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大吉寺
平安時代前期、土地の豪族浅井(あざい)家が比叡山(ひえいざん)の安然(あんねん)と協力の上、開いたと伝えられる天台宗の霊場。平安時代後期、平治(へいじ)の乱で敗北した源氏は、東国を目指して落ち延びましたが、その時13歳の頼朝(よりとも)は一行とはぐれ、この寺に難を逃れたといわれています。後に頼朝は鎌倉に幕府を開き、塔...
蓮華寺
南北朝時代、足利尊氏の寝返りにあって鎌倉へ落ち延びる途中、京極道誉に阻まれて進退極まった北条仲時以下432人が自刃。流れ出た鮮血で、辺りは川と化したといいます。仲時28歳ほか、6歳の子供から60歳の高齢者に至るまでの名を記した過去帳は、国の重要文化財に指定され、寺の裏には彼らの墓が寄りそうように並んでいます。 堂...
宝幢院
真言宗宗智山派宝幢院薬師寺といい本尊は薬師如来座像で、山門は峯山の最勝寺跡に残っていたものを明治31年に移築したものです。 この寺は天平2年(730)に仏地院として泰澄大師が創建したと云われており、その後衰えた時期もありましたが、嘉吉2年(1442)に紀州根来寺の僧、真遍上人が再建し名を宝幢院と改めました。この寺には...
八坂神社
本殿は、永享11年(1439年)に設立され、国の重要文化財に指定されています。建築様式は、”檜皮葺、一間社流造り”であり両側背面ともに板壁で、向背にある”かえる股”は透かし彫りの牡丹唐草、桐唐草が彫刻されています。この神社は古より少彦名の神を奉る神社であり社の場所も違う所にあったそうですが、仁徳天皇の在位69年(381...
江国寺
播州赤穂の家老大石内蔵助が終生護持仏とした大黒天が祀られています。臨済宗妙心寺派の寺院です。
須賀神社
古い歴史を持つ菅浦集落の氏神。神社の裏山に淳仁天皇の御陵と伝わる塚があります。4月第一土・日曜日に鎌倉時代から続く古式豊かな珍しい神事があります。
醒井地蔵尊・地蔵堂
弘仁8年、大干ばつの時、伝教大師が醒井で地蔵菩薩を彫刻して降雨を祈願し、大雨が3日間降り続いたという。御丈1丈2尺の花崗岩による丸彫りの座像。初めは水中に安置されていたので、尻冷やし地蔵と呼ばれていた。魚を供養するために祀られたともいわれている。 また、地蔵堂は江戸時代、大垣城主石川日向守が病気全快を感謝して建立した...
真言宗長光寺
長光寺は弘法大師を宗祖とし、高野山金剛峯寺を本山とする高野山真言宗のお寺です。正面に本堂、右に大師堂、左に不動堂を配します。御本尊は『千手子安観世音菩薩』です。聖徳太子御建立四十九院の一つであって、其の当時にあっては壮広たる七堂伽藍であったことが古書に依って知られます。 抑も長光寺の始まりは、聖徳太子が老蘇の森に仮宮...
海津天神社
開基は明らかではありませんが、平安時代末期に現在の海津上尾山(かいづかみおやま)の地に勧請したのが始まりといわれています。徳川将軍家や加賀藩主前田氏の保護を受けて栄えました。折り重なる老松や杉の陰に、天神社を中心として大小10棟の社が、荘厳なたたずまいを見せています。 祭神は、本殿が菅原道真、大鍬(おおくわ)神社が大...
八幡社
毎年5月1日から5日の宮座神事で奉納される猿楽は民俗資料として貴重なものです。応神天皇を祭神に祀り、室町時代に建てられた社殿は国指定の重要文化財です。
和田神社
京阪電鉄膳所(ぜぜ)本町駅の北東、旧東海道にあたる町並みにあります。 透塀(すかしべい)に囲まれたところにある本殿は、小さな構造の建物で、国指定の重要文化財になっています。ひわだ葺の屋根は安土・桃山時代にに改築しており、正面に長く突出した丸い造り(唐破風造(からはふう))の向拝(こうはい)(ひさしのようなもの)が...
観音正寺
西国32番札所・観音正寺は、貴人にさしかざす衣蓋(きぬがさ)のようにうんわりとした美しい山容から名付けられたこの繖山の山中にひっそりと佇んでいる。 古来より、”万事吉祥の縁結びの祈祷道場”として老若男女の尊崇を集め、四季を通じて景勝を楽しめる名刹「観音正寺」。皆様のお越しをお待ちしています。
酒波寺
興福寺官務牒疏にある古刹で、観音堂の素晴らしさは遠く都の人々の口の端にのぼるほどであったといわれていましたが、残念ながら焼失し、現在の観音堂は江戸時代、僧覚仁によって建てられたものと言われています。千手十一面観世音が本尊として祀られています。 昔、周囲の谷川に村人を困らせる大蛇が棲んでおり、酒を呑ませて退治をしたこと...
伊夫岐神社
いつ創祀されたのかは不明ですが、最初は伊吹山山頂にあったといわれています。昔から雨乞いの神様として信仰を集め、老樹の間に本殿が静かに立っています。
響忍寺
膳所城周辺にあったが、火災により焼失。宝暦元年(1751)に膳所藩家老・村松八郎右衛門屋敷跡に再建された寺。表門と中門には屋敷門が使われている。
馬見岡神社
天戸間見命、天津彦根命を祭神として祀り、神像は国の重要文化財に指定されています。毎年5月1日から5日に行われる宮坐神事は、古式豊かな祭礼でもあります。
妙法寺
日蓮宗の寺です。天正4年10月14日に長浜城で夭折した秀吉公の最初の嫡男秀勝公の菩提寺です。本堂裏の民家を隔てた奥に、秀勝公の廟所があります。
光徳寺
蓮如上人の法難に対して、自ら首を打たせて出させた堅田源兵衛ゆかりの寺。その首と墓所がある。
吉御子神社
第十代崇神天皇68年(紀元前30年)石部山に御神降があり、 垂仁天皇2年(紀元前28年)宇加之彦の子、吉比古、吉比女の神を黒の御前に 神籠(ひもろぎ)を建てて祀り、谷黒乃御前大明神と称していました。
嵯峨天皇弘仁3年(812年)山崩れにより現鎮座地に移し 承平5年(935年)吉比古、吉比女神を、末社より本社...
善隆寺(和蔵堂)
水田と山々に囲まれた集落の山裾にある真言宗仏光寺派の寺院。一木造の十一面観音立像は、質素ながら上品で美しい平安中期の作で国の重要文化財に指定されています。
【和蔵堂の仏頭(わくらどうのぶっとう)】 山と田んぼに囲まれた山門の集落にある善隆寺は、年代は明らかはでないが天台宗の寺として創建され、後に延暦寺の末寺...