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鴨稲荷山古墳
鴨川右岸に広がる沖積地に位置する古墳です。古墳時代後期のもので、湖西地方では平野部に立地する唯一の前方後円墳です。 現在は前方部の墳丘がありませんが、周辺の地形などから、全長45m・後円部の直径25m・高さ5mほどの周濠をめぐらせた前方後円墳であったと考えられています。 明治時代に、後円部から横穴式石室と刳抜(くりぬ)...
正福寺(湖南市)
奈良時代、聖武天皇の勅願により良弁が開山したと伝えられる浄土宗寺院。平安期にかけて隆盛を誇っていたが、2度の火災があったが、木造大日如来坐像、木造十一面観音立像仏像は残った。木造地増菩薩半跏像などの貴重な文化遺産は難を逃れた。 5月下旬から6月上旬には、境内に並ぶ石仏を取り巻くサツキの花群の風景に出会います。
祥瑞寺
華叟宗曇が開祖の寺院で、その弟子である一休宗純が青年時代ここで修行をしたことで有名。
関蝉丸神社
蝉丸神社は市内に3社あり、逢坂(おうさか)一丁目の国道1号沿いに上社(かみしゃ)、国道161号沿いに下社(しもしゃ)(関蝉丸神社)、大谷町に分社(蝉丸神社)が立っています。 蝉丸は平安時代の琵琶の名手で、今昔物語や謡曲「蝉丸」によると、目が不自由であったにもかかわらず、音曲の神として崇められました。彼が詠んだ「こ...
彦主人王御陵
檜並木の参道の奥にある通称"王塚"の中にあります。 面積は約2840平方メートル。2段重ねの円墳で、周囲の3基の古墳より格段に規模が大きく、古墳時代中期のものと考えられています。被葬者は、継体(けいたい)天皇の父である彦主人王と伝えられています。安曇川町は、継体天皇にまつわる伝承地が多いことでも知られています。
馬の寺「石馬寺」
静かな木立の中の乱れ石積みの坂を上りつめると、古刹石馬寺(臨済宗妙心寺派禅宗寺院)が現れます。寺伝によると、1400年前に聖徳太子が当地を訪れ、山麓の松の木に馬をつなぎ、霊地を探して山上に登り、戻るとその馬は石になって池に沈んでいたことから、これに霊異を感じた太子が開基したと言われています。聖徳太子直筆の「石馬寺」の三...
光徳寺
蓮如上人の法難に対して、自ら首を打たせて出させた堅田源兵衛ゆかりの寺。その首と墓所がある。
万葉の森 船岡山
近江鉄道市辺駅のすぐ北方の船岡山の頂上にあります。自然の巨岩に「元暦校本万葉集」の原本そのままの文字を彫りこんだ石板がはめこんであります。 歌は、「茜(あかね)さす紫野行き標野(しめの)行き野守(のもり)は見ずや君が袖ふる」(額田王(ぬかたのおおきみ))「紫草(むらさき)のにほへる妹(いも)を憎くあらば人妻故(ゆ...
小堀遠州出生地
江戸期の大名であり、建築家や造園家をはじめ、茶・華・歌にもひいでた小堀遠州の出生地です。小堀遠州は天正5年(1577年)、小堀の生まれで、日本を代表する庭園といわれる大徳寺孤篷庵や桂離宮の庭園の作者として知られています。 また、茶道を利休の高弟であった古田織部に学び、晩年には、三代将軍家光の茶道師範をつとめていま...
茶臼山古墳
茶臼(ちやうす)山(155m)中腹にある県下第2位の規模を誇る大古墳で国指定の史跡です。 古墳時代前期に属する4世紀末から5世紀初頭のものと推定されています。彦坐王(ひこいますおう)とも大友皇子一族の墓ともいわれますが、被葬者については明らかではありません。 全長122m・後円部径70m、高さ8m、前方部の長...
賤ヶ岳
南北に奥琵琶湖と竹生島、東に伊吹山、北に余呉湖を一望できる賤ヶ岳は、琵琶湖八景の一つとして知られています。 1583年(天正11年)、羽柴秀吉と柴田勝家が覇権を争った「賤ヶ岳の戦い」の戦場跡で、戦跡碑、戦没者の碑があります。 また、琵琶湖と余呉湖のふたつの湖の景観と史跡を巡る多彩なハイキングコースが整備されています...
神照寺
第59代宇多天皇の勅願により、西暦895年の創建。真言宗智山派の古刹。国宝の金銀鍍宝相華唐草文華籠や重要文化財の千手観音(ボケ封じ観音)をはじめ、多くの文化財を有する。元伏見稲荷・愛染寺のダキニ天を境内地の神照稲荷にお祀りしている。境内地には、秋になると足利尊氏が植えたと伝わる秋の七草の一つ・萩の名所となる。
四足門
東と西の入り口に、それぞれ茅葺の棟門があります。この門は四脚で、中世から明治維新まで集落の四方の入り口にあることから、村の出入の検察が行われたと伝えられています。昔は、東西南北の集落入り口4箇所にありましたが、現存するのは東西の2箇所のみとなっています。
豊国神社(長浜市)
安土桃山時代、秀吉の没後に長浜の町民がその遺徳を偲んで建立。事代主大神、豊臣秀吉、加藤清正、木村重成を祭神としています。 大坂夏の陣で豊臣家が滅びると、徳川幕府は神社を取り壊すよう命じました。町民は、一時、祭神を町年寄の家へ移し、八幡宮の古堂を移築して、商売の神様である恵比須神を前立に、奥殿に秀吉像をひそかに祀り...
毛受兄弟の墓
賤ヶ岳の合戦において、大岩山の初戦では柴田勝家の軍が勝利を得ましたが、羽柴秀吉の素早い行動を予測しきれずに、次第に勝家側の敗色が濃くなっていきました。 勝家は、自ら兵を率いて決戦を挑もうとしましたが、忠臣毛受勝助に諫められ、北ノ圧へ落ち延びて陣を立て直そうとしました。毛受勝肋は兄の茂左衛門とともに勝家の身代りとな...
懸所宝塔
善立寺・因宗寺はJR守山駅の北西約1.7kmにある真宗大谷派の寺院です。室町時代中期に、金森道西坊(かなもりどうさいぼう)が本願寺(ほんがんじ)の蓮如(れんにょ)に帰依(きえ)し、一寺を建立したのが始まりと伝えられています。 境内は1000平方メートル弱で、本堂・庫裏(くり)・山門などが建っています。
境内隅に立...
小野篁神社
JR和邇駅から南へ約1.1kmのところにあります。小野神社の末社で同境内地にあり、小野篁(おののたかむら)(802-852)を祀っています。小野篁は平安時代の歌人であり政治家です。少年時代は乗馬に専念して学問をを顧(かえり)みませんでしたが、後に漢詩文で名を挙げ、31歳で『令義解(りょうのぎげ)』の撰修に参画しました...
永源寺温泉「八風の湯」
永源寺温泉「八風の湯(はっぷうのゆ)」は、臨済宗大本山永源寺の門前に位置し、素晴らしい大自然に囲まれた中心で天然温泉の露天風呂が楽しめる日帰り温泉です。低張性で弱アルカリ性の温泉成分は一般的に「美肌の湯」と呼ばれ、お湯には独特のまろやかさがあります。神経痛や五十肩、疲労回復、健康増進の効能があります。施設は木造平屋造り...
長浜八幡宮
誉田別尊(ほむたわけのみこと)(応神天皇)、足仲彦尊(たらしなかつひこのみこと)(仲哀天皇)、息長足姫尊(おきながたらしひめのみこと)(神功皇后)を祭神とする神社。4月14日から16日に行なわれる長浜曳山まつりは、国の重要無形民俗文化財に指定され、毎年全国から数万人の観光客を集めています。 平安時代、京都石清水八...
鵜川四十八体石仏群
白ひげ浜付近で国道161号線を逸れ旧西近江路を北進すると、草深い山中の墓地に、高さ1.6m、花崗岩の阿弥陀如来像群が見られます。東を向いて静かに並んで座る石仏は、大きさも少しずつ異なり、慈愛に満ちた顔・あどけない顔・ユーモラスな顔など、姿もそれぞれ異なっています。近年までは、室町時代後期に観音寺城(現安土町)城主の佐々...