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七曲がりの仏壇街

七曲がりの仏壇街

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彦根市
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中山道の高宮宿から彦根城へ向かう道を彦根道と言い、芹川の近くで幾度も道が屈曲しており、ここを七曲りと呼んでいます。現在は彦根の伝統産業の仏壇を作る店が軒を並べています。
伝統工芸品「彦根仏壇」は、木地師、宮殿師、彫刻師、漆塗師、金箔押師、蒔絵師、錺金師の七職の職人により、ひとつひとつ手づくりで作り上げられていく。彦根...

日吉茶園

日吉茶園

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大津市
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最澄が中国の唐から持ち帰ったお茶の種を植えたとされる茶園。日本茶発祥の地とも言われる。

旧高宮宿

旧高宮宿

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彦根市
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中山道の六十五番の宿であり、古くから湖東地方の中心として栄えてきました。今でも本陣跡や旧家が点在し、その面影を伝えています。

八幡山ロープウェー(琵琶湖国定公園)

八幡山ロープウェー(琵琶湖国定公園)

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近江八幡市
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山麓から山頂へ約4分。山頂からは四季折々の琵琶湖、西の湖、旧城下町などが見渡せる大パノラマが広がります。八幡山(標高271.9m)は、豊臣秀次が築いた八幡城の城跡で本丸跡には村雲瑞龍寺が京都から移築されています。豊臣秀吉の姉で、秀次の母である瑞龍院日秀尼公が、一度は関白となりながら秀吉の側室淀殿に子供(後の秀頼)が誕生...

石部宿小島本陣跡

石部宿小島本陣跡

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湖南市
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石部宿には、幕府直轄と膳所藩直轄の2つの本陣が置かれ、全盛期には旅籠32軒を含む458軒が街道の両脇1.6キロメートルにわたって建ち並び、東海道五十一番目の宿場町として栄えました。
数多くの大名や明治天皇なども宿泊した小島本陣は、慶安三年(一六五〇)に創建されました。

菅浦集落

菅浦集落

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長浜市
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菅浦の地には、奈良時代恵美押勝(えみのおしかつ)の乱で道鏡や孝謙上皇に負け、廃位になった淳仁(じゅんにん)天皇が住んでいたという伝説が残っている。淳仁天皇は、幽閉地で憤死したといわれ、須賀神社の裏山に淳仁天皇の御陵という塚が残っている。菅浦の村に入る東西の道には、四足門と呼ばれる茅葺きの門が残っている。かつては、ここ...

日野まちかど感応館(旧正野玄三薬店)

日野まちかど感応館(旧正野玄三薬店)

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日野町
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江戸時代日野椀に代わって行商の有力商品となり、日野商人を発展に導くものに合薬がありました。その創始者が正野法眼玄三です。
玄三は18才の時日野椀や茶・布を持ち行商に出ましたが母の病気で帰郷、当時京都の名医の診療で母の病気をなおすことができたことから医師を志し、医師になった後は医薬に恵まれない山間辺地の人や日野商人の...

矢倉道標

矢倉道標

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草津市
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東海道と矢橋街道の分岐点にあたる、かつて「姥ケ餅屋」があった場所の北の軒先に寛政10年(1798)に建てられた一基の石造道標があります。これは、東海道を道ゆく旅人を矢橋の渡し場へと道案内するものでした。
この道標は、歌川広重の描く浮世絵をはじめ、「東海道名所図会」や「伊勢参宮名所図会」などに紹介された「姥ケ餅屋」の軒...

北国街道 安藤家

北国街道 安藤家

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長浜市
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安藤家は、室町時代からこの長浜に移り住んだ旧家で、賤ヶ岳合戦(1583年)では秀吉に協力しました。秀吉は町衆の中から長浜の自治を委ねる「十人衆」を選び、安藤家はそ の十人衆として町衆文化の一翼を担い、江戸期には十人衆の中から選ばれる三年寄の一家として、長浜町の発展に力を尽くし活躍しました。

明治以降の安藤家は、近...

草津宿街道交流館

草津宿街道交流館

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草津市
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1階は、無料情報検索コーナーで、2階は、有料の展示室になっています。
 2階の展示室では、江戸時代の草津宿を再現した200分の1の模型を始め、道中着の半合羽、薬入れ、胴巻き財布など旅道具を紹介しています。
 「旅体験コーナー」では、訪れた人たちが、実際に道中着を身に付けたり駕籠をかついで江戸時代の旅を体験できます...

今宿一里塚

今宿一里塚

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守山市
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JR守山駅の西、守山市農協守山支店前(旧物部村役場跡)に残っている市指定の史跡。 一里塚とは江戸時代に幕府が制定した塚で、日本橋を起点に主要街道に沿って一里ごとに榎(えのき)などの木を植えたものです。一里ごとに街道の両側に五間(約9m)四方の塚を作って植え、遠方からでもよく見えるようにし、木陰で休憩したり、馬子(まご)...

旧膳所城下町

旧膳所城下町

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大津市
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天智天皇の大津宮時代、獲った魚を調達した陪膳浜(おものはま)といわれていた膳所は、江戸時代の初め、瀬田の唐橋や東海道を掌握するため、徳川家康(1541-1616)によって大津城を廃城とし、膳所城を築城して以来、軍事的な城下町として栄えていきました。
 京阪電鉄に平行している旧東海道の町並みは、家並のほか曲折した小路を...

長光寺(花の木寺)

長光寺(花の木寺)

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近江八幡市
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長光寺の始まりは、聖徳太子が老蘇の森に仮官された時、高階の妃は御難産でしたので、太子は妃に「仏法を信じ仏の加護を祈りなさい」とお諭しされます。妃はひたすら諸仏の慈悲を仰がれた所、西南の方より仏の使いが来て、「汝が願いは、正しく観世音が救い給う」と言って、仏の使いは飛びさり、妃は安産されました。
太子が使いを派遣された...

常夜燈

常夜燈

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愛荘町
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中山道愛知川を照らす常夜燈。祇園神社境内西隅に国道8号向きを正面として建てられています。石造大型の燈で、弘化3年(1846)2月の銘があり、寄進者47名と石工の名も銘刻しています。燈の高さは4m35cm。

中山道守山宿

中山道守山宿

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守山市
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中山道は、徳川幕府が制定した五街道の一つで、江戸板橋宿を第一宿として、武蔵・上野・信濃・美濃の各国を経て近江国守山宿まで六十七宿が定められましたが、守山は、東下りの第一番目の宿として「京発ち守山泊まり」で旅人に知れわたっていました。
 宿内の街並みは、11町53間(約1300m)あり、人口は、約1,700人ほどありま...

大沙川隧道

大沙川隧道

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湖南市
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大沙川は湖南市吉永に発し野洲川に合流する河川で、ふだんは水がほとんど流れていません。
東海道の上を流れる天井川です。
奈良時代に奈良の仏教寺院や石山寺の造営において、このあたりの山の木々はほとんど切り倒され、はげ山となりました。
大雨のごとに土砂が流れ出して、河床が上がり天井川になったと伝えられています。
この...

堅田

堅田

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大津市
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浮御堂で知られる堅田は、琵琶湖の北湖と南湖を分ける狭くなった西岸に位置し、湖上交通の要衝でした。そのため、堅田を寺領としていた延暦寺が、「堅田浦」という湖上の関所を設けたり、賀茂社も湖上通行権を与えるなどして、強い湖上権を背景に町は潤い、その後も漁業権などによって琵琶湖の漁業の一大拠点となっていきました。現在は、当時の...

旧池田屋敷長屋門

旧池田屋敷長屋門

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彦根市
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旧池田屋敷長屋門は、彦根城の中堀に近い第三郭に建っています。かつて、池田屋敷のあった尾末町一帯には、中級武家屋敷が広がっていました。当建造物は彦根藩中級武家屋敷の典型をなす貴重な長屋門として、昭和48年に彦根市指定文化財に指定されています。
 地域における歴史的風致の維持及び向上に関する法律(通称 歴史まちづくり法...

いろは松

いろは松

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彦根市
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いろは松は中濠沿いの松並木で、江戸時代「松の下」と呼ばれていました。この場所は藩主の参勤、着城で必ず通る場所で、当時47本植えられていたことからいろは47文字にちなみ「いろは松」と呼ばれるようになりました。当初、人馬や車などの通行の邪魔にならないよう、根が地上に張り出さない土佐松が植えられました。

湖南市東海道石部宿歴史民俗資料館

湖南市東海道石部宿歴史民俗資料館

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湖南市
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旅籠・関所・茶室など宿場町の建物が再現され、石部宿の様子を知ることができる施設です。