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草津宿本陣

草津宿本陣

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草津市
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◆令和6(2024)年6月1日~令和7(2025)年3月31日 は耐震工事のため休館しております◆

JR草津駅の南約500m。周囲には高塀や藪をめぐらし、国の史跡に指定されています。 本陣とは大名公家など貴人の宿泊所のことで、東海道・中山道の分岐点で交通の要衝であった草津には2軒ありました。現在、1軒が残ってお...

追分道標

追分道標

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草津市
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草津には、東海道・中山道を往来する旅人の道しるべとして親しまれた道標が数多く残っています。江戸寄りの入口、草津川堤防上にある火袋つきの石造道標(1816)、東海道と中山道の分岐点にある火袋つきの石造道標(1816)、東海道と矢橋道の分岐点にある石造道標(1798)、立木神社境内にある道標(1680)などがそうです。
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八幡山ロープウェー(琵琶湖国定公園)

八幡山ロープウェー(琵琶湖国定公園)

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近江八幡市
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山麓から山頂へ約4分。山頂からは四季折々の琵琶湖、西の湖、旧城下町などが見渡せる大パノラマが広がります。八幡山(標高271.9m)は、豊臣秀次が築いた八幡城の城跡で本丸跡には村雲瑞龍寺が京都から移築されています。豊臣秀吉の姉で、秀次の母である瑞龍院日秀尼公が、一度は関白となりながら秀吉の側室淀殿に子供(後の秀頼)が誕生...

堅田

堅田

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大津市
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浮御堂で知られる堅田は、琵琶湖の北湖と南湖を分ける狭くなった西岸に位置し、湖上交通の要衝でした。そのため、堅田を寺領としていた延暦寺が、「堅田浦」という湖上の関所を設けたり、賀茂社も湖上通行権を与えるなどして、強い湖上権を背景に町は潤い、その後も漁業権などによって琵琶湖の漁業の一大拠点となっていきました。現在は、当時の...

近江八幡市立資料館(歴史民俗資料館)

近江八幡市立資料館(歴史民俗資料館)

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近江八幡市
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JR近江八幡駅の北西約2kmに市立資料館と隣接しています。
 歴史民俗資料館は、森五郎兵衞の控宅で、近江商人(八幡商人)の往時をしのぶ帳場風景や生活様式をそのまま残し、そのほか多くの民俗資料を展示公開しています。裏庭には、民具。農具などが展示され、水郷地帯の農村の生活を知ることができます。

初代五郎兵衞は、伴...

醒井公会堂

醒井公会堂

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米原市
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醒井公会堂は昭和11年(1936)の建築で、洋風でおとなしいデザインの小規模な建築物です。和洋のデザインと工法を混在させた、昭和初期の公民館的な建物として貴重なものとされ、平成15年、国の登録文化財となりました。

源内塚

源内塚

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守山市
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平治元年(1159年)12月27日、当時十三歳の源頼朝は、平治の乱に敗れて、京から東国へ敗走する途中、野路(草津市)あたりから馬上で居眠りをし、父・義朝一行からはぐれて一騎で守山に入りました。

その時、源内兵衛真弘らが頼朝の首を獲ろうと襲いかかりましたが、頼朝は「髭切り」と呼ばれる名刀で源内を一刀両断にしました。...

五個荘金堂の町並み

五個荘金堂の町並み

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東近江市
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五個荘金堂地区は近江商人ゆかりの地として知られており、国の重要伝統的建造物群保存地区に選定されています。
町並みを歩くと舟板塀や白壁をめぐらした蔵屋敷があり、清らかな水が流れ錦鯉が優雅に泳ぐ掘割が縦横に走っています。
金堂地区では近江商人屋敷2邸(外村繁邸・中江準五郎邸)と金堂まちなみ保存交流館が公開されており、近...

湖南市東海道石部宿歴史民俗資料館

湖南市東海道石部宿歴史民俗資料館

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湖南市
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旅籠・関所・茶室など宿場町の建物が再現され、石部宿の様子を知ることができる施設です。

黒壁スクエア

黒壁スクエア

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長浜市
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北国街道と、長浜城から東に延びる大手門通り(美濃谷汲街道)との交差点は、江戸時代に高札が立ち、現在でも「札の辻」と呼ばれています。古くから長浜の中心だったこの辻に、明治33年(1900)第百三十国立銀行長浜支店(6年後に明治銀行となる)が建てられ、壁が黒塗りだったことから「黒壁銀行」の愛称で親しまれました。
 和洋折...

北国街道 木之本宿

北国街道 木之本宿

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長浜市
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地蔵院の門前町として栄えたところ。
北国街道と北国脇往還が交わる宿場町で、旅人と木之本のお地蔵さんの参拝客で賑わいました。
木之本宿には昭和の初めまで中央に小川が流れ、柳の木が植えられた宿場らしい風情を残していましたが、今では埋め立てられ、商家の家並みに昔の風情を残しています。

旧高宮宿

旧高宮宿

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彦根市
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中山道の六十五番の宿であり、古くから湖東地方の中心として栄えてきました。今でも本陣跡や旧家が点在し、その面影を伝えています。

七曲がりの仏壇街

七曲がりの仏壇街

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彦根市
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中山道の高宮宿から彦根城へ向かう道を彦根道と言い、芹川の近くで幾度も道が屈曲しており、ここを七曲りと呼んでいます。現在は彦根の伝統産業の仏壇を作る店が軒を並べています。
伝統工芸品「彦根仏壇」は、木地師、宮殿師、彫刻師、漆塗師、金箔押師、蒔絵師、錺金師の七職の職人により、ひとつひとつ手づくりで作り上げられていく。彦根...

寝物語の里

寝物語の里

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米原市
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岐阜県との県境にあるこの史跡は、江濃国境にまつわる「寝物語」の伝承地です。

昔、国境の小さな溝を隔てて建つ両国の旅籠の泊まり客どうしが、寝ながら話しができたことから付いた呼称です。
 安藤広重の「木曽街道六十九宿」に描かれた今須宿の図は、この地を描いたものです。現在宿等はなく、石碑のみが建っています。

石部宿小島本陣跡

石部宿小島本陣跡

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湖南市
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石部宿には、幕府直轄と膳所藩直轄の2つの本陣が置かれ、全盛期には旅籠32軒を含む458軒が街道の両脇1.6キロメートルにわたって建ち並び、東海道五十一番目の宿場町として栄えました。
数多くの大名や明治天皇なども宿泊した小島本陣は、慶安三年(一六五〇)に創建されました。

近江商人博物館・中路融人記念館

近江商人博物館・中路融人記念館

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東近江市
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江戸・明治時代、この近江・五個荘の地から、革新的な商法と不屈の精神、そして何よりもお客様の喜ぶ笑顔を心の糧として、全国津々浦々に行商し、やがて豪商へと出世していった近江商人たち。近江商人博物館では《夢かなえびと》近江商人のその成功への軌跡を解き明かしています。 近江商人を育んだ土壌、彼らの商法・教育・精神、そしてその...

旧開知学校

旧開知学校

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長浜市
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明治7年(1874)に町民の寄付によって神戸町(現在の元浜町の一部)に建てられた、現在の長浜小学校の前身となる洋風の木造校舎の建物。三階建ての上に八角形の櫓をのせたユニークなデザインであった。建造以降、幼稚園・高等女学校などとして使われ、昭和12(1937)年には現在地に移転し、以後はさまざまな業種に利用されていた。平...

日吉大社(日吉馬場)

日吉大社(日吉馬場)

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大津市
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京阪坂本駅から日吉大社入口の鳥居までの日吉馬場(ひよしのばんば)と呼ばれる県道が約200本の桜で満開になる。山桜、染井吉野、枝垂れ桜などさまざまな種類の桜が咲き乱れる。

日吉大社例祭の山王祭の13日の稚児による花渡り行列や14日の神輿渡御の時期に見頃を迎えると、春の山王祭・坂本がいっそう華やかになる。

*ラ...

夢京橋キャッスルロード

夢京橋キャッスルロード

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彦根市
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彦根城内、彦根東高校の南西にある京橋は、一千石以上の武士が居住していた第二郭(かく)(内曲輪(うちぐるわ))と中級以下の武士や商人、職人が居住していた第三郭(かく)(内町(うちまち))をつなぐ橋でした。当時、本町は商人町で大変活気があったといいます。京橋から本町を抜ける通りを本町通りといい、町割りのたたずまいや白壁と...

中山道守山宿

中山道守山宿

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守山市
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中山道は、徳川幕府が制定した五街道の一つで、江戸板橋宿を第一宿として、武蔵・上野・信濃・美濃の各国を経て近江国守山宿まで六十七宿が定められましたが、守山は、東下りの第一番目の宿として「京発ち守山泊まり」で旅人に知れわたっていました。
 宿内の街並みは、11町53間(約1300m)あり、人口は、約1,700人ほどありま...