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真宗大谷派五村別院
湖北地方は真宗信仰の篤い地域であり、長浜別院大通寺とともにその活動の中心となっているのが五村別院です。五村別院は、慶長2年(1597年)頃、地元の有力者・大村刑部左衛門らが、本願寺第12世教如上人に寺地を寄進し、質素な聞法道場を建立したのが始まりとされています。「五村御坊」とも呼ばれ、教如上人や本願寺の教団を強く支え...
宝厳寺(竹生島観音)
真言宗豊山派、巌金山の号を持つ、西国三十三観音霊場第30番札所。本尊の大弁財天は、江ノ島・宮島と並ぶ「日本三弁才天」の一つです。、都久夫須麻神社に続いている舟廊下は、豊臣秀吉の御座船を利用して作られたもので、国の重要文化財になっています。その入り口に立つ唐門は国宝であり、こちらは京都東山の豊国廟から移築されたものです...
八坂神社
本殿は、永享11年(1439年)に設立され、国の重要文化財に指定されています。建築様式は、”檜皮葺、一間社流造り”であり両側背面ともに板壁で、向背にある”かえる股”は透かし彫りの牡丹唐草、桐唐草が彫刻されています。この神社は古より少彦名の神を奉る神社であり社の場所も違う所にあったそうですが、仁徳天皇の在位69年(381...
明王寺
明王寺は、弘仁2年(811)円瑞の開基と伝え本尊は、伝教大師最澄の作という不動明王である。この像を中心に4つの明王像が配置されており天台寺院に5体の明王像を揃えているのはきわめて珍しく、東西南北の明王が中尊を盛り上げているように見える。 東海自然歩道沿いの高台に立地し、豊かな自然の中にある手入れの行き届いた美しい庭園と...
新宮神社
奈良時代の霊亀元年(715)九月の創建以来、信楽町大字長野、神山、江田、小川の「産土神(氏神)」として広く人々から尊び崇られ、「新宮大明神」と呼ばれた。 近衛関白家を始め、近江の守護佐々貴氏等に篤く信仰され、代々当社に境内神領などの寄進があった。 南北朝の戦(1336)の兵火にて消失して再建されたが、その後大風の為...
大吉寺
平安時代前期、土地の豪族浅井(あざい)家が比叡山(ひえいざん)の安然(あんねん)と協力の上、開いたと伝えられる天台宗の霊場。平安時代後期、平治(へいじ)の乱で敗北した源氏は、東国を目指して落ち延びましたが、その時13歳の頼朝(よりとも)は一行とはぐれ、この寺に難を逃れたといわれています。後に頼朝は鎌倉に幕府を開き、塔...
高野大師堂
高月町高野の高野神社の大師堂に安置されている像は、天台宗の開祖・伝教大師(最澄)の肖像と伝えますが、そのお姿から比叡山中興の祖・慈恵大師良源(元三大師)を表しているとみられます。弘安6年(1283年)仏師院信によって作られたことが判明し、国の重要文化財に指定されました。
上乗寺
仏燈国師が天号寺という名で開山したと伝えられる臨済宗寺院です。開基年代は不明です。村人達が兵火から守り続けた本尊の木造十一面観音立像は、優美な姿です。
宝満寺
愛荘町愛知川にある真宗大谷派の寺院。昔豊満寺といわれ豊満神社の別当寺とされます。江戸時代には愛知郡内他に25寺の末寺をもち、門内に等覚寺・乗船寺の2寺を塔頭とする、善照寺(彦根市)と共に郡内でも規模が大きな寺院でした。現在も、本堂・正門・経蔵・鐘楼・太鼓堂などが往時の面影を伝えています。
宝満寺は、蓮如上人御影道中の...
福林寺
JR守山駅の北西約7kmにあります。天台宗の寺。平安時代初期の最澄(さいちょう)の開基と伝えられています。 こじんまりとした境内には、ひっそりと本堂・庫裏・観音堂・表門が建っていますが、奥の収蔵庫に納められている本尊の木造十一面観音立像は有名です。 寺伝によると、平安時代末期の最澄による作品で、国指定の重要文化...
高源寺
もとは天台宗に属し、十福寺と呼ばれていましたが、戦国時代に廃寺となり江戸初期に再興され、天徳山高源寺とし、臨済宗妙心寺派に属し、現在に至っています。最盛期には書院三十坪、仏殿二十五坪、奥殿三十坪、禅堂三十二坪などを要する大寺院で、常に五十有余人が住した湖東における名刹でありました。しかし、明治九年の火災により石田三成の...
誓願寺
梵鐘は南北朝時代に鋳造されたもので、北九州の貫庄八幡宮に懸けられていたものです。同期に作られた2口の姉妹品があり、いずれも福岡県の重要文化財です。
福明寺
高嶺地区にある真言宗の寺院。木造地蔵菩薩坐像は、県指定の重要文化財で、胎内に建仁元年(鎌倉時代)の墨書きがある。
智禅院
町の北部にある天台宗寺院。本尊の木造地蔵菩薩半跏像は、鎌倉時代初期の作で国の重要文化財です。
葛川息障明王院
市の最北部、安曇(あど)川渓谷に沿う葛川集落の中心にあります。天台宗。平安時代初期に、延暦寺の僧であった相応(そうおう)(831-918)が回峰行(かいほうぎょう)の道場として開きました。相応が始めた回峰行とは独特の行で、100日間、1日30km、夜中に山中などを走るというものです。この厳しい行の道場にふさわしく、寺...
七々頭ヶ岳
余呉町上丹生に位置する七々頭ヶ岳は標高693mの美しい山で、古来より「丹生富士」と呼ばれ親しまれきた。 伝説の清水「瑠璃池」は霊泉として今も残っています。 また、観音様が祀られている西林寺は伊香三十三観音第29番札所です。(現在は観音様はふもとの上丹生の源昌寺におられます)
松尾神社
仁寿3年(853)に当時の領主藤原頼平が山城国の松尾大名人を美松山に勧請した後、現在の地に遷座したもので、ウツクシマツは同神社の神木と崇められています。並んで経つ南照寺には松尾芭蕉の句碑があります。
玉桂寺
信楽高原鐵道(しがらきこうげんてつどう)玉桂寺前駅の南約100mにあります。寺地は、奈良時代末期に淳仁(じゅんにん)天皇が造営した離宮「保良宮(ほらのみや)」の跡で、空海がその遺跡に一堂を建立したのが開基と伝えられている真言宗の寺院。現在は、玉樹(ぎょくじゅ)本堂と山門などが残されているのみですが、俗に「弘法さま」と...
神田神社
JR堅田駅の北西約1.5km、宮池の近くにある神社。祭神は、彦国葺命須佐之男命(すさのおのみこと)ほかです。 創建は平安時代初期、本殿の建立が室町時代初期といわれています。優美な姿の本殿は、重要文化財に指定されており、側面や細部の彫刻などに建立当時の特色を表しています。特に、階段の上の真正面に菱(ひし)の格子がきっ...
心光寺
菅原道真公の冥福を祈るために四男淳茂が建て「護念山香華院心光寺」と号しました。本堂に安置されている「木造阿弥陀如来立像」は平安時代の作で甲賀市文化財に指定されています。墓地にある美濃部氏一族の墓石は慶長以来数十基あり、なかでも五輪塔二基は壮大です。