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天皇神社
JR和邇(わに)駅から南西へ約1.1km。祭神は、素盞嗚尊(すさのおのみこと)です。創祀は鎌倉時代後期と考えられています。 県内に3棟(天皇神社・小野篁(たかむら)神社・小野道風(とうふう)神社の各本殿)しかない切妻造の本殿は、国の重要文化財で、鎌倉時代後期の建築です。何度も改築しているようですが、蟇股(かえるまた...
大澤寺
奈良時代の行基開基の曹洞宗寺院で、十一面千手観世音菩薩を本尊とします。賤ヶ岳の合戦により堂宇は焼失しましたが、本尊は村人により助け出され、その後、菅山寺の中興の法師によって再建されました。 鐘堂に吊るされている釣鐘は応永19(1412)年の銘があり、賤ヶ岳の合戦に柴田勝家の家臣、佐久間盛政が敵の羽柴秀吉の軍兵が着...
唐喜山赤後寺
本尊は、いずれも平安時代初期の作で国の重要文化財に指定されています。災い転じて利となす「転利(コロリ)観音」といわれ、三回参拝すれば極楽往生できるともいわれています。毎年7月10日の千日会法要(千日分の参拝と同じ功徳があるとされる。)は、全国から訪れる老若男女でにぎわいます。
妙音寺
JR甲賀駅の北方、小佐治地区にある浄土宗寺院。開基については明らかではない。本尊の木造観音立像は、平安期の作品で国指定の重要文化財。
犬上神社(多賀町)
大瀧神社の境内神社。ミコトが狩りに出られた時、大蛇に食べられそうになったのを、その飼い犬に助けられたことから犬を祀った神社として有名になり、「犬胴松」と呼ばれる松に伝わる伝説にも残っています。犬上郡の地名も「犬噛」からきているといわれています。
滋賀院門跡
京阪電鉄坂本駅の南西すぐの所にあります。天台宗。もともと京都の北白川にあった法勝寺(ほうしょうじ)を、江戸時代初期に現在地に移し、のち後水尾(ごみずのお)上皇から滋賀院の号を賜わりました。江戸時代末まで天台座主(ざす)となった皇族代々の居所であったため高い格式を誇り、滋賀院門跡と呼ばれます。 坂本の町には、穴太(...
本福寺
蓮如上人が応仁の乱を避けて、近江布教の拠点とした所。また芭蕉の最古参門人である千那がこの寺の住職であったため、芭蕉はこの寺に泊まり多くの句を残しています。
勝手神社
創立された時期はわかっていませんが、古くは「岡屋大明神」「勝手大明神」とよばれていました。現在の本殿は、応永7年に上棟されたことが確認できています。中世の特徴を見せる本殿は、三間社流造で、国指定の重要文化財になっています。深い緑に囲まれた静かな社です。
蛭子神社
祭神は、須佐男命(すさのおのみこと)・事代主命(ことしろぬしのみこと)で延暦年間に奈良興福寺の仁秀僧正によって建てられました。境内には自然石と呼ばれる「朝嬬皇女」の墓があります。もともと古墳で天野川の上流にありましたが洪水でわずかに残った石を、皇女が世継へ御幸されたことを後世に伝えたいという村人の願いから七夕石として祀...
笠山神社
病気平癒の神と「笠懸けの老杉」 垂仁天皇の皇女倭姫命が、天照大神を祀る鎮座地を求め諸国を遍歴の際、この地で白管の笠を山神の杉に懸けられました。以来笠山神といわれ、病気平癒に霊験があることで有名になりました。御神木の「笠懸けの老杉」は木寿を終え、現在は幹部分を保存しています。
仙禅寺跡磨崖仏
仙禅寺は県境をへだてて南西約5㎞に位置する鷺峰山金胎寺の別院で養老6年(722)開基と伝えられている。中世の戦乱ですっかり諸堂を焼失しましたが、奥の院跡の岸壁に三尊形式の磨崖仏が残っています。中尊は薬師如来坐像で像高1.5m。
日枝神社
応永年間(1393-1428)当地下田が開発されたときに日吉大社の御分神を祀ったと伝えられる。鐙三足と懸鈴が市指定文化財になっている。 とても芸術的なものである。
豊国神社
厄除け八幡さんとして親しまれています。祭神は、応神(おうじん)天皇(誉田別命(ほだわけのみこと))と神功(じんこう)皇后(総長足姫尊(そうながたらしひめのみこと))の2神ですが、いつごろ建立されたかはっきりとはわかっていません。毎年1月18日から20日に行われる厄除大祭の時には、県内外からやって来る多くの参詣客でにぎわ...
大島・奥津島神社
大嶋奥津島神社は、大国主神(おおくにぬしのかみ)をご祭神とする大嶋神社、奥津比賣命(おきつしまひめ)ご祭神とする奥津嶋神社が合祀された神社です。 昔、天智天皇が蒲生野に遊猟の際、奥津嶋神社に立ち寄り、8人の子どもを持つ、大変健康的な老夫婦に出会いました。天智天皇はこの夫婦に長寿の秘訣をお尋ねになり、老夫婦は「この地で...
御澤神社
御澤神社は、推古天皇の時代に聖徳太子によって創建されたといわれる神社です。境内にある池には、白水池伝説が残っています。 他国にまで名高い美男子小野時兼(おののときかね)は、村を通りかかった美女三和(みわ)姫と恋におち、幸せな日々を送っていました。やがて三和姫は、自分は平木にある御沢の池の主であることを告げ、玉手箱を...
葛川息障明王院
市の最北部、安曇(あど)川渓谷に沿う葛川集落の中心にあります。天台宗。平安時代初期に、延暦寺の僧であった相応(そうおう)(831-918)が回峰行(かいほうぎょう)の道場として開きました。相応が始めた回峰行とは独特の行で、100日間、1日30km、夜中に山中などを走るというものです。この厳しい行の道場にふさわしく、寺...
神照寺
第59代宇多天皇の勅願により、西暦895年の創建。真言宗智山派の古刹。国宝の金銀鍍宝相華唐草文華籠や重要文化財の千手観音(ボケ封じ観音)をはじめ、多くの文化財を有する。元伏見稲荷・愛染寺のダキニ天を境内地の神照稲荷にお祀りしている。境内地には、秋になると足利尊氏が植えたと伝わる秋の七草の一つ・萩の名所となる。
金龍寺
室町時代に惟喬親王が建立し、隠棲したことから「高松卸所」と呼ばれます。深い木立のなかの境内には、親王の像が安置され木地師の崇敬を受けています。
長福寺
堂内には、重要文化財の聖観音座像と子安地蔵が安置されており、聖観音座像の高さは92.4cmの檜の一本造りで、宝冠をいただき、眉間には水晶をはめ込み、下ぶくれの小さな口もとは穏やかな顔つきである。 寺伝では、平安初期の大同元年(806年)比良の僧天長比丘(高僧天長)によって長正庵という庵をつくられたと伝わっています。 足...
光明寺
五反田地区にある浄土宗寺院。開基・城歴については明らかでない。平安時代作の木造十一面観音像は、国の重要文化財に指定されている。