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明智塚

明智塚

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大津市
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坂本城は、1571年の延暦寺焼き打ち直後、織田信長の命により明智光秀が琵琶湖岸に築城。安土城に次いで絢爛豪華な城であったといわれる。1582年の本能寺の変の後、羽柴秀吉軍の攻撃により落城。城内と推測される場所に光秀の供養塚と伝わる明智塚がある。

若宮氏館跡

若宮氏館跡

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米原市
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山内一豊の妻の千代は、若宮喜助友興(わかみやきすけともおき)の子として、弘治三年(1557年)にここで生まれと言われています。永禄九年(1566年)に父友興が戦死し、叔母の夫の不破氏に養われていましたが、その後再び飯村に戻りました。この頃、隣村(宇賀野村)の長野家に身を寄せていた山内一豊母子と出合い、一豊の妻になったさ...

黒田家御廟所

黒田家御廟所

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長浜市
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当地の御廟所に祀られている黒田藩の始祖は、佐々木源氏の流れをくむ源宗清(宗満)公であり、近江国伊香郡黒田村に住み、湖北の荘園領主として黒田判官と称された。
宗清公より数えて6代目の高政公の時代に備前邑久郡福岡村に移り住むまでの約200年間は、黒田氏は6代にわたりこの地に居を構えていた。

北畠具行卿墓

北畠具行卿墓

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米原市
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元弘(げんこう)の変(1331)で失脚した北畠具行の墓。徳源院(とくげんいん)(清滝寺)の南700m、丸山(285m)の山頂にあります。
 後醍醐(ごだいご)天皇に仕えた具行は、鎌倉幕府打倒の謀議に度々加わり、その中心的存在でしたが笠置(かさぎ)落城の後に幕府方に捕らえられ、鎌倉に護送される身となりました。しかし、...

北向岩屋十一面観音

北向岩屋十一面観音

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東近江市
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JR能登川駅南方の猪子山(268m)山頂の堂の奥に岩屋があり、その中の像高55cmほどの石造の観音が、北向観音と呼ばれています。
 奈良時代に安置されたものといわれ、古くから土地の人々の信仰を集めました。平安時代には、坂上田村麻呂(さかのうえのたむらまろ)が鈴鹿の鬼賊(きぞく)退治のため、岩屋にこもり、この十一面観...

竜が丘俳人墓地

竜が丘俳人墓地

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大津市
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国道1号線に面した小丘にある墓地。昭和40年(1965)の補修で塚の位置が少し変わっていますが、江戸時代、内藤丈草(ないとうじょうそう)(1661-1704)が師匠である松尾芭蕉追悼のために建てた経塚を中心に、俳人の墓が並んでいます。
 内藤丈草をはじめ、水田正秀・蝶夢(ちょうむ)・巴静(はじょう)・森谷祐昌(もりや...

阿自岐神社

阿自岐神社

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豊郷町
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道路沿いに石灯籠がずらりと並び、それに沿って美しい庭園が続いています。
庭園は池泉式多島式と呼ばれる様式で、池の美しい曲線を描いた広がりと、木々の緑が神々しい雰囲気を漂わせてくれます。
県の名勝指定を受けており、湖国の名園百選にも挙げられています。

弘法杉

弘法杉

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湖南市
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天井川になっている大沙川の堤の上にそびえる大杉は、幹の回りが6m高さ26m樹齢750年と言われて「弘法杉」。
弘法大師がここをとおりかかった時に、眺めが良かったこの場所を昼食場所に選びました。その時に使用された杉箸を堤にさしました。後にそれが成長して大杉になったと伝えられます。
以前は二本の大杉で、近江名所図会には...

醒井地蔵尊・地蔵堂

醒井地蔵尊・地蔵堂

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米原市
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弘仁8年、大干ばつの時、伝教大師が醒井で地蔵菩薩を彫刻して降雨を祈願し、大雨が3日間降り続いたという。御丈1丈2尺の花崗岩による丸彫りの座像。初めは水中に安置されていたので、尻冷やし地蔵と呼ばれていた。魚を供養するために祀られたともいわれている。
 また、地蔵堂は江戸時代、大垣城主石川日向守が病気全快を感謝して建立した...

志賀清林の碑

志賀清林の碑

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大津市
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木戸村出身の奈良時代の力士、志賀清林を記念して作られたものです。志賀清林(生没年不詳、8世紀頃の人)を記念して作られた相撲公園が、国道161号線沿いにある志賀清林相撲公園です。園内には清林を讃える記念碑があり、昭和39年(1964)当時の横綱栃ノ海(とちのうみ)の土俵入りによって方屋開(かたやびら)きが行われました。...

矢橋港跡

矢橋港跡

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草津市
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近江八景の一つ「矢橋の帰帆」として知られる矢橋は、古代から近世を通じ琵琶湖の代表的な渡船または渡しとして栄えた名所。現在は遺跡公園として復元され、脇にたたずむ弘化3(1846)年建立の常夜灯とともに在りし日の面影を今に伝えています。

仙禅寺跡磨崖仏

仙禅寺跡磨崖仏

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甲賀市
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仙禅寺は県境をへだてて南西約5㎞に位置する鷺峰山金胎寺の別院で養老6年(722)開基と伝えられている。中世の戦乱ですっかり諸堂を焼失しましたが、奥の院跡の岸壁に三尊形式の磨崖仏が残っています。中尊は薬師如来坐像で像高1.5m。

逢坂山関址

逢坂山関址

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大津市
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京阪電鉄大谷駅の東約100m、国道1号沿いに「逢坂山関跡」の記念碑が立っています。
 逢坂越は、都と東国・北国を結ぶ東海道・東山道・北陸道の3つの主要道路が集中する交通の要衝でした。
 古くから貴族や武将をはじめ、文人墨客(ぶんじんぼっきゃく)がこの道を通過し、この関所や峠を題材にした作品が万葉集や古今集に多く残...

山内一豊公 母の墓

山内一豊公 母の墓

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米原市
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山内一豊の母は、夫盛豊が亡くなった後、法秀院として出家し、次男・一豊らを連れて居を転々としたのち、永禄末年(1569)頃、4人の子どもを連れて宇賀野の長野家に身を寄せたと考えられています。法秀院はつつましく穏やかな性格で、村の子ども達から慕われていたと伝えられています。近所の子どもに裁縫や行儀見習いを教えていましたが、...

琵琶湖周航歌碑

琵琶湖周航歌碑

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大津市
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旧制第三高等学校旧艇庫前に、われは湖の子と刻まれた碑が立つ。副碑には、ボートの中で作詞されたという琵琶湖周航の歌の歌詞が刻まれている。

小野妹子公園(唐臼山古墳)

小野妹子公園(唐臼山古墳)

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大津市
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遣隋使小野妹子の墓と伝わる古墳。墳丘は巨大な箱形石棺状石室が露出しています。このような墓は、ヤマト朝廷の官人層だけが造営できるという指摘もあります。

釈迦山 百済寺

釈迦山 百済寺

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東近江市
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重厚な石垣に覆われた『山城』の趣が漂う天台宗の寺院。
近江の最古級寺院で、今から1400年の昔、推古14年(606年)に、聖徳太子が百済人のために押立山(771.8m)の中腹に百済国の「龍雲寺」を模して創建された。
龍雲寺と百済寺のご本尊は、同一の巨木から彫られた「同木二体」の十一面観世音菩薩と伝わる。
開闢法要...

賤ヶ岳

賤ヶ岳

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長浜市
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南北に奥琵琶湖と竹生島、東に伊吹山、北に余呉湖を一望できる賤ヶ岳は、琵琶湖八景の一つとして知られています。
1583年(天正11年)、羽柴秀吉と柴田勝家が覇権を争った「賤ヶ岳の戦い」の戦場跡で、戦跡碑、戦没者の碑があります。
また、琵琶湖と余呉湖のふたつの湖の景観と史跡を巡る多彩なハイキングコースが整備されています...

岩屋古墳 岩屋不動

岩屋古墳 岩屋不動

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竜王町
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岩屋古墳は、墳丘の全長が約36mの横穴式石室を埋葬主体とする前方後円墳です。
石室は、江戸時代に奥壁の一枚岩に不動明王を刻み、「岩屋不動」として信仰されています。石室の現状の大きさは、玄室の長さ5.4m、幅は奥壁部1.95m、玄門部で2.5m、高さは2.4m。
古墳自体の調査が行われてないため、明確な築造年代はわか...

法明院(フェノロサの墓)

法明院(フェノロサの墓)

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大津市
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性慶義瑞が開基の天台寺門宗。日本美術の恩人ともいうべきフェノロサの墓がある。

【法明院庭園】
 フェノロサ(1853-1908)の墓があることで知られる池泉回遊式庭園。庭園の場所は、彼が大絶賛したという絶好の景勝の地と伝えられます。雄大な琵琶湖と三上山の風景を借景にし、庭園は2段に分かれた構造になっています。...