観光スポット

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野瀬山城跡(長比砦)

野瀬山城跡(長比砦)

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米原市
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滋賀県と岐阜県にまたがる野瀬山に浅井氏が築いた城で、その後織田信長も入城しています。現在も往時の土塁などがよく残っています。

桜生史跡公園

桜生史跡公園

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野洲市
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「国史跡大岩山古墳群」のうち、6世紀を中心とする「甲山古墳」「円山古墳」「天王山古墳」の3古墳があります。とくに「円山古墳」と「甲山古墳」では、横穴式石室の内部に熊本県阿蘇から産出した凝灰岩をくり抜いた家形石棺や大阪府と奈良県の境に位置する二上山で産出する凝灰岩をもちいた組合式石棺を見学することができます。また、古墳の...

旧西郷屋敷長屋門・袖塀・薬医門

旧西郷屋敷長屋門・袖塀・薬医門

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彦根市
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簡易裁判所の敷地内にある、江戸時代の様子をよく残した旧武家屋敷跡。現在、彦根に残されている武家屋敷の中では最大の門です。軒裏、出桁まで漆喰(しっくい)で塗り込め、どっしりとした雰囲気は、重厚な感じを与えます。この門の北側に一連の袖塀が続き、西端に薬医門(やくいもん)と呼ばれる高麗門(こうらいもん)が立っています。この...

木之本地蔵院

木之本地蔵院

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長浜市
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眼の仏さまとして知られる寺。境内に立つ6メートルの地蔵像は秘仏である本尊を模しており「木之本のお地蔵さん」が全国から訪れる参拝客を出迎えます。寺の歴史は古く、白鳳時代にさかのぼります。
毎年8月の「大縁日」には多くの露店と遠近よりの参拝客で大変賑わいます。

賤ヶ岳古戦場

賤ヶ岳古戦場

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長浜市
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安土桃山時代、本能寺の変で織田信長が倒れた後、明智光秀を討ち実質的な主導権を握っていた豊臣秀吉と、織田家の旧臣中第一の家柄を誇る柴田勝家との間で権力争いが生じ、ついに武力をもって決着を付けようとしました。これが俗にいう「賤ヶ岳の合戦」です。余呉湖を挟んで、両軍は北と南で睨み合っていましたが、天正11(1583)年の4...

雪野山歴史公園

雪野山歴史公園

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東近江市
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東近江市・近江八幡市及び竜王町にまたがる雪野山(308.8m)の山頂にある4世紀中頃の古墳。平成元年(1989)に全国でも珍しい未盗掘の状態で発見され、話題を呼びました。墳頂部に竪穴式石室1基があり、副葬品も多く出土しました。
 竪穴式石室の基軸は南北方位で、材質は壁面・天井石ともに湖東流紋岩です。床面に粘土床を設...

釈迦山 百済寺

釈迦山 百済寺

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東近江市
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重厚な石垣に覆われた『山城』の趣が漂う天台宗の寺院。
近江の最古級寺院で、今から1400年の昔、推古14年(606年)に、聖徳太子が百済人のために押立山(771.8m)の中腹に百済国の「龍雲寺」を模して創建された。
龍雲寺と百済寺のご本尊は、同一の巨木から彫られた「同木二体」の十一面観世音菩薩と伝わる。
開闢法要...

彦根・多景島航路(オーミマリン)

彦根・多景島航路(オーミマリン)

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彦根市
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多景島は、島を眺める方向により多様な島影をみせるところから島名が付けられたと言われています。彦根市街地の沖合い約6.5kmに浮かぶこの島は、周囲600mあり、古く弥生時代から島そのものが御神体として崇められてきました。
「南無妙法蓮華経」と彫られた高さ10mの「題目岩」や、高さ20mの五箇条の御誓文が刻まれた「誓い...

大溝陣屋 総門

大溝陣屋 総門

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高島市
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現在、「郭内」と呼ばれるところはかつての武家屋敷地で、周囲に土塀を巡らせ総門、西門、南門を設けました。そして、背戸川、総門を境として、南は武家屋敷地、北は町人町として区画しました。城下には、「長刀町」・「伊勢町」・「江戸屋町」・「舟入町」・「職人町」・「紺屋町」・「蝋燭町」等の地名が今も残っています。総門は大溝陣屋の正...

瀬田川洗堰

瀬田川洗堰

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大津市
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びわ湖から流れ出る唯一の川である瀬田川に、湖の水位調節と下流の宇治・淀川流域の治水対策のため、明治29年に起こった大洪水がきっかけで、明治38年に建設された。
現在の洗堰は2代目で、昭和36年に完成し、水門は10基の電動式、全長173m。旧洗堰は、少し上流の両岸に、レンガの堰柱が、記念として残されている。

歴史民俗資料館「近江日野商人館」

歴史民俗資料館「近江日野商人館」

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日野町
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近江鉄道日野駅の東、大窪集落にあります。静岡県御殿場に出店して大成功した日野商人の名家であり、近江守護佐々木氏の一族を先祖に持つ山中兵右衛門(やまなかひょうえもん)の旧宅を資料館にしたものです。典型的な日野商人本宅の特徴を示す建物であり、館内には初期の行商品や道中具、店頭品をはじめ、家訓などが展示され、日野商人の歴史...

北国街道 安藤家

北国街道 安藤家

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長浜市
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安藤家は、室町時代からこの長浜に移り住んだ旧家で、賤ヶ岳合戦(1583年)では秀吉に協力しました。秀吉は町衆の中から長浜の自治を委ねる「十人衆」を選び、安藤家はそ の十人衆として町衆文化の一翼を担い、江戸期には十人衆の中から選ばれる三年寄の一家として、長浜町の発展に力を尽くし活躍しました。

明治以降の安藤家は、近...

龍潭寺

龍潭寺

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彦根市
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井伊氏の始祖、藤原共保(ともやす)以来の井伊家の菩提寺で、奈良時代行基(ぎょうき)によって遠江(とおとおみ)国(現静岡県)井伊谷に開基された、臨済宗妙心寺派の寺院です。井伊直政が佐和山城主になったのを機に、昊天(こうてん)が佐和山(232.5m)山麓に移築しました。近郊に多くの末寺をかかえ、学僧が学ぶ大道場でした。
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行市山

行市山

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長浜市
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標高660mの行市山は賤ヶ岳の合戦時の佐久間盛政の陣地跡、西浅井から長浜方面まで一望できます。
余呉町小谷側から開設されている太田谷林道途中より、行市山へと続く山道があります。
新堂毛受兄弟の墓からは遊歩道が整備されています。

十兵衛屋敷跡

十兵衛屋敷跡

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多賀町
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前半生が謎に包まれている明智光秀の出生地について、江戸時代に書かれた『近江温故録(おうみおんころく)』において、「多賀町佐目に明智十左衛門が移り住み、二、三代のちに光秀が出た」とする記述が見つかっています。また、滋賀県多賀町での現地調査により、光秀を守った「見津五人衆」や「十兵衛屋敷跡」といった、光秀にまつわる口伝が同...

瀬田の唐橋

瀬田の唐橋

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大津市
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日本三名橋の一つで近江八景「瀬田の夕照」で名高い名橋。古くは、瀬田橋・瀬田の長橋とも呼ばれ、日本書紀にも登場する。現在の状態は、織田信長により現在の状況(大橋・小橋)に整備された。
「唐橋を制するものは天下を制す」とまでいわれるほど、京都へ通じる軍事・交通の要衝であることから幾度となく戦乱の舞台となった。現在の橋は昭...

福寿寺

福寿寺

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近江八幡市
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829年に建てられた黄檗宗の古刹。八幡商人の崇敬を集めました。平安時代作の本尊・千手十一面観音像は、胎内に造像祈願文が納入された貴重なものです。

【福寿寺庭園】
 石とサツキで構成し、池を配した桃山時代の名庭。静かなたたずまいは俳句にも詠まれています。

青岸寺

青岸寺

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米原市
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琵琶湖の東部に点在する「近江七福神」の一寺院。太尾山西麓にある禅刹は、バサラ大名で有名な京極道誉が自ら書き写した経典を納めて御堂を作ったことが始まりと言われています。江戸時代初期、井伊家欅御殿の楽々園の作者「香取氏」によって造られた枯山水の庭園は、国の名勝に指定されています。

滝川城跡

滝川城跡

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甲賀市
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櫟野寺から櫟野川をへだてた山腹に位置し、川を天険の堀として、地山を利用した平城。織豊時代に滝川一益が一時居城した城と伝えられ滝川城と呼ぶ。町指定史跡。

記恩寺(蘆花浅水荘)

記恩寺(蘆花浅水荘)

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大津市
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日本画家の大家、山元春挙の別荘で、「蘆花浅水荘」といわれる。京阪電鉄瓦ヶ浜駅の北東約220mにあります。
 大正時代の作庭の自然の中に自己の芸術を表したという庭園は、いかにも画家の庭らしく絵画風で名高いです。
 もともとは庭続きに琵琶湖が広がっていました。書院の前に、なだらかな芝生の2つ小丘を作り、その間に幅広い...