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石田三成出生地

石田三成出生地

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長浜市
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市の東部、山東町との境界近くにある石田町は、戦国の武将・石田三成(1560-1600)が生まれた町であり、公民館前の石田家跡には、「石田治部少輔(いしだじぶしょうゆう)出生地」と刻まれた顕彰碑が立てられています。また、その付近には、一族と家臣の供養塔が、なだらかな横山を背景に立ち、ここから横山に向けてハイキングコース...

小野篁神社

小野篁神社

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大津市
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JR和邇駅から南へ約1.1kmのところにあります。小野神社の末社で同境内地にあり、小野篁(おののたかむら)(802-852)を祀っています。小野篁は平安時代の歌人であり政治家です。少年時代は乗馬に専念して学問をを顧(かえり)みませんでしたが、後に漢詩文で名を挙げ、31歳で『令義解(りょうのぎげ)』の撰修に参画しました...

月心寺

月心寺

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大津市
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京阪電鉄京津線の大谷駅から西へ歩いてすぐのところにある寺院。歌川広重(うたがわひろしげ)が描いた東海道五十三次にある大津の錦絵には、溢れ出る走井(はしりい)の水のそばの茶店で旅人が休息している姿が見られますが、この茶店が現在の月心寺といわれている。日本の名水として広く知られたこの走井の水は、多くの詩歌や文学作品に登場...

八講堂千体地蔵

八講堂千体地蔵

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大津市
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山の辺の道沿いにある地蔵。昔八講堂があった場所の付近からたくさん発見された。

徳源院(清瀧寺)・京極家墓所

徳源院(清瀧寺)・京極家墓所

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米原市
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弘安9年(1286)、京極氏の初代氏信が建立。京極家歴代の菩提寺である天台宗の寺。京極氏は、鎌倉中期に近江で勢力を振るっていた近江源氏佐々木氏から分かれ、家名は氏信の宿所が京都の京極高辻(きょうごくたかつじ)にあったことによります。
 国の史跡に指定されている墓域には一族の墓が存在し、閑静なただずまいを見せる境内に...

長等公園

長等公園

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大津市
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桜の名所として名高い公園。
 明治35年県下最初の公園として開園され多くの人を集めてきました。
 さらに公園内には、豊かな緑に抱かれた長等創作展示館(三橋節子美術館)や大津の歴史を語る先人の歌碑(平忠度の歌碑)があり、市街地に隣接した自然の森として貴重です。

水口宿本陣跡

水口宿本陣跡

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甲賀市
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水口本陣は古い家柄で苗字帯刀を許された鵜飼伝左ヱ門が営んでいました。表門は貴人宿泊の格式を表し、瓦葺か冠木門で屋舎は平屋でした。本陣の特色として庭はあるが絶対に石は入れず、必ず裏手に立ち退き口があり、非常の際の脱出口になりました。現在の本陣跡は明治天皇行在所の石碑が建っているだけでその面影はありません。
近くに脇本...

追分道標

追分道標

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草津市
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草津には、東海道・中山道を往来する旅人の道しるべとして親しまれた道標が数多く残っています。江戸寄りの入口、草津川堤防上にある火袋つきの石造道標(1816)、東海道と中山道の分岐点にある火袋つきの石造道標(1816)、東海道と矢橋道の分岐点にある石造道標(1798)、立木神社境内にある道標(1680)などがそうです。
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近江風土記の丘

近江風土記の丘

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近江八幡市
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近江の歴史と文化を心ゆくまで満喫できるようにと、特に歴史的風土の豊かな安土城跡の近くに造られた歴史公園です。敷地内には県下から移築された旧安土巡査駐在所、旧柳原学校校舎、旧宮地家住宅の3棟の建造物や、常夜燈・道標などの石造物があり、また、安土城考古博物館では県内主要遺跡の紹介と考古学からみた縄文時代から古墳時代の歴史...

地山古墳

地山古墳

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栗東市
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周濠を持つ帆立貝形の前方後円墳。椿山古墳よりやや小さい墳長88メートルの規模で、栗東市で第二の古墳。埴輪がたくさんみつかっており、5世紀前半につくられた首長墓とされています。

西光寺跡の宝篋印塔

西光寺跡の宝篋印塔

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竜王町
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観音像の夢のお告げにより、伝教大師が鏡山十二峰の一つ星ケ峰の麓に「西光寺」を建立されました。源頼朝(みなもとのよりとも)や足利尊氏(あしかがたかうじ)も泊まったといわれている古刹です。康平(こうへい)2年(1060)の乱で一山焼亡し中興されましたが、信長の兵火(1571)で廃寺となります。
その名残をとどめているのが...

岩戸山 十三仏

岩戸山 十三仏

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近江八幡市
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山箕作山の南端の巨大な1枚岩に聖徳太子が刻んだとされる13体の仏像が安置されています。
 裾から山頂まで続く道(30分程度)の両脇にも、石仏が安置されています。毎年4月には千日会が行われ信仰の深い人々で賑わいます。

背くらべ地蔵

背くらべ地蔵

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野洲市
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大小の石仏は鎌倉時代のもので、中山道を行き交う旅人の道中を守ったと伝えられています。
また、当時は乳幼児が育ちにくかったこともあり、子を持つ親たちが「我が子もこのお地蔵さんくらいになれば、後は良く育つ」と背くらべさせるようになり、「背くらべ地蔵」と呼ばれるようになったといいます。

野神神社(匂当内侍の墓)

野神神社(匂当内侍の墓)

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大津市
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野神神社(のがみじんじゃ)の境内にある墓。匂当内侍は足利尊氏(あしかがたかうじ)と対立した新田義貞(にったよしさだ)の妻で、たいへん美しい女性であったといいます。
 南北朝時代、足利尊氏に敗れた新田義貞は北陸へ落ち延びる途中に、妻の匂当内侍を堅田に残したまま越前(えちぜん)の藤島(ふじしま)で戦死します。この悲報を...

紀貫之の墓

紀貫之の墓

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大津市
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古今和歌集の代表歌人として名高い紀貫之の墓が、比叡山の中腹にひっそりと建っている。坂本ケーブルの「もたて山駅」から南に300メートルのところにある。

一里塚

一里塚

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甲賀市
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一里塚は街道の両側に一里ごとに置かれたもので、東海道では慶長九年に江戸日本橋を起点として整備された。水口町域では今郷・林口・泉の三ケ所に設けられている。旅人のよき目印ともなったが、明治維新後いずれも撤去された。

今井兼平の墓

今井兼平の墓

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大津市
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JR石山駅の北西200m、盛越(もりこし)川のほとりに立つ墓です。
 今井兼平(1152?-84)は木曽義仲(きそよしなか)(1154-84)と乳兄弟にあたる平安時代末期の武将で、木曽の四天王とも呼ばれていた人物です。ここ粟津(あわづ)で義仲とともに戦って悲壮な最期を遂げました。義仲が討たれたことを知ると、自ら刀を口...

泣き地蔵

泣き地蔵

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栗東市
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その昔、旧信楽道のこの辺りには、旅人を泣かせるほどの坂があったことから、安全祈願のために花崗岩の巨石に薬師・釈迦・阿弥陀の三体の如来像が刻まれたと伝わる。

鵜川四十八体石仏群

鵜川四十八体石仏群

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高島市
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白ひげ浜付近で国道161号線を逸れ旧西近江路を北進すると、草深い山中の墓地に、高さ1.6m、花崗岩の阿弥陀如来像群が見られます。東を向いて静かに並んで座る石仏は、大きさも少しずつ異なり、慈愛に満ちた顔・あどけない顔・ユーモラスな顔など、姿もそれぞれ異なっています。近年までは、室町時代後期に観音寺城(現安土町)城主の佐々...

幻住庵

幻住庵

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大津市
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江戸時代に松尾芭蕉(1644-94)が4カ月間暮らした草庵。京阪電鉄石山寺駅の西にある国分山東斜面の近津尾(ちかつお)神社にあります。芭蕉が、ここでの生活を『幻住庵記(げんじゅうあんき)』に記したことはあまりにも有名です。幻住庵は、芭蕉の門人の1人であった菅沼曲翠(すがぬまきょくすい)(1659-1717)が義仲寺で...