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五個荘近江商人屋敷(外村繁邸・中江準五郎邸)

五個荘近江商人屋敷(外村繁邸・中江準五郎邸)

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東近江市
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国の重要伝統的建造物群保存地区に選定された「五個荘金堂の町並み」にある、白壁と舟板塀が特徴の近江商人屋敷です。

◎外村繁邸
 外村繁は、昭和10年「草筏」が芥川賞候補、昭和13年池谷賞を受賞、昭和31年「筏」が野間文学賞を受賞した滋賀を代表する作家です。
 外村宇兵衛家の分家として江戸時代末期に建てられた屋敷...

白雲館(旧八幡東学校)

白雲館(旧八幡東学校)

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近江八幡市
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白雲館は明治10年(1877年)に八幡東学校として、当時のお金6千円で設立されました。建設に際しては、八幡商人の熱意と区民の協力により、西洋建築の様式と、日本の伝統技術をとり入れ建築されたものです。
現在は観光案内所が設けられ観光情報の提供や、お土産や特産品も展示販売されています。
また、2階フリースペースでは、市...

逢坂山関址

逢坂山関址

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大津市
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京阪電鉄大谷駅の東約100m、国道1号沿いに「逢坂山関跡」の記念碑が立っています。
 逢坂越は、都と東国・北国を結ぶ東海道・東山道・北陸道の3つの主要道路が集中する交通の要衝でした。
 古くから貴族や武将をはじめ、文人墨客(ぶんじんぼっきゃく)がこの道を通過し、この関所や峠を題材にした作品が万葉集や古今集に多く残...

黒壁スクエア

黒壁スクエア

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長浜市
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北国街道と、長浜城から東に延びる大手門通り(美濃谷汲街道)との交差点は、江戸時代に高札が立ち、現在でも「札の辻」と呼ばれています。古くから長浜の中心だったこの辻に、明治33年(1900)第百三十国立銀行長浜支店(6年後に明治銀行となる)が建てられ、壁が黒塗りだったことから「黒壁銀行」の愛称で親しまれました。
 和洋折...

石部宿入り口 西縄手

石部宿入り口 西縄手

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湖南市
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石部宿の西側入り口に設けられた広場には「東海道五十三次」全体図碑が建っています。

長光寺(花の木寺)

長光寺(花の木寺)

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近江八幡市
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長光寺の始まりは、聖徳太子が老蘇の森に仮官された時、高階の妃は御難産でしたので、太子は妃に「仏法を信じ仏の加護を祈りなさい」とお諭しされます。妃はひたすら諸仏の慈悲を仰がれた所、西南の方より仏の使いが来て、「汝が願いは、正しく観世音が救い給う」と言って、仏の使いは飛びさり、妃は安産されました。
太子が使いを派遣された...

セミナリヨ跡

セミナリヨ跡

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近江八幡市
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織田信長の庇護を受けた宣教師オルガンチノが建てた、日本初のキリスト教学校です。本能寺の変後、安土城とともに焼失しました。堆定地が公園として整備されています。

横田渡常夜燈

横田渡常夜燈

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甲賀市
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野洲川のこの辺りを横田川といい、江戸時代の参勤交代等で通行量が増加すると渡し船や渡し賃の制度が整えられました。この「渡し」を物語るのが泉側に立つ常夜燈。往時は夜も通行が絶えず、対岸の渡し場の目印として文政5年(1822年)に建設されたもので東海道随一の規模を誇っています。

藤尾磨崖仏

藤尾磨崖仏

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大津市
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大津市と京都の境にある藤尾磨崖仏です。延応2年(1240年)の作とされている磨崖仏です。磨崖仏は堂内に安置されておりますのでゆっくりとご覧いただけます。

柳ヶ瀬関守の門

柳ヶ瀬関守の門

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長浜市
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このあたりは、北国街道と越前若狭街道の分岐点でした。特に婦女子が、北国に入ることを厳しく監視しました。

地蔵川の梅花藻

地蔵川の梅花藻

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米原市
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清流・地蔵川には梅の花に似た可憐な水中花「梅花藻」が咲くことで有名です。梅花藻はキンポウゲ科の淡水植物で、5月中旬から小さな花が水面から顔を出し始め、盛夏に向かって花の数が増えていきます。7月初旬から9月中旬までが見ごろとなります。
中山道61番目の宿場町である醒井宿の風情ある街並みと地蔵川のせせらぎ、そして可憐な梅...

土山宿本陣跡

土山宿本陣跡

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甲賀市
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東海道土山宿の本陣跡。江戸幕府3代将軍家光の上洛の際設けられました。大名や公家、勅使らが宿泊した場所で、宿帳など当時使用していたものが残っています。

八幡山ロープウェー(琵琶湖国定公園)

八幡山ロープウェー(琵琶湖国定公園)

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近江八幡市
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山麓から山頂へ約4分。山頂からは四季折々の琵琶湖、西の湖、旧城下町などが見渡せる大パノラマが広がります。八幡山(標高271.9m)は、豊臣秀次が築いた八幡城の城跡で本丸跡には村雲瑞龍寺が京都から移築されています。豊臣秀吉の姉で、秀次の母である瑞龍院日秀尼公が、一度は関白となりながら秀吉の側室淀殿に子供(後の秀頼)が誕生...

旧伴家住宅(八幡教育会館)

旧伴家住宅(八幡教育会館)

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近江八幡市
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伴庄右衛門は江戸初期に活躍した八幡商人で屋号を扇屋といいます。寛永年間に東京日本橋に出店し、麻布・畳表・蚊帳を商いました。5代目の伴蒿蹊は18歳で家督を継ぎ、大坂淡路2丁目に出店。学問にも興味を持ち、本居宣長、上田秋成、与謝蕪村らと親交のある国学者でもありました。 以後も、伴家は繁栄を誇りましたが、明治維新等の激動期に...

寝物語の里

寝物語の里

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米原市
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岐阜県との県境にあるこの史跡は、江濃国境にまつわる「寝物語」の伝承地です。

昔、国境の小さな溝を隔てて建つ両国の旅籠の泊まり客どうしが、寝ながら話しができたことから付いた呼称です。
 安藤広重の「木曽街道六十九宿」に描かれた今須宿の図は、この地を描いたものです。現在宿等はなく、石碑のみが建っています。

旧和中散本舗

旧和中散本舗

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栗東市
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<栗東八景〜積日の海道と城跡〜>
JR手原駅の東約2km、旧東海道沿いの六地蔵にあります。大角弥右衛門家の邸宅のことで、豪商の昔の姿をそのまま今に留めています。
六地蔵には江戸時代、旅人のために道中薬を売る店が数軒あり、大角家は、その中で和中散という薬を売る「ぜさいや」の本舗として栄えました。薬を売るだけでなく、...

近江八幡市立資料館(旧西川家住宅)

近江八幡市立資料館(旧西川家住宅)

エリア
近江八幡市
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江戸時時代の町並みの面影を残す新町通りの歴史民俗資料館の隣りに一軒民家をはさんで旧西川家住宅があります。典型的な近江商家の面影を残すこの家は、店の部分と居宅部分に分かれており、突き出した座敷玄関を持っているのが特徴です。壁を黒く塗り、トガ材を使った京風建築の2階建家屋は、どっしりとした構えで、江戸時代中期頃の建築と推...

源内塚

源内塚

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守山市
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平治元年(1159年)12月27日、当時十三歳の源頼朝は、平治の乱に敗れて、京から東国へ敗走する途中、野路(草津市)あたりから馬上で居眠りをし、父・義朝一行からはぐれて一騎で守山に入りました。

その時、源内兵衛真弘らが頼朝の首を獲ろうと襲いかかりましたが、頼朝は「髭切り」と呼ばれる名刀で源内を一刀両断にしました。...

太田酒造 道灌蔵

太田酒造 道灌蔵

エリア
草津市
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江戸城築城の祖として、文武両道に優れた武将名高い太田道灌を祖先に持つ太田家は、東海道五十三次の宿場の中でも大宿であり、また水陸交通の要所でもあった草津において、海道の動静を見守る関守を務め草津行政の中心となっていました。
 太田家が酒造りを始めたのは廃藩後のこと。当時所領としていた100余町歩の田畑から収められる良質の...

阿自岐神社

阿自岐神社

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豊郷町
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道路沿いに石灯籠がずらりと並び、それに沿って美しい庭園が続いています。
庭園は池泉式多島式と呼ばれる様式で、池の美しい曲線を描いた広がりと、木々の緑が神々しい雰囲気を漂わせてくれます。
県の名勝指定を受けており、湖国の名園百選にも挙げられています。