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馬の寺「石馬寺」
静かな木立の中の乱れ石積みの坂を上りつめると、古刹石馬寺(臨済宗妙心寺派禅宗寺院)が現れます。寺伝によると、1400年前に聖徳太子が当地を訪れ、山麓の松の木に馬をつなぎ、霊地を探して山上に登り、戻るとその馬は石になって池に沈んでいたことから、これに霊異を感じた太子が開基したと言われています。聖徳太子直筆の「石馬寺」の三...
多田幸寺
市内南部にある田村山の麓にある臨済宗妙心寺派の寺院です。平安時代末期に源賢が天台宗で開きました。小さい寺ですが、本尊の薬師如来坐像は国の重要文化財です。
大鳥神社
JR甲賀駅の北東約1.4kmにある神社です。祭神は、素盞嗚尊(すさのおのみこと)。 平安時代の創建と伝えられ、鎌倉時代から室町時代にかけては、近江守護である佐々木氏の崇敬が厚く、また、安土・桃山時代には豊臣秀吉が社領を寄進したといわれています。 鳥居をくぐって立派な石橋を渡ると社殿に着きます。神仏習合の関係か...
西栄寺
丘陵に囲まれた八田地区にある浄土宗の寺院です。平安末期から鎌倉初期の作といわれる木造薬師如来坐像・木造阿弥陀如来坐像は国の重要文化財です。
いしべ宿驛
旧東海道街道筋の石部本陣の跡地に建てられた街角サロン。1階は囲炉裏と土間、2階は畳と板間で、住民も観光客も、誰もが休憩など気軽に利用できるサロンです。
全長寺
文明元年(1469)僧全長、池原村字新堂に阿弥陀如来を本尊とする浄土宗の一宇を開き全長坊(ぜんちょうぼう)と称す。大永6年(1526)全長示寂を前に禅門に帰依し、同郡椿坂村曹洞宗桂照院二世頤正全養に請うて全長坊を託す。慶長2年(1597)頤正禅師、全長の意を受け全長坊を曹洞宗に転じ、寺名を久沢山全長寺と改め、当寺の開山...
馬見岡神社
天戸間見命、天津彦根命を祭神として祀り、神像は国の重要文化財に指定されています。毎年5月1日から5日に行われる宮坐神事は、古式豊かな祭礼でもあります。
庚申山広徳寺
今から1200年も余り前に最澄が開いたお寺で、真鍮製造の始まりとなった伝説に由来して、各地から参拝者が訪れます。庚申山頂からは甲賀郡内を眺望できます。秋には山全体が紅葉で覆われ、紅葉の名所となります。
若宮神社(甲賀市)
甲賀武士53家の1つ、大河原氏の祖である足利又太郎を祀っています。祭神は商売繁盛の神様として知られており、各地から熱心な参拝者が訪れます。
薬樹院
比叡山のふもと坂本の町に、ひっそりとたたずむ薬樹院。秀吉が山門再興を認める判物を送ったといわれる全宗が居住していました。また、庭園の桜は太閤桜ともいわれ、庭園には入れませんが道路から十分眺める事ができます。
三井寺(園城寺)
天台寺門宗の総本山。境内に天智・天武・持統の三天皇の御産湯に用いられたとされる霊泉(井戸)があることから、「御井(みい)の寺」と称され、後に「三井寺」と通称されるようになった。国宝の金堂を始め、西国第十四番札所の観音堂、釈迦堂、唐院など多くの堂舎が建ち並び、国宝・重要文化財は一〇〇余点を数える。
【その...
悉地院
伊吹山山岳仏教の名残りのあるところで、落ち着いた風情があります。寺宝も数多く保存されています。
長浜八幡宮
誉田別尊(ほむたわけのみこと)(応神天皇)、足仲彦尊(たらしなかつひこのみこと)(仲哀天皇)、息長足姫尊(おきながたらしひめのみこと)(神功皇后)を祭神とする神社。4月14日から16日に行なわれる長浜曳山まつりは、国の重要無形民俗文化財に指定され、毎年全国から数万人の観光客を集めています。 平安時代、京都石清水八...
浄福寺
JR甲南駅東北にある天台宗寺院です。平安時代初期、最澄が自ら十一面観世音像を刻んで開墓したと伝えられます。眺望に優れ、寺周辺は桜、紅葉の公園です。
萬年寺
小野寺跡。栗東市内では珍しい黄檗宗の寺院。 石造宝篋印塔(市指定文化財)他、文化財あり。
吉姫神社
吉姫神社(女神様)は、石部西の吉御子神社(男神様)と対の関係にある。社蔵の木造狛犬は南北朝時代の作という。境内には万病に効くという宮前の湧水が湧いている
鈎陣所跡(永正寺)
室町幕府第九代将軍足利義尚が構えた陣跡。
六角氏を追って鈎の山徒真宝坊の居館だった真宝館に陣を敷いた足利義尚は、この陣所で25歳の若さで没しました。現在の永正寺の地にあったといわれます。
※写真の「鈎の陣」の石碑は、永正寺ではなく上鈎池西側の公園にあります。
勧学院客殿・庭園
勧学院は、三井寺の塔頭寺院のひとつです。客殿は国宝に指定され、狩野光信による華麗な障壁画が部屋を飾っています。また客殿の客殿の広縁の向こうに広がる池泉式(ちせんしき)庭園は、正面中央に造られた築山にヒノキ・杉の大木が植えられ、アセビ・ツツジ・サツキが植えられた山腹が高所へと続いています。また、後に付け加えられたという...
六角堂
JR寺庄駅近くにある地蔵堂。江戸時代の建造物で町指定の文化財。六角堂は県下に2棟が見られるのみで、貴重な遺構になっている。
醒井地蔵尊・地蔵堂
弘仁8年、大干ばつの時、伝教大師が醒井で地蔵菩薩を彫刻して降雨を祈願し、大雨が3日間降り続いたという。御丈1丈2尺の花崗岩による丸彫りの座像。初めは水中に安置されていたので、尻冷やし地蔵と呼ばれていた。魚を供養するために祀られたともいわれている。 また、地蔵堂は江戸時代、大垣城主石川日向守が病気全快を感謝して建立した...