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犬上神社(豊郷町)
祭神は日本武尊の第一王子稲依別王(いなよりわけのみこと)で、犬上君の始祖といわれています。王がこの地を治めた頃、農業を勧めたので稲神と称し、犬上の地名は稲神の転じたものとする説があります。神殿はささやかながら犬上郡の鎮守だともいいます。王の子孫は代々犬上郡を領して犬神君と称しました。
黒壁五號館 黒壁AMISU
滋賀県各地から厳選した特産品を取り揃え、生産者の情報と共にお届けします。
源内塚
平治元年(1159年)12月27日、当時十三歳の源頼朝は、平治の乱に敗れて、京から東国へ敗走する途中、野路(草津市)あたりから馬上で居眠りをし、父・義朝一行からはぐれて一騎で守山に入りました。
その時、源内兵衛真弘らが頼朝の首を獲ろうと襲いかかりましたが、頼朝は「髭切り」と呼ばれる名刀で源内を一刀両断にしました。...
旧開知学校
明治7年(1874)に町民の寄付によって神戸町(現在の元浜町の一部)に建てられた、現在の長浜小学校の前身となる洋風の木造校舎の建物。三階建ての上に八角形の櫓をのせたユニークなデザインであった。建造以降、幼稚園・高等女学校などとして使われ、昭和12(1937)年には現在地に移転し、以後はさまざまな業種に利用されていた。平...
水口宿
江戸時代初期、徳川幕府によって指定された東海道の宿場です。古城山の南に町並みが形成され「街道一の人とめ場」と言われました。名物に葛藤細工、干瓢がありました。現在も町内随所に点在する名所旧跡にその面影を見ることができる。
日吉茶園
最澄が中国の唐から持ち帰ったお茶の種を植えたとされる茶園。日本茶発祥の地とも言われる。
柳ヶ瀬関守の門
このあたりは、北国街道と越前若狭街道の分岐点でした。特に婦女子が、北国に入ることを厳しく監視しました。
石部宿
道幅や民家の屋根の形に往時の宿場町の面影を偲ばせる石部は、京から江戸へ向かう旅人が最初に泊まった場所でもある。京都・石部間は約36㎞あり、京都を朝出発すると石部に夕方ごろ到着することから「京立ち、石部泊まり」といわれていた。東海道51番目の幕府直轄の宿場で、伊勢参宮街道との分岐点として多くの旅人で賑わっていた。「石部宿...