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小野道風神社
小野神社から南へ約0.6km。小野神社の飛地(とびち)境内にあります。祭神は小野道風(おののとうふう)(894-966)。道風は小野篁(おののたかむら)の孫(甥という説もある)にあたる人物で、平安時代中期における書の第一人者です。若い頃から能書家であったと伝えられますが、柳に飛びつく蛙の必死の姿を見てショックを受け、...
篠津神社
京阪電鉄中ノ圧駅から東に5分ほど歩いたところにある神社。祭神は素盞鳴命(すさのおのみこと)です。創始年代や社歴については、明らかではありません。古くから産土神(うぶすながみ)として庶民の信仰をあつめ、江戸時代には代々藩主の帰依(きえ)も篤くありました。 神社の表門は、旧膳所城の城門を明治5年(1872)にここに移...
斎神社
「源氏物語」に登場する斎王一行が伊勢へ向かう途中、当地に泊まったと伝えられています。南側の古い石段を上がると、阿星山、金勝寺、東寺、西寺と、湖南を代表する景色が望めます。
布施神社
布施町のはずれにあり、祭神は武勇の神である武甕雷命(たけみかづちのみこと)であります。境内には「春日」「日吉」などの神々を祭り、本殿は三棟あり、三棟とも一間社流造りで、流造りとしては非常に小さな社殿であるといえますが、その造りは鎌倉期独特の美しさを示しています。妻板から薄く彫出している板蟇股(いたかえるまた)は鎌倉期...
慈眼堂
天海大僧正の廟所。境内には、江戸時代以降の歴代天台座主の墓があり、徳川家康や紫式部の供養塔もある。
大平観音
観音堂に祀られる桜材の木造十一面観音立像は、伊吹山で修行した円空が、県内に残した9体のうちの1体で、わずか4日間で彫られたと伝えられています。
毎月18日のみ拝観できます。(午後1時~午後4時)
大野神社
古くは天神社、狛坂(こまさか)天神などとも称され、金勝山上にある天台宗の古刹金勝寺の鎮守として、平安後期に創建され、金勝荘の総社にもなっていました。諸武将の祟敬を集めて社運は隆盛し、鎌倉時代には近江国守護だった佐々木氏が、南北朝から室町時代には足利義尚などが社殿の造・修営を行ったとされています。 本殿の正面に東向き...
唐喜山赤後寺
本尊は、いずれも平安時代初期の作で国の重要文化財に指定されています。災い転じて利となす「転利(コロリ)観音」といわれ、三回参拝すれば極楽往生できるともいわれています。毎年7月10日の千日会法要(千日分の参拝と同じ功徳があるとされる。)は、全国から訪れる老若男女でにぎわいます。
園養寺
平安時代、最澄開基の天台宗寺院。 近江西国三十三ヶ所観音霊場第32番 この寺を「牛の寺」と呼んでいる。平和の使者ともいうべき牛を祀っている。また、江戸時代に境内から野洲川を渡る人が手に取るように見える。一説には東海道を急ぐ人々を探っていたと言う。
心光寺
菅原道真公の冥福を祈るために四男淳茂が建て「護念山香華院心光寺」と号しました。本堂に安置されている「木造阿弥陀如来立像」は平安時代の作で甲賀市文化財に指定されています。墓地にある美濃部氏一族の墓石は慶長以来数十基あり、なかでも五輪塔二基は壮大です。
蓮海寺(志那地蔵)
志那神社の西方の湖岸べりにある浄土宗の寺。 本尊である木造地蔵菩薩立像は、古くから水難除けの地蔵様として知られ、広く信仰を集めています。全体的にやや黒ずんでいますが、よく見ると衣に彩色されているのがわかります。鎌倉時代の作で国指定の重要文化財です。 また、対岸に比叡山を望むところに、「元朝(がんちょう)の見る...
称名寺
応永年間(1394-1428)の隆堯。宗派はもと天台宗であったが寛政年間(1789-1801)に再建され浄土宗となる。住宅街の一角に白い土塀に囲まれた山門があり、中に入ると広々とした境内が広がり、身体に心地良い静寂さが感じられます。正面の堂々とした本堂が迎えてくれます。
醍醐寺
琵琶湖を望む高台に建つ、真言宗豊山派の古刹。後白河(しらかわ)天皇の御代に建立された寺院で、往古より今日に至るまで、幾多の変遷の中にありながら、堂内には、その時々を偲ばせる多くの宝物が保存されています。 毘沙門天(びしゃもんてん)立像は、鎌倉時代の彩色像で、高さ53cm。運慶の作と伝えられ、国の重要文化財に指定さ...
大吉寺
平安時代前期、土地の豪族浅井(あざい)家が比叡山(ひえいざん)の安然(あんねん)と協力の上、開いたと伝えられる天台宗の霊場。平安時代後期、平治(へいじ)の乱で敗北した源氏は、東国を目指して落ち延びましたが、その時13歳の頼朝(よりとも)は一行とはぐれ、この寺に難を逃れたといわれています。後に頼朝は鎌倉に幕府を開き、塔...
天孫神社
桓武天皇にいわれのある海運神、10月の大津祭は有名です。 四宮神社ともいわれ、彦火火出見尊、国常立尊、大名伴遅尊、帯中津日子尊の四柱を祀ることから、また、彦火火出見尊が天照大神の第四代目にあたるという説からきている。
鏡神社
南北朝時代の建築で「日本書紀」にも記されている朝鮮半島の新羅から製陶技術(渡来文化)を伝えた天日槍を祀る神社です。本殿は三間社流造り、屋根はこけら葺きで、国の重要文化財に指定されています。
邇々杵神社
村の東部、国道367号の東にある宮前坊の氏神で、邇々杵尊(ににぎのみこと)が祭神です。 木造の二重多宝塔は、朽木神宮寺(くつきじんぐうじ)に属していましたが、邇々杵神社の奥の院の塔とも考えられています。どっしりとした安定感がある塔で、宝塔内には木造釈迦如来像と23躯の薬師如来像が安置され、古来から信仰を集めていま...
湖東三山 西明寺(池寺)
湖東三山の一つに数えられる天台宗の寺。平安時代、仁明(にんみょう)天皇の勅願により三修上人が開山したと伝えられます。戦国時代には兵火のため荒れ果てていましたが、江戸時代中期に望月友閑(もちづきゆうかん)によって再興されました。 門をくぐると参道が続き、山坊跡の石垣が散在しており、平安、鎌倉、室町時代を通じて祈願・...
真廣寺
薬師如来座像は見るからに均整のとれた一木割矧造りの漆箔像で、左手に薬壷をのせ、結跏跌坐しています。 温和な表情からは定朝様式の藤原仏を感じさせますが、そのどっしりとした体躯からは貞観様式をも感じさせ、平安時代末期の作と考えられます。 伝説ではこの薬師如来は、霊仙の山中にあった霊仙寺の本尊であったものが、天野川に流さ...
佐久奈度神社
瀬田川の景勝地である鹿跳橋(ししとびばし)を渡って、右手の高台にある神社。奈良時代の創祀です。 「さくなど」という名は、さくなだり(急所)に由来する「ともくなど」の神(境の神)にちなんでいるといわれています。人々は、瀬田川の激流があらゆる罪やけがれを乗せて、流し去ってくれる場所として考えていたようです。平安時代に...