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逢坂山関址

逢坂山関址

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大津市
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京阪電鉄大谷駅の東約100m、国道1号沿いに「逢坂山関跡」の記念碑が立っています。
 逢坂越は、都と東国・北国を結ぶ東海道・東山道・北陸道の3つの主要道路が集中する交通の要衝でした。
 古くから貴族や武将をはじめ、文人墨客(ぶんじんぼっきゃく)がこの道を通過し、この関所や峠を題材にした作品が万葉集や古今集に多く残...

愛知川ふれあい本陣(旧近江銀行愛知川支店)

愛知川ふれあい本陣(旧近江銀行愛知川支店)

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愛荘町
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中山道愛知川宿の本陣があった場所に、大正15年に建築された「旧近江銀行愛知川支店」の建物をリニューアルした観光施設。
観光情報発信のほか貸館も行っている。

八幡山ロープウェー(琵琶湖国定公園)

八幡山ロープウェー(琵琶湖国定公園)

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近江八幡市
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山麓から山頂へ約4分。山頂からは四季折々の琵琶湖、西の湖、旧城下町などが見渡せる大パノラマが広がります。八幡山(標高271.9m)は、豊臣秀次が築いた八幡城の城跡で本丸跡には村雲瑞龍寺が京都から移築されています。豊臣秀吉の姉で、秀次の母である瑞龍院日秀尼公が、一度は関白となりながら秀吉の側室淀殿に子供(後の秀頼)が誕生...

粟津の晴嵐

粟津の晴嵐

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大津市
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近江八景の一つ。東海道の膳所から瀬田までの松並木を描いた「粟津の晴嵐」は強風に枝葉がざわめく様子から晴嵐と言われたとか。「粟津の晴嵐」の風景を復元した、松の並木が連なる静かな遊歩道を歩き、湖岸沿いに広がるなぎさ公園でひとときを楽しめます。

白雲館(旧八幡東学校)

白雲館(旧八幡東学校)

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近江八幡市
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白雲館は明治10年(1877年)に八幡東学校として、当時のお金6千円で設立されました。建設に際しては、八幡商人の熱意と区民の協力により、西洋建築の様式と、日本の伝統技術をとり入れ建築されたものです。
現在は観光案内所が設けられ観光情報の提供や、お土産や特産品も展示販売されています。
また、2階フリースペースでは、市...

東海道伝馬館

東海道伝馬館

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甲賀市
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東海道や土山宿の情報発信の拠点施設です。隣接する東海道筋には、宿の管理と運営を行っていた問屋場跡があり、古い町並みの景観を活かしつつ、東海道や宿・伝馬制度をテーマにした展示を行っています。館内には、問屋場の復元展示、街道や宿についての展示、特産品販売コーナー、体験工房などがあります。

湖南市東海道石部宿歴史民俗資料館

湖南市東海道石部宿歴史民俗資料館

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湖南市
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旅籠・関所・茶室など宿場町の建物が再現され、石部宿の様子を知ることができる施設です。

近江八幡市立資料館(歴史民俗資料館)

近江八幡市立資料館(歴史民俗資料館)

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近江八幡市
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JR近江八幡駅の北西約2kmに市立資料館と隣接しています。
 歴史民俗資料館は、森五郎兵衞の控宅で、近江商人(八幡商人)の往時をしのぶ帳場風景や生活様式をそのまま残し、そのほか多くの民俗資料を展示公開しています。裏庭には、民具。農具などが展示され、水郷地帯の農村の生活を知ることができます。

初代五郎兵衞は、伴...

中山道街道文化交流館

中山道街道文化交流館

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守山市
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町家でほっこりのんびりと。

守山宿をはじめ、街道や宿場のすがたをさまざまな視点から、わかりやすい情報としてお 届けしています。

江戸時代から続く街道筋の町家で、展示や喫茶コーナーなどがあり、旅人や市民のふれあいの場として利用されています。

中山道・柏原宿

中山道・柏原宿

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米原市
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JR東海道本線柏原(かしわばら)駅のあたりを中心に、かつて柏原宿が広がっていました。東西13町(約1.5km)にもおよぶ中山道の中でも大規模な宿場町で、344軒の家があったと伝えられていますが、現在では、常夜灯(じょうやとう)や街道沿いの宿場町特有の2階建の軒の低い数軒の家が面影を伝えています。
 京から江戸へ向か...

水口宿

水口宿

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甲賀市
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江戸時代初期、徳川幕府によって指定された東海道の宿場です。古城山の南に町並みが形成され「街道一の人とめ場」と言われました。名物に葛藤細工、干瓢がありました。現在も町内随所に点在する名所旧跡にその面影を見ることができる。

常夜燈

常夜燈

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愛荘町
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中山道愛知川を照らす常夜燈。祇園神社境内西隅に国道8号向きを正面として建てられています。石造大型の燈で、弘化3年(1846)2月の銘があり、寄進者47名と石工の名も銘刻しています。燈の高さは4m35cm。

旧伴家住宅(八幡教育会館)

旧伴家住宅(八幡教育会館)

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近江八幡市
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伴庄右衛門は江戸初期に活躍した八幡商人で屋号を扇屋といいます。寛永年間に東京日本橋に出店し、麻布・畳表・蚊帳を商いました。5代目の伴蒿蹊は18歳で家督を継ぎ、大坂淡路2丁目に出店。学問にも興味を持ち、本居宣長、上田秋成、与謝蕪村らと親交のある国学者でもありました。 以後も、伴家は繁栄を誇りましたが、明治維新等の激動期に...

旧開知学校

旧開知学校

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長浜市
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明治7年(1874)に町民の寄付によって神戸町(現在の元浜町の一部)に建てられた、現在の長浜小学校の前身となる洋風の木造校舎の建物。三階建ての上に八角形の櫓をのせたユニークなデザインであった。建造以降、幼稚園・高等女学校などとして使われ、昭和12(1937)年には現在地に移転し、以後はさまざまな業種に利用されていた。平...

寝物語の里

寝物語の里

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米原市
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岐阜県との県境にあるこの史跡は、江濃国境にまつわる「寝物語」の伝承地です。

昔、国境の小さな溝を隔てて建つ両国の旅籠の泊まり客どうしが、寝ながら話しができたことから付いた呼称です。
 安藤広重の「木曽街道六十九宿」に描かれた今須宿の図は、この地を描いたものです。現在宿等はなく、石碑のみが建っています。

黒壁スクエア

黒壁スクエア

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長浜市
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北国街道と、長浜城から東に延びる大手門通り(美濃谷汲街道)との交差点は、江戸時代に高札が立ち、現在でも「札の辻」と呼ばれています。古くから長浜の中心だったこの辻に、明治33年(1900)第百三十国立銀行長浜支店(6年後に明治銀行となる)が建てられ、壁が黒塗りだったことから「黒壁銀行」の愛称で親しまれました。
 和洋折...

菅浦集落

菅浦集落

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長浜市
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菅浦の地には、奈良時代恵美押勝(えみのおしかつ)の乱で道鏡や孝謙上皇に負け、廃位になった淳仁(じゅんにん)天皇が住んでいたという伝説が残っている。淳仁天皇は、幽閉地で憤死したといわれ、須賀神社の裏山に淳仁天皇の御陵という塚が残っている。菅浦の村に入る東西の道には、四足門と呼ばれる茅葺きの門が残っている。かつては、ここ...

日野の町並み

日野の町並み

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日野町
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日野城の城下町として蒲生氏によって築かれた日野は、豊臣秀吉によって伊勢松坂に諸領替えになった蒲生氏郷(がもううじさと)が去るまで城下町として栄え、その後、町民は日野椀や売薬による行商に活路を見いだし、商人の町として栄えていきました。
 現在でも通りに面して建てられた家並がのこぎり歯の形をしているなど、戦国時代の城下...

北国街道 木之本宿

北国街道 木之本宿

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長浜市
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地蔵院の門前町として栄えたところ。
北国街道と北国脇往還が交わる宿場町で、旅人と木之本のお地蔵さんの参拝客で賑わいました。
木之本宿には昭和の初めまで中央に小川が流れ、柳の木が植えられた宿場らしい風情を残していましたが、今では埋め立てられ、商家の家並みに昔の風情を残しています。

石部宿小島本陣跡

石部宿小島本陣跡

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湖南市
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石部宿には、幕府直轄と膳所藩直轄の2つの本陣が置かれ、全盛期には旅籠32軒を含む458軒が街道の両脇1.6キロメートルにわたって建ち並び、東海道五十一番目の宿場町として栄えました。
数多くの大名や明治天皇なども宿泊した小島本陣は、慶安三年(一六五〇)に創建されました。