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光徳寺
蓮如上人の法難に対して、自ら首を打たせて出させた堅田源兵衛ゆかりの寺。その首と墓所がある。
新宮神社
奈良時代の霊亀元年(715)九月の創建以来、信楽町大字長野、神山、江田、小川の「産土神(氏神)」として広く人々から尊び崇られ、「新宮大明神」と呼ばれた。 近衛関白家を始め、近江の守護佐々貴氏等に篤く信仰され、代々当社に境内神領などの寄進があった。 南北朝の戦(1336)の兵火にて消失して再建されたが、その後大風の為...
伊夫岐神社
いつ創祀されたのかは不明ですが、最初は伊吹山山頂にあったといわれています。昔から雨乞いの神様として信仰を集め、老樹の間に本殿が静かに立っています。
浮御堂(満月寺)
近江八景「堅田の落雁」で名高い浮御堂は、寺名を海門山満月寺という。平安時代、恵心僧都が湖上安全と衆生済度を祈願して建立したという。現在の建物は昭和12年の再建によるもので、昭和57年にも修理が行われ、昔の情緒をそのまま残している。境内の観音堂には、重要文化財である聖観音座像が安置されている。
【阿波野青畝句碑】 ...
波爾布神社
波爾布神社(はにふじんじゃ)は、旧饗庭村と旧新儀村の一部を合わせた計17地区の御社で、近世初期に遡る新旭町最古の建築です。古来高島郡内の大社の一つであり、土生(はぶ)大明神と称されていました。この地の山や水を神として祀ったのだと思われます。戦国時代に社禄を失い衰えましたが、後土御門天皇明応5年勅旨により社殿を再建、領地...
誓蓮寺
町域南東部、三重県境に近い山間部にある。国の重要文化財である木造地蔵菩薩坐像は、「子授け薬師」として信仰されている。木々に囲まれた境内は閉静。
見性庵
創立は不明。本尊は、観世音菩薩で国の重要文化財、大般若経43巻が現存します。
不動寺
延歴年間(782~825)弘法大師によって創立されました。 善水寺に向かう参道脇に静かに佇む無住の寺です。 本堂には南北朝時代の作で「建武元年(1334年)三月七日ト部左兵衛入道充乗造」の銘がある不動明王を拝めます。
檜尾神社
天孫天津彦彦火瓊々杵尊(ニニギノミコト)の垂跡の地と社伝にある。往古この辺りの龍池に尊が青龍と化して雲中に現れ炎気の尾を垂れ及ぶにより、これを祀り「火尾大明神」としたが、火災多きにより「檜尾」と改め以来、火災が止むところから、爾来「檜尾大明神」として祀り今日に至る。 また、岡山藩、鳥取池田氏祖先の氏神であったことを示す...
浄顕寺
多羅尾地区にある浄土宗寺院。豊年が結んだ一草庵に、江戸時代になって多羅尾光太が亡妻のために堂宇を建立したものです。境内に「十王石仏」があります。
甲賀歴史民俗資料館
甲賀町には23件の国指定有形文化財があり、県内4番目を誇っています。 文化財の他にも資料は多く存在し、これらを保存・展示しているのが歴史民俗資料館です。館内には古文書や生活用具、忍者の里らしい甲冑類、刀剣、手裏剣など数多く並び、歴史愛好家でなくとも関心を引きます。
舎那院
長浜八幡宮の隣にある真言宗豊山派の寺です。明治維新の神仏分離までは、八幡宮の別当(神宮寺)とされていました。 平安時代前期、空海によって開山され、平安中期には源義家が東夷征伐の前に、ここで戦勝祈願を行ったといわれています。その後、戦火のために焼失しましたが、安土桃山時代に豊臣秀吉が再建しました。 本尊の愛染明...
妓王寺
JR野洲(やす)駅の北約3kmにある浄土宗の寺院です。「平家物語」で知られる白拍子(しらびょうし)の妓王(ぎおう)・妓女(ぎじょ)姉妹とその母と佛御前の菩提を弔うために建てられた小寺と伝えられています。 妓王・妓女姉妹は、この地に居館を構えた橘次郎時長(たちばなのじろうときなが)の娘として生まれ、京の都で白拍子と...
龍王寺
日野川の右岸、標高308.8mの雪野(ゆきの)山麓にある天台宗の寺です。奈良時代中期に雪野寺として行基(ぎょうき)が創建しましたが、度重なる火災で焼失し、平安時代に再興されました。そのときに、龍王寺に改められました。例年旧暦の8月15日に行われる「へちまのお加持」は、ぜんそくによく効くといわれ、多くの参詣客が訪れます...
松尾神社
仁寿3年(853)に当時の領主藤原頼平が山城国の松尾大名人を美松山に勧請した後、現在の地に遷座したもので、ウツクシマツは同神社の神木と崇められています。並んで経つ南照寺には松尾芭蕉の句碑があります。
芦浦観音寺跡
天台宗寺院の芦浦観音寺は、応永15年(1408年)に歓雅によって再興されたと伝えられています。歴代住職のうち、特に芦浦観音寺三傑僧と呼ばれた八世賢珍・九世詮舜・十世朝賢らはそれぞれ織田信長・豊臣秀吉・徳川家康といった天下人と交わりを持っており、そのうち九世詮舜は、秀吉より琵琶湖湖上交通を管理する船奉行に任命され、また...
菅山寺
大箕(だいき)山中にある、真言宗豊山派の古刹。奈良時代、孝謙天皇の勅を受けた照檀上人が開山、龍頭大箕寺と称し、平安前期に菅原道真が宇多天皇の勅使として入山、3院49坊を建てて大箕山菅山寺と改名しました。 江戸時代になって徳川家康の強い要望により、鎌倉の中期に専暁上人が唐から持ち帰った教典約7000巻(国宝)のうち...
称名寺
応永年間(1394-1428)の隆堯。宗派はもと天台宗であったが寛政年間(1789-1801)に再建され浄土宗となる。住宅街の一角に白い土塀に囲まれた山門があり、中に入ると広々とした境内が広がり、身体に心地良い静寂さが感じられます。正面の堂々とした本堂が迎えてくれます。
医王寺
高時川の渓流沿いに静かにたたずむ無住のお寺。十一面観音は楠の一木造。国の重要文化財に指定されています。井上靖の「星と祭」で、村の乙女の観音さんと称される端正でありながら流麗な物腰の観音様です。
北野寺
奈良時代、護命上人開基の真言宗寺院です。「よろず世を守るしとみ仏の亀にのりてやきたのなるらん」