現在の日野町小谷にその居を構えていた蒲生氏は、音羽のこの地に城を築きました。蒲生秀綱の時、あるいは貞秀の時と伝えられています。この山岳城は、日野川を前に、宝殿山(猪鼻ヶ岳)を背後にした要害の地にあって名城として知られていました。
 明応5年(1496)と文亀2年(1502)、敵を迎え撃って大勝をおさめ...

坂本城址碑

坂本城址碑

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大津市
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市内東部の下阪本、東南寺(とうなんじ)から旧道へ出る小川に沿う道筋に、坂本城跡の碑があります。坂本城は、現在見るべき遺構がほとんど残っておらず、この碑だけがひっそりと立っているだけだが、戦国時代に明智光秀(1528-82)が築城した城です。
 城内に琵琶湖の水を引き入れた水城で、大天守と小天守を持ち、その姿は非常に...

真言宗長光寺

真言宗長光寺

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近江八幡市
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長光寺は弘法大師を宗祖とし、高野山金剛峯寺を本山とする高野山真言宗のお寺です。正面に本堂、右に大師堂、左に不動堂を配します。御本尊は『千手子安観世音菩薩』です。聖徳太子御建立四十九院の一つであって、其の当時にあっては壮広たる七堂伽藍であったことが古書に依って知られます。
抑も長光寺の始まりは、聖徳太子が老蘇の森に仮宮...

六角氏の家紋(四つ目結)を刻んだ岩

六角氏の家紋(四つ目結)を刻んだ岩

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湖南市
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三雲城跡内の岩に六角氏の家紋である四つ目結を刻んだ岩があります。三雲城は1487年に六角高頼が三雲典膳によって築かれた城です。
家紋が刻まれた岩は、八丈岩の後方の岩群の中にあります。