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近江日野商人ふるさと館「旧山中正吉邸」
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山中正吉家は山中兵右衛門家(現近江日野商人館)の分家で、初代正吉は1809(文化6年)に生まれました。
初代正吉は、1831(天保2年)に大間村(静岡県富士宮市)で醸造業を始め、その後、造り酒屋として財をなしました。
同邸は江戸時代末期に建てられたもので、新座敷、洋間等を含めた現在の建物は昭和13年頃に全面改...
愛荘町立歴史文化博物館
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- 愛荘町
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湖東三山金剛輪寺山麓の歴史・文化を紹介
湖東三山金剛輪寺の参道沿いに立地し、自然に恵まれた環境を利用した庭園には桜、サルスベリなどの花々や新緑が楽しめ、郷土の歴史や文化に関する「愛荘知る学講座」などを開催している。
常設展示は、現在米国ボストン美術館が所蔵している金銅聖観音坐像(金剛輪寺旧蔵)の複製品を主として...
世界凧博物館東近江大凧会館
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- 東近江市
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東近江市の八日市大凧は、今から300年以上も前の江戸時代中期に、男子出生を祝って揚げられたのがはじまりです。大きいことで知られる八日市大凧の雄大なイメージに合わせて、世界凧博物館東近江大凧会館の屋根は、大きな片勾配がつけられています。凧に関する公的博物館としては、全国で3番目の建物です。
内部には、まつりで飛揚され...
ウォーターハウス記念館
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- 近江八幡市
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ウォーターハウス氏(Mr.Paul.B.Waterhouse)は、ヴォーリズ師に出会いその人格、働きに共鳴して近江伝道に協力するため近江ミッションに加入ここに入居した。
建物はアメリカの伝統的な建築様式であるコロニアル・スタイルで、三階建て11室あり、ビルトインタイプの暖炉が5ヶ所、煙突が2本有り、当時の美しいヴ...
滋賀県立安土城考古博物館
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- 近江八幡市
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「安土城と信長・戦国をテーマとする唯一無二の博物館」として、2025年3月にリニューアルオープンしました。
信長が築城した当時の安土城を高精細フルCGにより復元した映像を上映する第一常設展示室、信長や安土城に関する歴史資料、戦国時代の近江、観音寺城(近江八幡市)や小谷城(長浜市)に関する資料を展示する第二常設展示室が...
国友鉄砲ミュージアム
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- 長浜市
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戦国時代、大坂の堺とならぶ鉄砲の産地として栄え、鉄砲の里として知られるようになり、織田信長をはじめ多くの戦国武将の注文を受けていたと言われます。
また、国友一貫斎(国友藤兵衛1778-1840)は、連発式空気銃や距離測定機を作り、自作の天体望遠鏡で太陽の黒点を連続観察したことで有名です。
昭和62年(1987...
近江商人博物館・中路融人記念館
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- 東近江市
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江戸・明治時代、この近江・五個荘の地から、革新的な商法と不屈の精神、そして何よりもお客様の喜ぶ笑顔を心の糧として、全国津々浦々に行商し、やがて豪商へと出世していった近江商人たち。近江商人博物館では《夢かなえびと》近江商人のその成功への軌跡を解き明かしています。 近江商人を育んだ土壌、彼らの商法・教育・精神、そしてその...
近江八幡市立資料館(旧西川家住宅)
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- 近江八幡市
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江戸時時代の町並みの面影を残す新町通りの歴史民俗資料館の隣りに一軒民家をはさんで旧西川家住宅があります。典型的な近江商家の面影を残すこの家は、店の部分と居宅部分に分かれており、突き出した座敷玄関を持っているのが特徴です。壁を黒く塗り、トガ材を使った京風建築の2階建家屋は、どっしりとした構えで、江戸時代中期頃の建築と推...
白雲館(旧八幡東学校)
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- 近江八幡市
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白雲館は明治10年(1877年)に八幡東学校として、当時のお金6千円で設立されました。建設に際しては、八幡商人の熱意と区民の協力により、西洋建築の様式と、日本の伝統技術をとり入れ建築されたものです。
現在は観光案内所が設けられ観光情報の提供や、お土産や特産品も展示販売されています。
また、2階フリースペースでは、市...
己高閣・世代閣
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- 長浜市
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己高閣はかつて己高山に構えていた寺々の寺宝を納めるため、昭和38年に建てられた滋賀県最初の文化財収蔵庫。
鶏足寺の十一面観音をはじめ、数々の重要文化財が納められています。
世代閣は、平成元年秋に開館され世代山戸岩寺の薬師如来像立像をはじめ多くの仏像仏画や古文書類が収納されています。
葛籠尾崎湖底遺跡資料館
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- 長浜市
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葛籠尾崎湖底遺跡史料館は、世界で最も深い湖底にある葛籠尾崎湖底遺跡の資料館です。
葛籠尾崎湖底遺跡は、琵琶湖に突き出した葛籠尾崎の先端から東沖6メートルから700メートル、岬の湖岸に沿って北へ数キロの範囲で、水深10〜70メートルの湖底にある遺跡で、その成り立ちは謎に包まれています。このからは縄文土器や弥生土器、土師...