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和田古墳群

和田古墳群

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栗東市
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6世紀中頃〜7世紀にかけてつくられた古墳群で9基の古墳が存在します。現在、和田古墳公園として整備されており、5号墳の石室は復元して中を見学できるようになっています。出土した遺物は、隣接する出土文化財センターで展示しています。
※現在、出土文化財センターは公開していません。調査研究および団体見学のみの事前受付となってい...

彦主人王御陵

彦主人王御陵

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高島市
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檜並木の参道の奥にある通称"王塚"の中にあります。 面積は約2840平方メートル。2段重ねの円墳で、周囲の3基の古墳より格段に規模が大きく、古墳時代中期のものと考えられています。被葬者は、継体(けいたい)天皇の父である彦主人王と伝えられています。安曇川町は、継体天皇にまつわる伝承地が多いことでも知られています。

福林寺跡磨崖仏

福林寺跡磨崖仏

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野洲市
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JR野洲(やす)駅の南東約1.3kmにある小磨崖仏群(しょうまがいぶつぐん)。野洲中学校の裏道から林道を入った静寂な地に、ひっそりと横たわっています。
 磨崖仏は、大きな岩に高さ約45cmの地蔵菩薩立像13体が平肉彫りされています。また、近くの大きな岩には、阿弥陀如来像2体と観音立像1体が彫り出されています。どちら...

源内塚

源内塚

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守山市
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平治元年(1159年)12月27日、当時十三歳の源頼朝は、平治の乱に敗れて、京から東国へ敗走する途中、野路(草津市)あたりから馬上で居眠りをし、父・義朝一行からはぐれて一騎で守山に入りました。

その時、源内兵衛真弘らが頼朝の首を獲ろうと襲いかかりましたが、頼朝は「髭切り」と呼ばれる名刀で源内を一刀両断にしました。...

西光寺の石灯籠

西光寺の石灯籠

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竜王町
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西光寺の鎮守、八柱神社(やばしらじんじゃ)の社宝で高さが2.8mもある背の高い灯篭です。
裏面に「応永(おうえい)28年8月8日(1422)願主敬白」の刻銘があり、室町時代初期の作とされます。
願主は不明。
当時の様式の多くは、丸柱の中央に周帯を有するものですが、この八角柱の灯篭は特に珍しく、また笠を持ち火袋には...

逢坂の関記念公園

逢坂の関記念公園

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大津市
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「逢坂の関」は、不破の関や白川の関などと並んで文化的、歴史的に有名な関所として広く知られています。また、平安時代から蝉丸法師や清少納言など多くの歌人がこの関を歌った歌枕の地としても大変有名です。
古都大津のイメージアップと歴史散策をする人々の観光交流拠点となる目的で、平成21年に完成しました。

小槻大社古墳群

小槻大社古墳群

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栗東市
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小槻大社を中心に17基の古墳が分布しています。境内にある古墳で最大級規模を持つ1号墳は、直径約25mの規模を持ちます。10号墳(5世紀後半〜6世紀前半頃)以外は未調査のため明確な時期がわかっていません。

水口宿本陣跡

水口宿本陣跡

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甲賀市
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水口本陣は古い家柄で苗字帯刀を許された鵜飼伝左ヱ門が営んでいました。表門は貴人宿泊の格式を表し、瓦葺か冠木門で屋舎は平屋でした。本陣の特色として庭はあるが絶対に石は入れず、必ず裏手に立ち退き口があり、非常の際の脱出口になりました。現在の本陣跡は明治天皇行在所の石碑が建っているだけでその面影はありません。
近くに脇本...

悠久の丘 蒲生あかね古墳公園

悠久の丘 蒲生あかね古墳公園

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東近江市
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この公園は、滋賀県史跡木村古墳群の保護と活用を目的に復元した史跡公園です。また、この古墳群は5世紀を中心とした古墳群で、天乞山古墳と久保田山古墳の2基を原寸大に復元しました。 この公園は、古墳を正しく理解するために活用し、また楽しく歴史に親しんでもらうために作られたものです。◆天乞山古墳(9742平方メートル):2方向...

近江風土記の丘

近江風土記の丘

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近江八幡市
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近江の歴史と文化を心ゆくまで満喫できるようにと、特に歴史的風土の豊かな安土城跡の近くに造られた歴史公園です。敷地内には県下から移築された旧安土巡査駐在所、旧柳原学校校舎、旧宮地家住宅の3棟の建造物や、常夜燈・道標などの石造物があり、また、安土城考古博物館では県内主要遺跡の紹介と考古学からみた縄文時代から古墳時代の歴史...

弘法杉

弘法杉

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湖南市
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天井川になっている大沙川の堤の上にそびえる大杉は、幹の回りが6m高さ26m樹齢750年と言われて「弘法杉」。
弘法大師がここをとおりかかった時に、眺めが良かったこの場所を昼食場所に選びました。その時に使用された杉箸を堤にさしました。後にそれが成長して大杉になったと伝えられます。
以前は二本の大杉で、近江名所図会には...

平家終焉の地

平家終焉の地

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野洲市
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※ 2025年11月現在 立入禁止となっています。
 野洲(やす)市は平家が果てた最期(さいご)の地です。平安時代末期、壇の浦の合戦で平家一門が滅ぼされ、一門の大将・平宗盛(たいらのむねもり)と息子清宗(きよむね)が鎌倉から京都へ送り返される途中、近江篠原(おうみしのはら)で斬殺されました。
 現在、屍(しかばね)...

若宮氏館跡

若宮氏館跡

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米原市
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山内一豊の妻の千代は、若宮喜助友興(わかみやきすけともおき)の子として、弘治三年(1557年)にここで生まれと言われています。永禄九年(1566年)に父友興が戦死し、叔母の夫の不破氏に養われていましたが、その後再び飯村に戻りました。この頃、隣村(宇賀野村)の長野家に身を寄せていた山内一豊母子と出合い、一豊の妻になったさ...

黒田家御廟所

黒田家御廟所

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長浜市
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当地の御廟所に祀られている黒田藩の始祖は、佐々木源氏の流れをくむ源宗清(宗満)公であり、近江国伊香郡黒田村に住み、湖北の荘園領主として黒田判官と称された。
宗清公より数えて6代目の高政公の時代に備前邑久郡福岡村に移り住むまでの約200年間は、黒田氏は6代にわたりこの地に居を構えていた。

仙禅寺跡磨崖仏

仙禅寺跡磨崖仏

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甲賀市
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仙禅寺は県境をへだてて南西約5㎞に位置する鷺峰山金胎寺の別院で養老6年(722)開基と伝えられている。中世の戦乱ですっかり諸堂を焼失しましたが、奥の院跡の岸壁に三尊形式の磨崖仏が残っています。中尊は薬師如来坐像で像高1.5m。

紀貫之の墓

紀貫之の墓

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大津市
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古今和歌集の代表歌人として名高い紀貫之の墓が、比叡山の中腹にひっそりと建っている。坂本ケーブルの「もたて山駅」から南に300メートルのところにある。

大岡古墳

大岡古墳

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多賀町
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あけぼのパーク多賀から徒歩10分程の所に、町指定史跡の大岡古墳が保存されています。石室内部は入口から奥壁まで1m近く土砂に埋没していますが、側壁の一部抜き取り穴から、内部の様子を伺うことができます。見学自由

懸所宝塔

懸所宝塔

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守山市
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善立寺・因宗寺はJR守山駅の北西約1.7kmにある真宗大谷派の寺院です。室町時代中期に、金森道西坊(かなもりどうさいぼう)が本願寺(ほんがんじ)の蓮如(れんにょ)に帰依(きえ)し、一寺を建立したのが始まりと伝えられています。 境内は1000平方メートル弱で、本堂・庫裏(くり)・山門などが建っています。

境内隅に立...

狛坂磨崖仏

狛坂磨崖仏

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栗東市
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金勝山中の大津市との境界に近いところに、狛坂寺跡と向かい合うかたちで、大きな花崗岩の磨崖面に、高肉に三尊仏を刻みだしています。高さ約6m、幅3.6mの壁面に高さ3メートル、顔幅70cmの阿弥陀如来坐像を中尊として、観音・勢至の両脇侍を刻み、その周囲に12体の仏像が半肉彫りされています。
 中央にある阿弥陀如来は、格...

信楽院

信楽院

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日野町
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日野町の町並みの東端にある浄土宗寺院。奈良時代前期、聖武天皇の勅建と伝えられています。中世にこの地方を統治していた蒲生氏の菩提寺です。安土・桃山時代に現在地に移されました。
 境内はそんなに大きくありませんが、県指定の文化財の本堂や書院などが目立っています。寺宝に、伝恵心(でんえしん)作の観音像があります。また、本...