観光スポット

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義経の「元服池」

義経の「元服池」

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竜王町
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承安4年(1174)3月3日、源氏の御曹司(おんぞうし)、牛若丸は京の鞍馬で遮那王(しゃなおう)と称してひそかに源氏の再興を志していました。
 鞍馬をこっそり抜け出した牛若丸は兄頼朝を尋ねんと、奥州の金売り吉次と下総の深栖(ふかす)の三郎光重が子、陵助頼重(みささぎのすけよりしげ)を同伴して東下りの途中近江の「鏡の...

野瀬山城跡(長比砦)

野瀬山城跡(長比砦)

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米原市
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滋賀県と岐阜県にまたがる野瀬山に浅井氏が築いた城で、その後織田信長も入城しています。現在も往時の土塁などがよく残っています。

里坊庭園

里坊庭園

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大津市
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里坊とは、比叡山延暦寺の三塔(東塔・西塔・横川)十六谷といわれた山上の山坊に対する言い方で、山麓にある各堂宇のことです。
 里坊は、比叡山の山上で修行していた老僧が座主から賜って住んだのが始まりで、山坊とは違って、普通の住居のように庭園が造られたといわれています。当初、里坊は、いくつあったのか不明ですが、現在は50...

近江八幡市立資料館(旧西川家住宅)

近江八幡市立資料館(旧西川家住宅)

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近江八幡市
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江戸時時代の町並みの面影を残す新町通りの歴史民俗資料館の隣りに一軒民家をはさんで旧西川家住宅があります。典型的な近江商家の面影を残すこの家は、店の部分と居宅部分に分かれており、突き出した座敷玄関を持っているのが特徴です。壁を黒く塗り、トガ材を使った京風建築の2階建家屋は、どっしりとした構えで、江戸時代中期頃の建築と推...

滝川城跡

滝川城跡

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甲賀市
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櫟野寺から櫟野川をへだてた山腹に位置し、川を天険の堀として、地山を利用した平城。織豊時代に滝川一益が一時居城した城と伝えられ滝川城と呼ぶ。町指定史跡。

埋木舎

埋木舎

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彦根市
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いろは松のわき道を北に入った旧中堀に面して立つ簡素な武家屋敷で、門前に碑が立っています。井伊直中の第14子として生まれ、5歳で生母を、17歳で父を亡くした井伊直弼(いいなおすけ)(1815-60)が、17歳から32歳までの15年間捨扶持わずか300俵の部屋住みの身として過ごしたところです。直弼は、ここで主に身心の修練...

近江風土記の丘

近江風土記の丘

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近江八幡市
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近江の歴史と文化を心ゆくまで満喫できるようにと、特に歴史的風土の豊かな安土城跡の近くに造られた歴史公園です。敷地内には県下から移築された旧安土巡査駐在所、旧柳原学校校舎、旧宮地家住宅の3棟の建造物や、常夜燈・道標などの石造物があり、また、安土城考古博物館では県内主要遺跡の紹介と考古学からみた縄文時代から古墳時代の歴史...

垂水斎王頓宮跡

垂水斎王頓宮跡

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甲賀市
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昔、天皇が即位すると、斎王に選ばれた皇女の一行が伊勢神宮まで群行しました。ここは一行の仮宿泊所である頓宮跡の一つで土手や井戸跡が残っています。

椿山古墳

椿山古墳

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栗東市
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墳長99mの帆立貝形の前方後円墳で、この形では滋賀県下最大規模。周濠を持っており、栗東市内最大の古墳です。出土品は5世紀前半〜中頃の首長墓で、鉄剣や甲冑などがみつかっています。

柏原宿歴史館

柏原宿歴史館

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米原市
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米原市柏原は、江戸時代中山道60番目の宿として、たいそう賑わった宿場町です。長さが1.5kmと近江国最大級の宿場であり、昔ながらのまちなみを残しています。中でも柏原宿の特産である伊吹山の薬草を原料とした伊吹艾を商う「伊吹堂亀屋佐京商店」は、今も昔と変わらぬたたずまいで日本一大きい福助とともに旅人を迎えてくれます。
「...

盛安寺

盛安寺

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大津市
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京阪電鉄石坂線の穴太(あのう)駅から北東へ5分ほど歩いたところにあります。天台真盛宗(てんだいしんせいしゅう)。創建は不明ですが、戦国時代に越前朝倉氏の家臣である杉若盛安(すぎわかせいあん)が再興し、自分の名を付けたと伝えられます。その後、何度か焼失しましたが、その度復興され、現在に至っています。
 穴太という土地は...

近江商人郷土館

近江商人郷土館

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東近江市
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江戸時代からの豪商・小林吟右衛門(こばやしぎんうえもん)の家屋敷を一般公開した資料館です。小林家は「丁吟(ちようぎん)」と呼ばれ、江戸や大阪で織物卸業や金融業を営み、現在のチョーギンの前身です。郷土館は、屋内の様子を見ながら資料を見学することができ、資料館と生活館に分かれています。資料館では、帳面類・看板など店の様子...

賤ヶ岳古戦場

賤ヶ岳古戦場

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長浜市
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安土桃山時代、本能寺の変で織田信長が倒れた後、明智光秀を討ち実質的な主導権を握っていた豊臣秀吉と、織田家の旧臣中第一の家柄を誇る柴田勝家との間で権力争いが生じ、ついに武力をもって決着を付けようとしました。これが俗にいう「賤ヶ岳の合戦」です。余呉湖を挟んで、両軍は北と南で睨み合っていましたが、天正11(1583)年の4...

行市山

行市山

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長浜市
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標高660mの行市山は賤ヶ岳の合戦時の佐久間盛政の陣地跡、西浅井から長浜方面まで一望できます。
余呉町小谷側から開設されている太田谷林道途中より、行市山へと続く山道があります。
新堂毛受兄弟の墓からは遊歩道が整備されています。

石の寺 教林坊

石の寺 教林坊

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近江八幡市
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西暦605年、聖徳太子によって創建されたと伝わり、林に囲まれた地で教を説かれたことから「教林坊」と名づけられました。ご本尊の観音さまは同じく聖徳太子作で、赤川観音と呼ばれ、困難な願いも二度参れば叶う「再度参りの観音」と信仰を集めてきました。
 また境内に広がる庭園は小堀遠州作と伝わり、苔むした巨石が連なる豪快な桃山時...

弘文天皇陵

弘文天皇陵

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大津市
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大津市役所の裏手にある森。弘文天皇(648-672)は天智天皇の皇子である大友皇子です。天智天皇が大津京で没すると、皇位継承(こういけいしょう)をめぐって実の叔父である大海人皇子(おおあまのおうじ)(?-686)と古代最大の内乱・壬申(じんしん)の乱(天武(てんむ)元年・672)で争い悲惨な最期(さいご)を遂げました...

記恩寺(蘆花浅水荘)

記恩寺(蘆花浅水荘)

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大津市
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日本画家の大家、山元春挙の別荘で、「蘆花浅水荘」といわれる。京阪電鉄瓦ヶ浜駅の北東約220mにあります。
 大正時代の作庭の自然の中に自己の芸術を表したという庭園は、いかにも画家の庭らしく絵画風で名高いです。
 もともとは庭続きに琵琶湖が広がっていました。書院の前に、なだらかな芝生の2つ小丘を作り、その間に幅広い...

虎御前山

虎御前山

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長浜市
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標高約230mの山で古くは長尾(ながお)山と呼ばれていました。全山に樹林が茂り、周囲は急傾斜で自然の要砦(ようさい)を形作っています。
 戦国時代、織田信長が小谷城の浅井長政を攻めた折、最前線として虎御前城を築き、柴田勝家の陣が置かれました。信長は、3回にわたって砦(とりで)を築かせていますが、砦は小谷城落城の後、...

星が崎城跡

星が崎城跡

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竜王町
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鏡山連峰の北嶺、国道8号線を望む標高270mの地にあった城郭です。
星ヶ埼城(ほしがさきじょう)は、鏡氏の居城で、佐々木定重(ささきさだしげ)を祖としてその子久綱(ひさつな)の居城でした。
観音正寺(かんのんしょうじ)の城の出城とか砦(とりで)ともいわれているもので、今は昔を偲ぶ石垣が西側に残るのと、わずかに礎石ら...

胡宮神社

胡宮神社

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多賀町
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足下に名神高速道路を見下ろす眺めの良い丘の上に立ち、寿福・延命に御利益があると伝えられています。青龍山(せいりゅうざん)の巨石信仰が起源といわれ祭神は多賀大社と同じ伊邪那岐命(いざなぎのみこと)・伊邪那美命(いざなみのみこと)。もとは敏満寺(びんまんじ)の鎮守社であったので、敏満寺の境内であったといわれる場所に建ってい...