スポット検索

137件中1-20件目を表示

表示切り替え

沙沙貴神社

沙沙貴神社

エリア
近江八幡市
カテゴリ

「沙沙貴神社」は古代の「沙沙貴山君」が崇敬した「延喜式」式内社である。
 近江国の蒲生野にあり、古くから沙沙貴郷あるいは佐々木庄と称されたこの地は、宇多源氏佐々木発祥地であり近江守護である佐々木一族、沙沙貴郷33村を始めとする人々の信仰を集めた。
 平安・鎌倉様式を継承し江戸中期に再建された茅葺きの「楼門」や、東...

桜生史跡公園

桜生史跡公園

エリア
野洲市
カテゴリ

「国史跡大岩山古墳群」のうち、6世紀を中心とする「甲山古墳」「円山古墳」「天王山古墳」の3古墳があります。とくに「円山古墳」と「甲山古墳」では、横穴式石室の内部に熊本県阿蘇から産出した凝灰岩をくり抜いた家形石棺や大阪府と奈良県の境に位置する二上山で産出する凝灰岩をもちいた組合式石棺を見学することができます。また、古墳の...

光徳寺

光徳寺

エリア
大津市
カテゴリ

蓮如上人の法難に対して、自ら首を打たせて出させた堅田源兵衛ゆかりの寺。その首と墓所がある。

泣き地蔵

泣き地蔵

エリア
栗東市
カテゴリ

その昔、旧信楽道のこの辺りには、旅人を泣かせるほどの坂があったことから、安全祈願のために花崗岩の巨石に薬師・釈迦・阿弥陀の三体の如来像が刻まれたと伝わる。

毛受兄弟の墓

毛受兄弟の墓

エリア
長浜市
カテゴリ

賤ヶ岳の合戦において、大岩山の初戦では柴田勝家の軍が勝利を得ましたが、羽柴秀吉の素早い行動を予測しきれずに、次第に勝家側の敗色が濃くなっていきました。
 勝家は、自ら兵を率いて決戦を挑もうとしましたが、忠臣毛受勝助に諫められ、北ノ圧へ落ち延びて陣を立て直そうとしました。毛受勝肋は兄の茂左衛門とともに勝家の身代りとな...

雪野山歴史公園

雪野山歴史公園

エリア
東近江市
カテゴリ

東近江市・近江八幡市及び竜王町にまたがる雪野山(308.8m)の山頂にある4世紀中頃の古墳。平成元年(1989)に全国でも珍しい未盗掘の状態で発見され、話題を呼びました。墳頂部に竪穴式石室1基があり、副葬品も多く出土しました。
 竪穴式石室の基軸は南北方位で、材質は壁面・天井石ともに湖東流紋岩です。床面に粘土床を設...

黒山の石仏・石塔群

黒山の石仏・石塔群

エリア
長浜市
カテゴリ

黒山は塩津街道がなかった頃、敦賀への街道筋として栄えました。焼き打ちにあいましたが、今でも、県下で6番目に古い地蔵磨崖仏を始め、石仏や石塔群が数多く残されています。

釈迦山 百済寺

釈迦山 百済寺

エリア
東近江市
カテゴリ

重厚な石垣に覆われた『山城』の趣が漂う天台宗の寺院。
近江の最古級寺院で、今から1400年の昔、推古14年(606年)に、聖徳太子が百済人のために押立山(771.8m)の中腹に百済国の「龍雲寺」を模して創建された。
龍雲寺と百済寺のご本尊は、同一の巨木から彫られた「同木二体」の十一面観世音菩薩と伝わる。
開闢法要...

賤ヶ岳

賤ヶ岳

エリア
長浜市
カテゴリ

南北に奥琵琶湖と竹生島、東に伊吹山、北に余呉湖を一望できる賤ヶ岳は、琵琶湖八景の一つとして知られています。
1583年(天正11年)、羽柴秀吉と柴田勝家が覇権を争った「賤ヶ岳の戦い」の戦場跡で、戦跡碑、戦没者の碑があります。
また、琵琶湖と余呉湖のふたつの湖の景観と史跡を巡る多彩なハイキングコースが整備されています...

逢坂山関址

逢坂山関址

エリア
大津市
カテゴリ

京阪電鉄大谷駅の東約100m、国道1号沿いに「逢坂山関跡」の記念碑が立っています。
 逢坂越は、都と東国・北国を結ぶ東海道・東山道・北陸道の3つの主要道路が集中する交通の要衝でした。
 古くから貴族や武将をはじめ、文人墨客(ぶんじんぼっきゃく)がこの道を通過し、この関所や峠を題材にした作品が万葉集や古今集に多く残...

近松勘六ゆかりの家

近松勘六ゆかりの家

エリア
野洲市
カテゴリ

忠臣蔵で有名な赤穂四十七士の一人「近松勘六」ゆかりの家があります。主君・浅野内匠頭切腹後、勘六はこの家に姿を隠し、のち大石内蔵助とともに討ち入りにのぞんだのです。近松家では今も勘六の遺留品が残されています。

追分道標

追分道標

エリア
草津市
カテゴリ

草津には、東海道・中山道を往来する旅人の道しるべとして親しまれた道標が数多く残っています。江戸寄りの入口、草津川堤防上にある火袋つきの石造道標(1816)、東海道と中山道の分岐点にある火袋つきの石造道標(1816)、東海道と矢橋道の分岐点にある石造道標(1798)、立木神社境内にある道標(1680)などがそうです。
...

岩屋古墳 岩屋不動

岩屋古墳 岩屋不動

エリア
竜王町
カテゴリ

岩屋古墳は、墳丘の全長が約36mの横穴式石室を埋葬主体とする前方後円墳です。
石室は、江戸時代に奥壁の一枚岩に不動明王を刻み、「岩屋不動」として信仰されています。石室の現状の大きさは、玄室の長さ5.4m、幅は奥壁部1.95m、玄門部で2.5m、高さは2.4m。
古墳自体の調査が行われてないため、明確な築造年代はわか...

膳所城跡公園

膳所城跡公園

エリア
大津市
カテゴリ

近江大橋西詰のすぐ南側に突き出た地にあった膳所城は、徳川家康が関ヶ原の合戦の後、築城の名手といわれた藤堂高虎に最初に造らせた城でした。城構えは、湖水を利用して西側に天然の堀を巡らせた典型的な水城で、白亜の天守閣や石垣、白壁の塀・櫓(やぐら)が美しく湖面に浮かぶ姿は、実に素晴らしかったといいます。この美観は、「瀬田(せ...

朝妻湊跡

朝妻湊跡

エリア
米原市
カテゴリ

朝妻湊は古代から東海・北陸地方の人の行き来や荷物の運搬など、湖上交通の要港として発展してきました。歴史上でも秀吉が京の大仏殿建立の際、尾張や美濃から木材を運搬し、木曽義仲の後続部隊の出陣時にも朝妻湊を経て戦地に向かうなど、重要な役割を果たしてきました。しかし江戸時代に入り彦根藩主、井伊氏が米原湊を御用港として保護するの...

四足門

四足門

エリア
長浜市
カテゴリ

東と西の入り口に、それぞれ茅葺の棟門があります。この門は四脚で、中世から明治維新まで集落の四方の入り口にあることから、村の出入の検察が行われたと伝えられています。昔は、東西南北の集落入り口4箇所にありましたが、現存するのは東西の2箇所のみとなっています。

信楽院

信楽院

エリア
日野町
カテゴリ

日野町の町並みの東端にある浄土宗寺院。奈良時代前期、聖武天皇の勅建と伝えられています。中世にこの地方を統治していた蒲生氏の菩提寺です。安土・桃山時代に現在地に移されました。
 境内はそんなに大きくありませんが、県指定の文化財の本堂や書院などが目立っています。寺宝に、伝恵心(でんえしん)作の観音像があります。また、本...

瀬田廃寺跡

瀬田廃寺跡

エリア
大津市
カテゴリ

奈良時代に建てられた国分寺の跡といわれています。遺構としては、南門・三重塔・金堂・講堂が一直線に並んでいます。
礎石(そせき)が5個残っており、これは三重塔のものと考えられています。1つの礎石は1.5m四方の石で、上部だけが露出しています。

長等公園

長等公園

エリア
大津市
カテゴリ

桜の名所として名高い公園。
 明治35年県下最初の公園として開園され多くの人を集めてきました。
 さらに公園内には、豊かな緑に抱かれた長等創作展示館(三橋節子美術館)や大津の歴史を語る先人の歌碑(平忠度の歌碑)があり、市街地に隣接した自然の森として貴重です。

鴨稲荷山古墳

鴨稲荷山古墳

エリア
高島市
カテゴリ

鴨川右岸に広がる沖積地に位置する古墳です。古墳時代後期のもので、湖西地方では平野部に立地する唯一の前方後円墳です。 現在は前方部の墳丘がありませんが、周辺の地形などから、全長45m・後円部の直径25m・高さ5mほどの周濠をめぐらせた前方後円墳であったと考えられています。 明治時代に、後円部から横穴式石室と刳抜(くりぬ)...