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日野まちかど感応館(旧正野玄三薬店)

日野まちかど感応館(旧正野玄三薬店)

エリア
日野町
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江戸時代日野椀に代わって行商の有力商品となり、日野商人を発展に導くものに合薬がありました。その創始者が正野法眼玄三です。
玄三は18才の時日野椀や茶・布を持ち行商に出ましたが母の病気で帰郷、当時京都の名医の診療で母の病気をなおすことができたことから医師を志し、医師になった後は医薬に恵まれない山間辺地の人や日野商人の...

旧池田屋敷長屋門

旧池田屋敷長屋門

エリア
彦根市
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旧池田屋敷長屋門は、彦根城の中堀に近い第三郭に建っています。かつて、池田屋敷のあった尾末町一帯には、中級武家屋敷が広がっていました。当建造物は彦根藩中級武家屋敷の典型をなす貴重な長屋門として、昭和48年に彦根市指定文化財に指定されています。
 地域における歴史的風致の維持及び向上に関する法律(通称 歴史まちづくり法...

水口宿東見附跡

水口宿東見附跡

エリア
甲賀市
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宿の東端に設けられたもので、枡形土塀と柵で区画し、木戸や番所を置き旅人を監視しました。これに対し宿の西端には西見附が置かれ、それぞれ「江戸口」と呼ばれました。「伊勢参宮名所図会」は水口の場面に東見附と付近の町並みを大きく描いています。

旧鳥居本宿

旧鳥居本宿

エリア
彦根市
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鳥居本は、江戸から数えて中山道(なかせんどう)六十七次の第六十三にあたる旧宿場町です。
 町の北はずれの国道8号と交わるあたりの松並木、約2km続く袖塀に格子構えの家並みや看板が、旧街道の雰囲気をかもしだしています。鳥居本は、合羽(かっぱ)が特産で、本家合羽と書かれた古い木製看板は、道中合羽(どうちゅうかっぱ)を製...

堅田

堅田

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大津市
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浮御堂で知られる堅田は、琵琶湖の北湖と南湖を分ける狭くなった西岸に位置し、湖上交通の要衝でした。そのため、堅田を寺領としていた延暦寺が、「堅田浦」という湖上の関所を設けたり、賀茂社も湖上通行権を与えるなどして、強い湖上権を背景に町は潤い、その後も漁業権などによって琵琶湖の漁業の一大拠点となっていきました。現在は、当時の...

菅浦集落

菅浦集落

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長浜市
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菅浦の地には、奈良時代恵美押勝(えみのおしかつ)の乱で道鏡や孝謙上皇に負け、廃位になった淳仁(じゅんにん)天皇が住んでいたという伝説が残っている。淳仁天皇は、幽閉地で憤死したといわれ、須賀神社の裏山に淳仁天皇の御陵という塚が残っている。菅浦の村に入る東西の道には、四足門と呼ばれる茅葺きの門が残っている。かつては、ここ...

土橋

土橋

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守山市
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中山道守山本宿と加宿(今宿)との境の吉川に架かっている土橋です。
旧・栗太郡と旧・野洲郡の境界でもありました。

江戸時代の古文書によると当時は長さ20間(36m)・幅2間(3.6m)もあり、修繕費等は公儀(幕府の負担)で行われていたそうです。

歌川広重の版画「木曽街道六十九次」の守山宿風景はこの橋から眺め...

日野の町並み

日野の町並み

エリア
日野町
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日野城の城下町として蒲生氏によって築かれた日野は、豊臣秀吉によって伊勢松坂に諸領替えになった蒲生氏郷(がもううじさと)が去るまで城下町として栄え、その後、町民は日野椀や売薬による行商に活路を見いだし、商人の町として栄えていきました。
 現在でも通りに面して建てられた家並がのこぎり歯の形をしているなど、戦国時代の城下...

石部宿入り口 西縄手

石部宿入り口 西縄手

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湖南市
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石部宿の西側入り口に設けられた広場には「東海道五十三次」全体図碑が建っています。

坂本

坂本

エリア
大津市
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比叡山延暦寺の門前町として栄えた坂本には約50ヵ寺の里坊があります。里坊は、山上での修行を終えた老僧に与えられた坊舎で、いずれの里坊にも自然石を用いたり、借景などの趣向を凝らしたみごとな庭園があり、サツキ、紅葉、苔などが美しい色合いを見せています。
 一帯は平成9年に国の重要伝統的建造物群保存地区に選定されています...

セミナリヨ跡

セミナリヨ跡

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近江八幡市
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織田信長の庇護を受けた宣教師オルガンチノが建てた、日本初のキリスト教学校です。本能寺の変後、安土城とともに焼失しました。堆定地が公園として整備されています。

中山道守山宿

中山道守山宿

エリア
守山市
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中山道は、徳川幕府が制定した五街道の一つで、江戸板橋宿を第一宿として、武蔵・上野・信濃・美濃の各国を経て近江国守山宿まで六十七宿が定められましたが、守山は、東下りの第一番目の宿として「京発ち守山泊まり」で旅人に知れわたっていました。
 宿内の街並みは、11町53間(約1300m)あり、人口は、約1,700人ほどありま...

中山道番場宿

中山道番場宿

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米原市
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長谷川伸の戯曲『瞼の母』で一躍脚光を浴びた山里の宿場町です。付近には一向上人開山と伝わる蓮華寺や、脇本陣跡といったみどころがあります。

旧和中散本舗

旧和中散本舗

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栗東市
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<栗東八景〜積日の海道と城跡〜>
JR手原駅の東約2km、旧東海道沿いの六地蔵にあります。大角弥右衛門家の邸宅のことで、豪商の昔の姿をそのまま今に留めています。
六地蔵には江戸時代、旅人のために道中薬を売る店が数軒あり、大角家は、その中で和中散という薬を売る「ぜさいや」の本舗として栄えました。薬を売るだけでなく、...

深坂古道

深坂古道

エリア
長浜市
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塩津海道から福井県敦賀市へ抜ける古道。
万葉集の歌人・笠金村や紫式部が父に同行して越前へ行く際に通った道としても知られる歴史ある深坂古道。国道8号線から山道を1kmほど入ると、小さな地蔵堂が樹木に囲まれて、ひっそりと立っています。この辺りは深坂峠(ふかさかとうげ)と呼ばれ、塩津(しおつ)から敦賀(つるが)(福井)に至...

千樹寺

千樹寺

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豊郷町
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夏の風物詩「江州音頭」の発祥地とされる永源寺派のお寺。奈良時代に行基が創建した四十九院の一つです。戦国時代、織田信長の兵火に合い焼失しますが、本能寺の変で信長亡き後に、近江商人藤野喜兵衛の先祖・太郎右ェ門が寄金して再建しました。その落慶法要の際に住職が境内に人形をたくさん並べお経に音頭の節をつけて唱い、手ふり足ふり拍子...

中山道守山宿 町家 うの家(守山市歴史文化まちづくり館)

中山道守山宿 町家 うの家(守山市歴史文化まちづくり館)

エリア
守山市
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平成24年1月にオープン。江戸時代末期から明治初期にかけて建てられた造り酒屋の趣を残しています。

うの家は元内閣総理大臣 宇野宗佑氏が生まれ育った家でした。

江戸時代では「年寄」と言う役職を務め、「長左衛門」と名乗っていました。また、宿場に馬や人足(労働力)を提供する事を家業としていました。
その後荒物屋...

湖南市東海道石部宿歴史民俗資料館

湖南市東海道石部宿歴史民俗資料館

エリア
湖南市
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旅籠・関所・茶室など宿場町の建物が再現され、石部宿の様子を知ることができる施設です。

北国街道(長浜宿)

北国街道(長浜宿)

エリア
長浜市
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琵琶湖の北東岸を北上し、余呉湖の北の柳ヶ瀬、県境の栃ノ木峠をへて北ノ圧に通じる北国街道は、かつて北陸と京阪神を結ぶ重要な街道でした。多くの商人、旅人、武将らが頻繁に利用、長浜はその宿駅として、また湖上交通の要として栄えた町です。
 街道沿いには今も、港町の風情を残す舟板塀や紅殻格子(べんがらごうし)、虫籠(むしこ)...

源内塚

源内塚

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守山市
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平治元年(1159年)12月27日、当時十三歳の源頼朝は、平治の乱に敗れて、京から東国へ敗走する途中、野路(草津市)あたりから馬上で居眠りをし、父・義朝一行からはぐれて一騎で守山に入りました。

その時、源内兵衛真弘らが頼朝の首を獲ろうと襲いかかりましたが、頼朝は「髭切り」と呼ばれる名刀で源内を一刀両断にしました。...