スポット検索

108件中41-60件目を表示

表示切り替え

太田酒造 道灌蔵

太田酒造 道灌蔵

エリア
草津市
カテゴリ

江戸城築城の祖として、文武両道に優れた武将名高い太田道灌を祖先に持つ太田家は、東海道五十三次の宿場の中でも大宿であり、また水陸交通の要所でもあった草津において、海道の動静を見守る関守を務め草津行政の中心となっていました。
 太田家が酒造りを始めたのは廃藩後のこと。当時所領としていた100余町歩の田畑から収められる良質の...

日野の町並み

日野の町並み

エリア
日野町
カテゴリ

日野城の城下町として蒲生氏によって築かれた日野は、豊臣秀吉によって伊勢松坂に諸領替えになった蒲生氏郷(がもううじさと)が去るまで城下町として栄え、その後、町民は日野椀や売薬による行商に活路を見いだし、商人の町として栄えていきました。
 現在でも通りに面して建てられた家並がのこぎり歯の形をしているなど、戦国時代の城下...

沖島

沖島

エリア
近江八幡市
カテゴリ

近江八幡市から琵琶湖の沖合約1.5㎞に浮かぶ沖島は、琵琶湖最大の島です。周囲約6.8㎞、面積約1.53k㎡で琵琶湖最大の島です。約250人の人が住んでいます。湖沼の島に人が住む例は世界的にも少なく、学術的にも注目されています
 市内への交通手段はもちろん船。通学、通勤用に定期便も運行されています。
 長命寺山や鈴鹿...

旧膳所城下町

旧膳所城下町

エリア
大津市
カテゴリ

天智天皇の大津宮時代、獲った魚を調達した陪膳浜(おものはま)といわれていた膳所は、江戸時代の初め、瀬田の唐橋や東海道を掌握するため、徳川家康(1541-1616)によって大津城を廃城とし、膳所城を築城して以来、軍事的な城下町として栄えていきました。
 京阪電鉄に平行している旧東海道の町並みは、家並のほか曲折した小路を...

旧東海道

旧東海道

エリア
大津市
カテゴリ

旧東海道は、江戸時代にその道としての整備が完了し、江戸日本橋から京都三条までを結ぶ、旧五街道の一つである。安藤広重の東海道53次の版画で有名。大津市内には、京都に入る一つ手前の宿場町大津宿場があり、その界隈一帯は、非常に賑わっていた。
江戸時代大津は、各地からの物資が集積し商業都市として発展。その頃大津祭も誕生した。...

旬菜・ます料理 醒井楼 (松尾寺山内 お食事処)

旬菜・ます料理 醒井楼 (松尾寺山内 お食事処)

エリア
米原市
カテゴリ

2014年春、一部リニューアルオープン!
気持ちも新たにお客様をおもてなししたいと思っております。

滋賀県醒井養鱒場のそばにある、旬の一品とます料理の店です (松尾寺山内 お食事処)
炭火でじっくり焼く塩焼きをはじめ、活け造り、揚げもの、甘露煮などふんだんにます料理をお楽しみ頂けます。

当店では、ます釣...

寝物語の里

寝物語の里

エリア
米原市
カテゴリ

岐阜県との県境にあるこの史跡は、江濃国境にまつわる「寝物語」の伝承地です。

昔、国境の小さな溝を隔てて建つ両国の旅籠の泊まり客どうしが、寝ながら話しができたことから付いた呼称です。
 安藤広重の「木曽街道六十九宿」に描かれた今須宿の図は、この地を描いたものです。現在宿等はなく、石碑のみが建っています。

北国街道 安藤家

北国街道 安藤家

エリア
長浜市
カテゴリ

安藤家は、室町時代からこの長浜に移り住んだ旧家で、賤ヶ岳合戦(1583年)では秀吉に協力しました。秀吉は町衆の中から長浜の自治を委ねる「十人衆」を選び、安藤家はそ の十人衆として町衆文化の一翼を担い、江戸期には十人衆の中から選ばれる三年寄の一家として、長浜町の発展に力を尽くし活躍しました。

明治以降の安藤家は、近...

近江商人の町並み(新町通り)

近江商人の町並み(新町通り)

エリア
近江八幡市
カテゴリ

JR近江八幡駅の北方約2km前後の新町周辺は、古い町並みがよく保存されています。国の重要伝統的建造物保存地域。江戸時代末期から明治にかけて建築された商家が整然と残る町並みは、近江商人のふるさととして、その保存運動が展開されています。
 西側に旧西川庄六(しょうろく)宅、森五郎兵衛(ごろべえ)宅、3丁目の京街道筋には...

土橋

土橋

エリア
守山市
カテゴリ

中山道守山本宿と加宿(今宿)との境の吉川に架かっている土橋です。
旧・栗太郡と旧・野洲郡の境界でもありました。

江戸時代の古文書によると当時は長さ20間(36m)・幅2間(3.6m)もあり、修繕費等は公儀(幕府の負担)で行われていたそうです。

歌川広重の版画「木曽街道六十九次」の守山宿風景はこの橋から眺め...

高札場跡・常盤館跡

高札場跡・常盤館跡

エリア
湖南市
カテゴリ

高札場とは、幕府や領主が決めた法度や掟書などを木の板札に書き、人目のひくように高く掲げておく場所です。現在の県道113号線(とんや道)と旧東海道の交差点の道路の中ほどのあたりで問屋場の横にあったと伝えられています。

また現在の高札場跡の南側には、本格的芝居小屋「常盤館」があったと伝わっています。

七曲がりの仏壇街

七曲がりの仏壇街

エリア
彦根市
カテゴリ

中山道の高宮宿から彦根城へ向かう道を彦根道と言い、芹川の近くで幾度も道が屈曲しており、ここを七曲りと呼んでいます。現在は彦根の伝統産業の仏壇を作る店が軒を並べています。
伝統工芸品「彦根仏壇」は、木地師、宮殿師、彫刻師、漆塗師、金箔押師、蒔絵師、錺金師の七職の職人により、ひとつひとつ手づくりで作り上げられていく。彦根...

石部宿小島本陣跡

石部宿小島本陣跡

エリア
湖南市
カテゴリ

石部宿には、幕府直轄と膳所藩直轄の2つの本陣が置かれ、全盛期には旅籠32軒を含む458軒が街道の両脇1.6キロメートルにわたって建ち並び、東海道五十一番目の宿場町として栄えました。
数多くの大名や明治天皇なども宿泊した小島本陣は、慶安三年(一六五〇)に創建されました。

中山道磨針峠

中山道磨針峠

エリア
彦根市
カテゴリ

中山道は、鳥居本の宿場町から山道を登って江戸へ下っていきました。山道を曲がると急に視界が開け、この峠から眺める琵琶湖や湖東平野の眺めは最高だったといわれます。
 昔、諸国を修行して歩いていた青年僧が、挫折しそうになってこの峠を通りかかった時、斧を石で摺って針にしようとしている老婆の姿にいましめられ、後に弘法大師になっ...

近江八幡市立資料館(歴史民俗資料館)

近江八幡市立資料館(歴史民俗資料館)

エリア
近江八幡市
カテゴリ

JR近江八幡駅の北西約2kmに市立資料館と隣接しています。
 歴史民俗資料館は、森五郎兵衞の控宅で、近江商人(八幡商人)の往時をしのぶ帳場風景や生活様式をそのまま残し、そのほか多くの民俗資料を展示公開しています。裏庭には、民具。農具などが展示され、水郷地帯の農村の生活を知ることができます。

初代五郎兵衞は、伴...

旧和中散本舗

旧和中散本舗

エリア
栗東市
カテゴリ

<栗東八景〜積日の海道と城跡〜>
JR手原駅の東約2km、旧東海道沿いの六地蔵にあります。大角弥右衛門家の邸宅のことで、豪商の昔の姿をそのまま今に留めています。
六地蔵には江戸時代、旅人のために道中薬を売る店が数軒あり、大角家は、その中で和中散という薬を売る「ぜさいや」の本舗として栄えました。薬を売るだけでなく、...

水口宿

水口宿

エリア
甲賀市
カテゴリ

江戸時代初期、徳川幕府によって指定された東海道の宿場です。古城山の南に町並みが形成され「街道一の人とめ場」と言われました。名物に葛藤細工、干瓢がありました。現在も町内随所に点在する名所旧跡にその面影を見ることができる。

多賀大社表参道絵馬通り

多賀大社表参道絵馬通り

エリア
多賀町
カテゴリ

昔からお参りの人で賑わう多賀大社表参道。現在は古き良き昔の建物と、装い新たに生まれ変わった商店が建ち並び、絵馬通りの名称で親しまれています。地元の人々が利用する日常雑貨のお店と、観光客の人々が訪れるお土産のお店が混ざりあった情緒ある町並みをゆっくり歩いてまわってみてください。

石部宿入り口 西縄手

石部宿入り口 西縄手

エリア
湖南市
カテゴリ

石部宿の西側入り口に設けられた広場には「東海道五十三次」全体図碑が建っています。

旧伴家住宅(八幡教育会館)

旧伴家住宅(八幡教育会館)

エリア
近江八幡市
カテゴリ

伴庄右衛門は江戸初期に活躍した八幡商人で屋号を扇屋といいます。寛永年間に東京日本橋に出店し、麻布・畳表・蚊帳を商いました。5代目の伴蒿蹊は18歳で家督を継ぎ、大坂淡路2丁目に出店。学問にも興味を持ち、本居宣長、上田秋成、与謝蕪村らと親交のある国学者でもありました。 以後も、伴家は繁栄を誇りましたが、明治維新等の激動期に...