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中野城跡(日野城跡)

中野城跡(日野城跡)

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日野町
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近江鉄道日野駅の東約4.5kmにある蒲生氏の居城跡。中野城ともいいます。築城以前の蒲生氏の城は、音羽丘陵上にありましたが、蒲生定秀(がもうさだひで)により戦国時代に日野城が築かれました。築城にあたっては、既存の日野市街を城下町とし、城のある西大路付近を武家屋敷地帯、日野市街を町屋敷地帯としたといいます。
 明智光秀...

賤ヶ岳リフト

賤ヶ岳リフト

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長浜市
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賤ヶ岳リフトの道中では、5月にシャガ(※)の花が満開を迎えます。新緑の木々と薄紫色の花とのコントラストが絶妙です。
※シャガ(射干)……人家近くの森林の木陰などに群生し、アヤメに似た薄紫色の花をつける。草丈は50~60㎝ほどになる。

古城山(水口岡山城跡) 

古城山(水口岡山城跡) 

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甲賀市
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古城山は大岡山(おおおかやま)とも称し、町域東北部に屹立する標高282.9mの美しい山です。
 この山地は、浸食されにくい石英斑石(せきえいはんせき)からなり、残丘として残ったものです。周りの地形は浸食されて丘陵地化し、付近一帯の中で古城山のみが孤立して残ったため、山頂からは広い範囲が一望できます。この地形特色を生...

八幡山城跡

八幡山城跡

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近江八幡市
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市街地のすぐ北側、標高271.9mの八幡山山頂にあります。安土城が落城してから3年後、豊臣秀次(とよとみひでつぐ)が築いた城です。
最頂部に本丸をもうけ、その南東に二の丸、西に西の丸、北に北の丸、南西の尾根上一段低く出丸を配置する構造で、山頂から八の字形に広がる尾根上の小曲輪と、尾根に挟まれた南斜面中腹に秀次館跡と家...

勝楽寺城跡

勝楽寺城跡

エリア
甲良町
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高築豊後守(たかつきぶんごのかみ)が、本堂山の天嶮な地形を利用して築いた山城で、戦闘時のみ使用されました。近世の城に多く見られるような鉄砲よけの櫓・周囲の堀・高い石垣・天守閣などは作られず、規模としてはそれほど大きくありません。現在は、石垣や礎石などが原形に近い状態で残っており、城跡を知る貴重な資料となっています。そ...

音羽城跡

音羽城跡

エリア
日野町
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室町時代の末、現在の日野町小谷にその居を構えていた蒲生氏は、音羽のこの地に城を築きました。蒲生秀綱の時、あるいは貞秀の時と伝えられています。この山岳城は、日野川を前に、宝殿山(猪鼻ヶ岳)を背後にした要害の地にあって名城として知られていました。
 明応5年(1496)と文亀2年(1502)、敵を迎え撃って大勝をおさめ...

鎌刃城跡

鎌刃城跡

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米原市
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京極氏と六角氏の攻防や織田信長と浅井長政の攻防の舞台となった戦国時代の山城・鎌刃城跡。石垣、堀切、曲輪などが見事に残り、その遺跡の規模は湖北でも最大級で、国の史跡に指定されています。

小川城跡

小川城跡

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甲賀市
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信楽の町並みが一望できる城山山頂にあります。昭和49年に城の土塁が発見ざれたのが発端となり、安土・桃山時代に多羅尾氏が再興した小川城と判明しました。

安土城天主 信長の館

安土城天主 信長の館

エリア
近江八幡市
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焼失から400余年も経た1992年「スペイン・セビリア万博」の日本館のメイン館展示として安土城天主の最上部5階6階の部分が、原寸大にて忠実に内部の障壁画と共に復元されその姿を現しました。そして博覧会期間中には最も多い入場者数を記録し、人々の日本文化への関心の深さが示されました。
 万博終了後その「天主」を安土町が譲...

大溝城跡

大溝城跡

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高島市
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JR近江高島駅の東南約150mにあります。石垣に囲まれた小高い森が、大溝城の本丸跡です。
大溝城は新庄城(旧新旭町)にいた織田信澄(のぶすみ)(信長の甥)が、天正6年に築城したもので、高島郡内から商家や寺院などを移して城下町を造りました。本丸の南東の乙女ヶ池は琵琶湖の内湖で、古地図によると、大溝城はこの内湖を巧みに利...

安土城跡

安土城跡

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近江八幡市
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JR安土駅の北東、標高198mの安土山一帯にある織田信長(1534-82)の居城跡。国指定の特別史跡です。天正4年(1576年)から織田信長が約3年の歳月をかけて完成しました。安土・桃山時代の幕開けとして築城されましたが、織田信長が倒れた本能寺の変後、焼失して石垣だけが残っています。安土山の南側には、堀が巡っていて往...

長浜城(長浜城歴史博物館)

長浜城(長浜城歴史博物館)

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長浜市
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戦国時代末期に豊臣秀吉が城主として過ごした長浜城は、江戸時代前期に廃城になり、遺構は彦根城や大通寺に移築されました。その跡には、僅かな石垣と井戸だけが残されていましたが、昭和58年(1983)に安土桃山時代の城郭を模して「昭和新城」を復元されました。内部は歴史博物館として公開されています。
 展示室は2階と3階に分...

八幡山ロープウェー(琵琶湖国定公園)

八幡山ロープウェー(琵琶湖国定公園)

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近江八幡市
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山麓から山頂へ約4分。山頂からは四季折々の琵琶湖、西の湖、旧城下町などが見渡せる大パノラマが広がります。八幡山(標高271.9m)は、豊臣秀次が築いた八幡城の城跡で本丸跡には村雲瑞龍寺が京都から移築されています。豊臣秀吉の姉で、秀次の母である瑞龍院日秀尼公が、一度は関白となりながら秀吉の側室淀殿に子供(後の秀頼)が誕生...

小谷城戦国歴史資料館

小谷城戦国歴史資料館

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長浜市
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史跡小谷城跡は、戦国大名浅井氏三代の居城で戦国時代屈指の城郭として、日本五大山城のひとつとして有名です。浅井長政とお市の方、茶々・初・江の三姉妹が暮らし、兄織田信長によって攻め滅ぼされた戦国の悲話を今に伝えています。
 小谷城戦国歴史資料館は、史跡小谷城跡内にある「戦国大名浅井氏と小谷城」をテーマに資料館です。
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紫香楽宮跡(甲賀寺跡)

紫香楽宮跡(甲賀寺跡)

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甲賀市
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信楽高原鐵道の紫香楽宮跡駅から北西へ約lkm、松林に覆われた丘陵地に残る、国指定の史跡です。 紫香楽宮跡は、奈良時代の天平14年(742)、現在の京都府木津川市(きづがわし)に恭仁宮(くにのみや)を造営中であった聖武(しょうむ)天皇が、恭仁宮から東北への道を開いてこの地に造営した離宮であり、たびたびの行幸の後、3年後...

小谷城跡

小谷城跡

エリア
長浜市
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小谷城は、長浜市の小谷山(495.1m)にあり、浅井(あざい)家が3代にわたって居城としていました。築城は大永5年(1525年)ごろで、中世三大山城のひとつです。湖北の大名・浅井長政、戦国一の美女といわれた織田信長の妹、お市の方や、その間に生まれた3人の娘・浅井三姉妹(茶々、初、江)ゆかりの城です。城跡からは琵琶湖や...

六角氏の家紋(四つ目結)を刻んだ岩

六角氏の家紋(四つ目結)を刻んだ岩

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湖南市
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三雲城跡内の岩に六角氏の家紋である四つ目結を刻んだ岩があります。三雲城は1487年に六角高頼が三雲典膳によって築かれた城です。
家紋が刻まれた岩は、八丈岩の後方の岩群の中にあります。

和田城跡

和田城跡

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甲賀市
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門田の殿山にあった甲賀武士和田氏の居城。足利義昭が15代将軍になる際、和田氏保護を受けて当城に一時潜伏したことで知られている。公方屋敷もあった。市指定史跡。

田中城跡

田中城跡

エリア
高島市
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田中郷の領主・田中氏の居城であった田中城は、泰山寺野台地から舌状にのびる支丘の先端部に築かれた中世末期の山城で、現在も上寺(うえでら)区西側の山間部にその遺構を残しています。主郭があったと推定される曲輪の標高は220m、平地との比高差はわずか60mで同時期の山城と比べて標高の低い場所に位置していますが、城域の要所に堀切...

膳所城跡公園

膳所城跡公園

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大津市
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近江大橋西詰のすぐ南側に突き出た地にあった膳所城は、徳川家康が関ヶ原の合戦の後、築城の名手といわれた藤堂高虎に最初に造らせた城でした。城構えは、湖水を利用して西側に天然の堀を巡らせた典型的な水城で、白亜の天守閣や石垣、白壁の塀・櫓(やぐら)が美しく湖面に浮かぶ姿は、実に素晴らしかったといいます。この美観は、「瀬田(せ...