menu
表示切り替え
沙沙貴神社
「沙沙貴神社」は古代の「沙沙貴山君」が崇敬した「延喜式」式内社である。 近江国の蒲生野にあり、古くから沙沙貴郷あるいは佐々木庄と称されたこの地は、宇多源氏佐々木発祥地であり近江守護である佐々木一族、沙沙貴郷33村を始めとする人々の信仰を集めた。 平安・鎌倉様式を継承し江戸中期に再建された茅葺きの「楼門」や、東...
大徳寺
元は禅宗の林慶寺と言いましたが天正16年(1588)岡山城主中村一氏が同寺を香花院と定め、小田原の大蓮寺の僧叡誉に寺の建造を依頼し、浄土宗に改め浄慶寺と号しました。その後、層叡誉が家康の幼児の学問の先生だったことから家康が来訪して寄附しました。家康は上洛の際に宿泊もし、慶長7年(1602)大徳寺と改めさせました。
湯谷神社
その昔、出雲の人が諸国行脚の途中に、この地で湯泉を見つけ祠(ほこら)を立てたのが湯谷神社のはじまりと伝えられています。 毎年10月に行なわれる米原曳山まつりでは、いつも静かな社が、熱気と祭シャギリに包まれます。
竹生島
沖合約6kmに浮かぶ周囲2kmあまりの小島で、宝厳寺と都久夫須麻神社が祀られています。宝厳寺の本尊は弁才天と千手観音。弁才天は安芸の宮島、相模の江島とともに日本三弁天に数えられています。また、中世以来西国三十三所観音霊場の三十番札所として多くの参詣客で賑わっています。 宝厳寺の唐門は秀吉の大坂城の唯一の遺構と伝わり、...
若宮神社(甲賀市)
甲賀武士53家の1つ、大河原氏の祖である足利又太郎を祀っています。祭神は商売繁盛の神様として知られており、各地から熱心な参拝者が訪れます。
大吉寺
平安時代前期、土地の豪族浅井(あざい)家が比叡山(ひえいざん)の安然(あんねん)と協力の上、開いたと伝えられる天台宗の霊場。平安時代後期、平治(へいじ)の乱で敗北した源氏は、東国を目指して落ち延びましたが、その時13歳の頼朝(よりとも)は一行とはぐれ、この寺に難を逃れたといわれています。後に頼朝は鎌倉に幕府を開き、塔...
融神社
この神社の創建は、寛平年間(889年〜898年)源融(みなもとのとおる)が現在の社地に閑居を設け、そこに一面の鏡を埋めた。その後伊香立の荘官がこの鏡を掘り出して神璽とし、源融を才人として祀ったのが始まりとされる。 源融は平安時代初期の公卿で、父は嵯峨天皇、源氏の姓を受けて臣下にくだった。 源氏物語の光源氏のモデルと...
永源寺温泉「八風の湯」
永源寺温泉「八風の湯(はっぷうのゆ)」は、臨済宗大本山永源寺の門前に位置し、素晴らしい大自然に囲まれた中心で天然温泉の露天風呂が楽しめる日帰り温泉です。低張性で弱アルカリ性の温泉成分は一般的に「美肌の湯」と呼ばれ、お湯には独特のまろやかさがあります。神経痛や五十肩、疲労回復、健康増進の効能があります。施設は木造平屋造り...
成菩提院(円乗寺)
9世紀はじめ、最澄が開いた天台宗の寺院。 寺歴は古く、東山道・中山道沿いの寺ということで、豊臣秀吉や織田信長が街道を往来する折に、ここを宿所としていました。広い境内には絹本著色聖徳太子など数々の文化財があります。
善水寺(湖南三山)
JR三雲(みくも)駅の北西約2.6km岩根山の中腹にある天台宗の寺。奈良時代中期、和銅年間(708-714)に国家鎮護の道場として建立され、和銅寺と称していました。平安時代の初め最澄が入山、延暦寺(えんりゃくじ)の別院諸堂(べついんしょどう)を建立し天台宗に改めました。また、桓武(かんむ)天皇が病気になり、最澄が法力に...
日牟禮八幡宮
JR近江八幡駅の北西約2.3km、八幡山(271.9m)の南麓にある神社。誉田別尊(ほんたわけのみこと)・息長足姫尊(おきながたらしひめのみこと)・比売神(ひめかみ)の三神を祭神とする旧八幡町の総社で、第13代成務天皇が即位の折に創建され、正暦2年(991年)に九州の宇佐八幡宮の神霊を勧進したと伝わります。 約4...
吉祥寺
木造阿弥陀如来坐像は重要文化財指定で藤原時代の作品です。微笑をたたえた面相からは無限のあたたかさを感じさせられます。
常光寺
大原上田地区ある臨済宗の寺院。本尊である木造十面観音立像は、南北朝時代の寺の開基以前に作られたものと伝えられる。国の重要文化財。
長尾寺
長尾寺は、仁寿年間(851〜854年)に僧三修によって創建されたと伝えられる伊吹山寺の一寺院です。
伊吹山寺とは伊吹山に展開した山岳寺院で、弥高護国寺・太平護国寺・観音護国寺と長尾護国寺をさします。
元慶二年(878年)には、国家公認の定額寺となります。寺の縁起書には白雉二年(651年)の開基と記されています...
長等神社
天智天皇が大津京鎮護のため長等山の岩倉に須佐之男大神を祀ったのが始まり。貞観2年(860)円珍が園城寺の守り神としてまつったといい、天喜2年(1054)庶民参詣のため山の上から現在地に移った。楼門は明治38年(1905)の完成だが、中世の古い様式が細部にわたり見事に生かされている。境内に咲くしだれ桜が見事。平清盛の弟忠...
石山寺
西国三十三所観音霊場の第13番札所。奈良時代後期に、聖武天皇の発願により、良弁によって開かれた。広大な境内には、寺名の由来となった天然記念物の硅灰石(けいかいせき)がそびえている。国宝の本堂・多宝塔をはじめ、経典・聖教類、仏像、絵巻など多くの国宝、重要文化財がある。
【石山寺多宝塔】 建久5年(1194年)...
妙感寺
JR三雲駅の南西約2km、町の中央の小高いところにあり、背後には阿星山(あぼしやま)(693.1m)がそびえています。臨済宗妙心寺派。南北朝時代、藤原藤房(ふじわらふじふさ)が出家して開山したと伝えられています。 閑静な境内には、手入れされた庭や仏殿・庫裏などが落ち着いたたたずまいを見せています。本堂裏からを10...
西教寺
京阪電鉄坂本比叡山口駅の北西約1.5km、比叡山(848.3m)の南東山麓に大きな寺域を持っています。全国に450以上の末寺を持つ天台真盛宗(てんだいしんせいしゅう)の総本山です。寺伝では、聖徳太子(574-622)が創建し、のちに天智天皇(626-671)から西教寺の勅願(ちょくがん)を賜わり、平安時代に延暦寺中興...
胡宮神社
足下に名神高速道路を見下ろす眺めの良い丘の上に立ち、寿福・延命に御利益があると伝えられています。青龍山(せいりゅうざん)の巨石信仰が起源といわれ祭神は多賀大社と同じ伊邪那岐命(いざなぎのみこと)・伊邪那美命(いざなみのみこと)。もとは敏満寺(びんまんじ)の鎮守社であったので、敏満寺の境内であったといわれる場所に建ってい...
勝手神社
創立された時期はわかっていませんが、古くは「岡屋大明神」「勝手大明神」とよばれていました。現在の本殿は、応永7年に上棟されたことが確認できています。中世の特徴を見せる本殿は、三間社流造で、国指定の重要文化財になっています。深い緑に囲まれた静かな社です。