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大吉寺 だいきちじ

最終更新日: 2015年6月24日

基本情報

 平安時代前期、土地の豪族浅井(あざい)家が比叡山(ひえいざん)の安然(あんねん)と協力の上、開いたと伝えられる天台宗の霊場。平安時代後期、平治(へいじ)の乱で敗北した源氏は、東国を目指して落ち延びましたが、その時13歳の頼朝(よりとも)は一行とはぐれ、この寺に難を逃れたといわれています。後に頼朝は鎌倉に幕府を開き、塔宇(とうう)を再建し寺領(じりょう)を寄進しました。
 当時の大吉寺は、天吉寺山(750m)の山頂付近にあり、鎌倉時代隆盛をきわめましたが、戦国時代に六角定頼(さだより)の兵火を受け、さらに織田信長の兵火によって焼失しています。最近の調査により、本堂、門、鐘楼、閼伽池(あかいけ)、石窟(せっくつ)などを有した規模が明らかになり、大吉寺跡が県の史跡に指定されています。
 鎌倉時代後期、一切経を求め唐へ渡った覚道(かくどう)が宿願(しゅくがん)を果たした後、自ら入定したという石窟や頼朝の供養塔も残っています。
 現在は、本堂、庫裏、山門からなる小さな寺ですが、本造聖観音立像をはじめ、仏像四躯、両界曼茶羅、源頼朝公判物、足利将軍御教書など多くの寺宝を所有しています。

所在地 長浜市野瀬町217
アクセス
駐車場
普通車 5 台
その他
JR琵琶湖線長浜駅から湖国バス野瀬下車、徒歩15分
お問い合わせ

大吉寺

TEL:0749-76-1051

観光・レジャー

 平安時代前期、土地の豪族浅井(あざい)家が比叡山(ひえいざん)の安然(あんねん)と協力の上、開いたと伝えられる天台宗の霊場。平安時代後期、平治(へいじ)の乱で敗北した源氏は、東国を目指して落ち延びましたが、その時13歳の頼朝(よりとも)は一行とはぐれ、この寺に難を逃れたといわれています。後に頼朝は鎌倉に幕府を開き、塔宇(とうう)を再建し寺領(じりょう)を寄進しました。
 当時の大吉寺は、天吉寺山(750m)の山頂付近にあり、鎌倉時代隆盛をきわめましたが、戦国時代に六角定頼(さだより)の兵火を受け、さらに織田信長の兵火によって焼失しています。最近の調査により、本堂、門、鐘楼、閼伽池(あかいけ)、石窟(せっくつ)などを有した規模が明らかになり、大吉寺跡が県の史跡に指定されています。
 鎌倉時代後期、一切経を求め唐へ渡った覚道(かくどう)が宿願(しゅくがん)を果たした後、自ら入定したという石窟や頼朝の供養塔も残っています。
 現在は、本堂、庫裏、山門からなる小さな寺ですが、本造聖観音立像をはじめ、仏像四躯、両界曼茶羅、源頼朝公判物、足利将軍御教書など多くの寺宝を所有しています。

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TEL:0749-76-1051