menu
表示切り替え
勝楽寺
足利尊氏とともに室町幕府創建に活躍し、その豪放無比な言動から婆裟羅(ばさら)大名と呼ばれた佐々木道誉(どうよ)(京極導誉(きょうごくどうよ)、1296-1373)が建立した臨済宗建仁寺派の寺院で、開山は雲海(うんかい)和尚です。 境内には大池があり、勝楽寺が兵火にみまわれた際には、この池のおかげで六脚門・大日堂・...
大津別院
JR大津駅から北東へ約500mのところにあります。真宗大谷派東本願寺(ひがしほんがんじ)の別院です。石山本願寺で織田信長に徹底抗議したことで有名な教如(きょうにょ)が、江戸時代初めに創建しました。創建や再建のときには、大津町の有力な豪商たちが上地や金銀を寄進したといわれ、庶民の間にも信仰が篤かったことがよくわかります...
坂田神明宮
境内には、天照大神(あまてらすおおみかみ)を祭神とする坂田神社と豊受毘売命(とようけひめのみこと)を祭神とする岡神社の2社があります。 この地には、垂仁(すいにん)天皇から天照大神を祀る神社を建てる土地を捜すようにと命を受けた倭姫命(やまとひめのみこと)が、2年間いたと伝えられています。この神社は五穀豊穣に霊験が...
篠津神社
京阪電鉄中ノ圧駅から東に5分ほど歩いたところにある神社。祭神は素盞鳴命(すさのおのみこと)です。創始年代や社歴については、明らかではありません。古くから産土神(うぶすながみ)として庶民の信仰をあつめ、江戸時代には代々藩主の帰依(きえ)も篤くありました。 神社の表門は、旧膳所城の城門を明治5年(1872)にここに移...
西円寺
南北朝時代に僧仁空により建立された古刹で、本尊である木造聖観音立像(秘仏)や数々の文化財を有しています。境内には江戸時代前期に作られた琵琶湖形と言われる池庭式庭園も京極氏の家臣今井氏の菩提寺でもあり、今井権六の墓が残されています。
彦根・竹生島航路(オーミマリン)
竹生島(ちくぶしま)は、深緑の景観をもつとして琵琶湖八景のひとつに数えられています。古くから「神の島」として祟られ、人々に厚く信仰されてきました。 竹生島には、西国第三十番札所で本尊の大弁財天が安置されている竹生島宝厳寺(ほうごんじ)や、狩野派の筆と伝えられる襖絵の天井画がある本殿をもつ都久夫須麻神社(竹生島神社)が...
賀茂神社
天智天皇による大津京遷都の後、この辺り一帯に競走馬、農耕馬を育てるための牧場が設けられ、この地域を守護するため736年に創建されました。その頃から、創建の趣旨に習い、祭典には馬にまつわる儀式が実施され馬と関わりの深い神社として歴史を経てきました。現在も全国に2つしか残されていない、古式に則った正式な形の競馬行事「足伏...
長浜・竹生島航路(琵琶湖汽船)
パワースポット竹生島へのクルーズです。竹生島は日本三弁財天の一つに数えられる宝厳寺や都久夫須麻神社があり、見どころいっぱいです。弁天様の幸せ願いダルマや竜神拝所のかわらけ投げも人気です。
長浜港〜竹生島の航路です。時期により運航内容が異なります。 長浜〜竹生島間は、通常30分で運航致します。竹生島にて75分〜8...
胡宮神社
足下に名神高速道路を見下ろす眺めの良い丘の上に立ち、寿福・延命に御利益があると伝えられています。青龍山(せいりゅうざん)の巨石信仰が起源といわれ祭神は多賀大社と同じ伊邪那岐命(いざなぎのみこと)・伊邪那美命(いざなみのみこと)。もとは敏満寺(びんまんじ)の鎮守社であったので、敏満寺の境内であったといわれる場所に建ってい...
正福寺(湖南市)
奈良時代、聖武天皇の勅願により良弁が開山したと伝えられる浄土宗寺院。平安期にかけて隆盛を誇っていたが、2度の火災があったが、木造大日如来坐像、木造十一面観音立像仏像は残った。木造地増菩薩半跏像などの貴重な文化遺産は難を逃れた。 5月下旬から6月上旬には、境内に並ぶ石仏を取り巻くサツキの花群の風景に出会います。
見性庵
創立は不明。本尊は、観世音菩薩で国の重要文化財、大般若経43巻が現存します。
大瀧神社
「滝の宮」とも言われ、祭神のタカオカミ、クラオカミは、滝の近くに鎮座し、雨をつかさどり、水脈を支配して農作物が繁茂するように大いなる恵みを授けるとされる。神社に面する犬上川の清流は、約10mもの落差を流れ落ちながら奇岩怪岩の間をうねっていきます。「大蛇ヶ淵」と呼ばれる景勝の地。水の神・自然の神。
馬の寺「石馬寺」
静かな木立の中の乱れ石積みの坂を上りつめると、古刹石馬寺(臨済宗妙心寺派禅宗寺院)が現れます。寺伝によると、1400年前に聖徳太子が当地を訪れ、山麓の松の木に馬をつなぎ、霊地を探して山上に登り、戻るとその馬は石になって池に沈んでいたことから、これに霊異を感じた太子が開基したと言われています。聖徳太子直筆の「石馬寺」の三...
延命地蔵尊
多賀大社の門前町にある延命地蔵尊。古くから地蔵信仰の場で、多賀大社参拝の人も立ち寄っていました。本堂は、中央に本尊地蔵菩薩を安置し、左側に、地獄で人の罪を裁くという閻魔大王を中心にして、罪を記録し報告するという倶生神、司録神、浄玻梨を配して、地獄の場面を表し、右側に地獄の苦を救う千手千眼自在菩薩を配している。
小槻大社
創祀の年代は明らかではないが「※延喜式神名帳」にも名を残す古社でです。祭神は於知別命・大国主命とされ、皇室の尊祟も厚く、古代は小槻氏、中世には青地城主青地氏の祟敬社とされました。貞観5年(863)小杖神(小槻大社を指す)は従五位下を授け、以後、康永2年(1343)に正一位を授けられたと明記されています。古代・中世にかけ...
円光寺
JR野州(やす)駅の北東約700mにる天台真盛宗(てんだいしんせいしゅう)の寺院。江戸時代に、観音菩薩を本尊とする長福寺と、阿弥陀如来を本尊とする円光坊(えんこうぼう)とを合併して再興された大寺です。
一見、神社のように見える寺院で独特の雰囲気があります。本堂・庫裏・(くり)鐘楼(しょうろう)・山門などが立ち並ぶ...
醒井地蔵尊・地蔵堂
弘仁8年、大干ばつの時、伝教大師が醒井で地蔵菩薩を彫刻して降雨を祈願し、大雨が3日間降り続いたという。御丈1丈2尺の花崗岩による丸彫りの座像。初めは水中に安置されていたので、尻冷やし地蔵と呼ばれていた。魚を供養するために祀られたともいわれている。 また、地蔵堂は江戸時代、大垣城主石川日向守が病気全快を感謝して建立した...
金龍寺
室町時代に惟喬親王が建立し、隠棲したことから「高松卸所」と呼ばれます。深い木立のなかの境内には、親王の像が安置され木地師の崇敬を受けています。
千代神社
昭和40年、現在地に解体移築されました。彩色塗装も美しく、蟇股や長押など極彩色塗りです。重要文化財に指定されています。
願隆寺
近江鉄道水口駅の北東、高台にある天台宗の寺院。平安時代に最澄の再興といいます。木造阿弥陀如来坐像・木造日光月光菩薩立像は国の重要文化財です。