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大原城跡

大原城跡

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甲賀市
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甲賀武士大原篠山数馬の屋敷で、土塁、堀が残存し、室町時代の城跡をそのまま保存。町指定史跡。

六角氏の家紋(四つ目結)を刻んだ岩

六角氏の家紋(四つ目結)を刻んだ岩

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湖南市
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三雲城跡内の岩に六角氏の家紋である四つ目結を刻んだ岩があります。三雲城は1487年に六角高頼が三雲典膳によって築かれた城です。
家紋が刻まれた岩は、八丈岩の後方の岩群の中にあります。

坂本城址碑

坂本城址碑

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大津市
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市内東部の下阪本、東南寺(とうなんじ)から旧道へ出る小川に沿う道筋に、坂本城跡の碑があります。坂本城は、現在見るべき遺構がほとんど残っておらず、この碑だけがひっそりと立っているだけだが、戦国時代に明智光秀(1528-82)が築城した城です。
 城内に琵琶湖の水を引き入れた水城で、大天守と小天守を持ち、その姿は非常に...

膳所城跡公園

膳所城跡公園

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大津市
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近江大橋西詰のすぐ南側に突き出た地にあった膳所城は、徳川家康が関ヶ原の合戦の後、築城の名手といわれた藤堂高虎に最初に造らせた城でした。城構えは、湖水を利用して西側に天然の堀を巡らせた典型的な水城で、白亜の天守閣や石垣、白壁の塀・櫓(やぐら)が美しく湖面に浮かぶ姿は、実に素晴らしかったといいます。この美観は、「瀬田(せ...

中野城跡(日野城跡)

中野城跡(日野城跡)

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日野町
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近江鉄道日野駅の東約4.5kmにある蒲生氏の居城跡。中野城ともいいます。築城以前の蒲生氏の城は、音羽丘陵上にありましたが、蒲生定秀(がもうさだひで)により戦国時代に日野城が築かれました。築城にあたっては、既存の日野市街を城下町とし、城のある西大路付近を武家屋敷地帯、日野市街を町屋敷地帯としたといいます。
 明智光秀...

和田城跡

和田城跡

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甲賀市
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門田の殿山にあった甲賀武士和田氏の居城。足利義昭が15代将軍になる際、和田氏保護を受けて当城に一時潜伏したことで知られている。公方屋敷もあった。市指定史跡。

野瀬山城跡(長比砦)

野瀬山城跡(長比砦)

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米原市
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滋賀県と岐阜県にまたがる野瀬山に浅井氏が築いた城で、その後織田信長も入城しています。現在も往時の土塁などがよく残っています。

小川城跡

小川城跡

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甲賀市
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信楽の町並みが一望できる城山山頂にあります。昭和49年に城の土塁が発見ざれたのが発端となり、安土・桃山時代に多羅尾氏が再興した小川城と判明しました。

星が崎城跡

星が崎城跡

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竜王町
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鏡山連峰の北嶺、国道8号線を望む標高270mの地にあった城郭です。
星ヶ埼城(ほしがさきじょう)は、鏡氏の居城で、佐々木定重(ささきさだしげ)を祖としてその子久綱(ひさつな)の居城でした。
観音正寺(かんのんしょうじ)の城の出城とか砦(とりで)ともいわれているもので、今は昔を偲ぶ石垣が西側に残るのと、わずかに礎石ら...

瀬田城跡

瀬田城跡

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大津市
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瀬田川東側に軍事上の目的で築城された城。瀬田川は琵琶湖から流れ出る唯一の川であり、瀬田川に架かる瀬田橋は「急がば回れ」の語源ともなった橋で、戦国時代は交通・軍事上の重要戦略拠点であった。その瀬田橋のたもとにあった瀬田城も重要な位置を占めていた。
永享年間(1429〜1441年)の山岡資広(すけひろ)から始まり代々山岡...

山本山城跡

山本山城跡

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長浜市
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近江高天原伝説のある山本山(325メートル)は、琵琶湖の東岸に沿って賤ヶ岳から南へ続く山系の南端に位置するちょうどお椀を伏せたような形の山ですが、その山頂の山本山城は湖北には珍しく、平安末期築城の古い歴史を持っています。

源義家の弟、新羅三郎義光の流れを汲む清和源氏の一族が近江を本拠地として十五代続き、『玉葉』に...

響忍寺

響忍寺

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大津市
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膳所城周辺にあったが、火災により焼失。宝暦元年(1751)に膳所藩家老・村松八郎右衛門屋敷跡に再建された寺。表門と中門には屋敷門が使われている。

安土城郭資料館

安土城郭資料館

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近江八幡市
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JR安土駅南広場にある城郭を思わせるような建物が城郭資料館。この資料館には、織田信長が築城した安土城のひな形が、実物の20分の1の大きさで再現されています。安土城は、金箔瓦をいただき、外観5層内部7階で、内部は狩野氷徳(かのうえいとく)の襖絵や異国文化の調度で飾られていた豪壮華麗な城です。安土城は、本格的な天主閣をも...

賤ヶ岳古戦場

賤ヶ岳古戦場

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長浜市
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安土桃山時代、本能寺の変で織田信長が倒れた後、明智光秀を討ち実質的な主導権を握っていた豊臣秀吉と、織田家の旧臣中第一の家柄を誇る柴田勝家との間で権力争いが生じ、ついに武力をもって決着を付けようとしました。これが俗にいう「賤ヶ岳の合戦」です。余呉湖を挟んで、両軍は北と南で睨み合っていましたが、天正11(1583)年の4...

音羽城跡

音羽城跡

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日野町
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室町時代の末、現在の日野町小谷にその居を構えていた蒲生氏は、音羽のこの地に城を築きました。蒲生秀綱の時、あるいは貞秀の時と伝えられています。この山岳城は、日野川を前に、宝殿山(猪鼻ヶ岳)を背後にした要害の地にあって名城として知られていました。
 明応5年(1496)と文亀2年(1502)、敵を迎え撃って大勝をおさめ...

戦国ガイドステーション

戦国ガイドステーション

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長浜市
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江・茶々・初が生まれた小谷城。三姉妹の原点がここにあります。
日本五大山城の一つで、日本一の城跡としわれる浅井氏の居城小谷城跡を語り部ガイドがご案内します。小谷城跡へは期間限定で中腹の番所跡まで25人乗りのバスを運行します。

八幡山ロープウェー(琵琶湖国定公園)

八幡山ロープウェー(琵琶湖国定公園)

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近江八幡市
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山麓から山頂へ約4分。山頂からは四季折々の琵琶湖、西の湖、旧城下町などが見渡せる大パノラマが広がります。八幡山(標高271.9m)は、豊臣秀次が築いた八幡城の城跡で本丸跡には村雲瑞龍寺が京都から移築されています。豊臣秀吉の姉で、秀次の母である瑞龍院日秀尼公が、一度は関白となりながら秀吉の側室淀殿に子供(後の秀頼)が誕生...

三雲城址

三雲城址

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湖南市
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室町時代後期、三雲典膳が築城したと伝えられる典型的な山城跡。麓を野洲川が流れている。戦国時代、落城し、廃城となった。枡形の虎口の遺構もしっかりした形で残っている。

城内の一角には八丈岩があり、眼下に野洲川と対岸の竜王方面の眺望が楽しめる。

水口城跡(水口城資料館)

水口城跡(水口城資料館)

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甲賀市
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近江鉄道水ロ城南駅の北約150mのところにある城跡。江戸幕府3代将軍徳川家光(とくがわいえみつ)が上洛の際の宿館として築城された後、水ロ藩2万5千石の居城となり、湧水を利用した堀に水をたたえていたことから「碧水城(へきすいじょう)」の別名がありました。
 明治維新後、水ロ城は廃城となり公売に付され、角櫓(すみやぐら...

長光寺城跡

長光寺城跡

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近江八幡市
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長光寺城のあった長光寺山は、別名、瓶割山と呼ばれています。この由来は、織田信長の命により配されていた柴田勝家が、近江の守護「佐々木」の軍勢に包囲され籠城策を取った際の逸話によるものです。籠城が長引くにつれ、貯蔵している水も残りわずかとなり、このままでは落城も時間の問題と思われたが、柴田勝家は、座して死すよりも将兵の士気...