スポット検索

108件中81-100件目を表示

表示切り替え

北国街道 安藤家

北国街道 安藤家

エリア
長浜市
カテゴリ

安藤家は、室町時代からこの長浜に移り住んだ旧家で、賤ヶ岳合戦(1583年)では秀吉に協力しました。秀吉は町衆の中から長浜の自治を委ねる「十人衆」を選び、安藤家はそ の十人衆として町衆文化の一翼を担い、江戸期には十人衆の中から選ばれる三年寄の一家として、長浜町の発展に力を尽くし活躍しました。

明治以降の安藤家は、近...

七曲がりの仏壇街

七曲がりの仏壇街

エリア
彦根市
カテゴリ

中山道の高宮宿から彦根城へ向かう道を彦根道と言い、芹川の近くで幾度も道が屈曲しており、ここを七曲りと呼んでいます。現在は彦根の伝統産業の仏壇を作る店が軒を並べています。
伝統工芸品「彦根仏壇」は、木地師、宮殿師、彫刻師、漆塗師、金箔押師、蒔絵師、錺金師の七職の職人により、ひとつひとつ手づくりで作り上げられていく。彦根...

石部宿入り口 西縄手

石部宿入り口 西縄手

エリア
湖南市
カテゴリ

石部宿の西側入り口に設けられた広場には「東海道五十三次」全体図碑が建っています。

かわらミュージアム

かわらミュージアム

エリア
近江八幡市
カテゴリ

八幡瓦と八幡の歴史をテーマにしたミュージアム。
 近江八幡は城下町として、また近江商人のまちとして繁栄し、発展をとげました。往時の町並みなどの歴史的景観に大変恵まれ、周辺は国の重要伝統的建造物群保存地区に選定されています。
 「瓦」は屋根の表情をつくり、屋根の連なりが、まちの景観を支えてきたという視点で「かわら」...

いろは松

いろは松

エリア
彦根市
カテゴリ

いろは松は中濠沿いの松並木で、江戸時代「松の下」と呼ばれていました。この場所は藩主の参勤、着城で必ず通る場所で、当時47本植えられていたことからいろは47文字にちなみ「いろは松」と呼ばれるようになりました。当初、人馬や車などの通行の邪魔にならないよう、根が地上に張り出さない土佐松が植えられました。

中山道磨針峠

中山道磨針峠

エリア
彦根市
カテゴリ

中山道は、鳥居本の宿場町から山道を登って江戸へ下っていきました。山道を曲がると急に視界が開け、この峠から眺める琵琶湖や湖東平野の眺めは最高だったといわれます。
 昔、諸国を修行して歩いていた青年僧が、挫折しそうになってこの峠を通りかかった時、斧を石で摺って針にしようとしている老婆の姿にいましめられ、後に弘法大師になっ...

近江商人博物館・中路融人記念館

近江商人博物館・中路融人記念館

エリア
東近江市
カテゴリ

江戸・明治時代、この近江・五個荘の地から、革新的な商法と不屈の精神、そして何よりもお客様の喜ぶ笑顔を心の糧として、全国津々浦々に行商し、やがて豪商へと出世していった近江商人たち。近江商人博物館では《夢かなえびと》近江商人のその成功への軌跡を解き明かしています。 近江商人を育んだ土壌、彼らの商法・教育・精神、そしてその...

坂本

坂本

エリア
大津市
カテゴリ

比叡山延暦寺の門前町として栄えた坂本には約50ヵ寺の里坊があります。里坊は、山上での修行を終えた老僧に与えられた坊舎で、いずれの里坊にも自然石を用いたり、借景などの趣向を凝らしたみごとな庭園があり、サツキ、紅葉、苔などが美しい色合いを見せています。
 一帯は平成9年に国の重要伝統的建造物群保存地区に選定されています...

歴史民俗資料館「近江日野商人館」

歴史民俗資料館「近江日野商人館」

エリア
日野町
カテゴリ

近江鉄道日野駅の東、大窪集落にあります。静岡県御殿場に出店して大成功した日野商人の名家であり、近江守護佐々木氏の一族を先祖に持つ山中兵右衛門(やまなかひょうえもん)の旧宅を資料館にしたものです。典型的な日野商人本宅の特徴を示す建物であり、館内には初期の行商品や道中具、店頭品をはじめ、家訓などが展示され、日野商人の歴史...

寝物語の里

寝物語の里

エリア
米原市
カテゴリ

岐阜県との県境にあるこの史跡は、江濃国境にまつわる「寝物語」の伝承地です。

昔、国境の小さな溝を隔てて建つ両国の旅籠の泊まり客どうしが、寝ながら話しができたことから付いた呼称です。
 安藤広重の「木曽街道六十九宿」に描かれた今須宿の図は、この地を描いたものです。現在宿等はなく、石碑のみが建っています。

城町(旧魚屋町)

城町(旧魚屋町)

エリア
彦根市
カテゴリ

彦根市には、彦根三十五万石(まんごく)の往時を偲ばせる古い町並みが、比較的よく残っています。白壁に紅殻格子(べんがらごうし)、虫篭窓(むしごまど)、二階の低い建物が通りに面して続いています。本町二丁目から三丁目を当時上魚屋町、城町一丁目を下魚屋町と呼び、約400mの間に40軒近い魚屋が軒を並べていたといわれます。本町...

北国街道 木之本宿

北国街道 木之本宿

エリア
長浜市
カテゴリ

地蔵院の門前町として栄えたところ。
北国街道と北国脇往還が交わる宿場町で、旅人と木之本のお地蔵さんの参拝客で賑わいました。
木之本宿には昭和の初めまで中央に小川が流れ、柳の木が植えられた宿場らしい風情を残していましたが、今では埋め立てられ、商家の家並みに昔の風情を残しています。

旧開知学校

旧開知学校

エリア
長浜市
カテゴリ

明治7年(1874)に町民の寄付によって神戸町(現在の元浜町の一部)に建てられた、現在の長浜小学校の前身となる洋風の木造校舎の建物。三階建ての上に八角形の櫓をのせたユニークなデザインであった。建造以降、幼稚園・高等女学校などとして使われ、昭和12(1937)年には現在地に移転し、以後はさまざまな業種に利用されていた。平...

草津宿本陣

草津宿本陣

エリア
草津市
カテゴリ

◆令和6(2024)年6月1日~令和7(2025)年3月31日 は耐震工事のため休館しております◆

JR草津駅の南約500m。周囲には高塀や藪をめぐらし、国の史跡に指定されています。 本陣とは大名公家など貴人の宿泊所のことで、東海道・中山道の分岐点で交通の要衝であった草津には2軒ありました。現在、1軒が残ってお...

源内塚

源内塚

エリア
守山市
カテゴリ

平治元年(1159年)12月27日、当時十三歳の源頼朝は、平治の乱に敗れて、京から東国へ敗走する途中、野路(草津市)あたりから馬上で居眠りをし、父・義朝一行からはぐれて一騎で守山に入りました。

その時、源内兵衛真弘らが頼朝の首を獲ろうと襲いかかりましたが、頼朝は「髭切り」と呼ばれる名刀で源内を一刀両断にしました。...

黒壁十三號館 ガラス体験アトリエ ルディーク

黒壁十三號館 ガラス体験アトリエ ルディーク

エリア
長浜市
カテゴリ

作るヨロコビ、広がるセカイ。体験教室でものづくり満喫。
小学校の工作の授業、自分の思うままに手を動かし・頭を働かせてイメージを形にしていく。 そんな懐かしくて、楽しい気持ちを思い起こすような空間の中で、家族や仲間と会話を楽しみながら、作るヨロコビを味わいましょう。自分で作ったものは、いっそう愛着が沸くはず。 小さなお...

日野まちかど感応館(旧正野玄三薬店)

日野まちかど感応館(旧正野玄三薬店)

エリア
日野町
カテゴリ

江戸時代日野椀に代わって行商の有力商品となり、日野商人を発展に導くものに合薬がありました。その創始者が正野法眼玄三です。
玄三は18才の時日野椀や茶・布を持ち行商に出ましたが母の病気で帰郷、当時京都の名医の診療で母の病気をなおすことができたことから医師を志し、医師になった後は医薬に恵まれない山間辺地の人や日野商人の...

追分道標

追分道標

エリア
草津市
カテゴリ

草津には、東海道・中山道を往来する旅人の道しるべとして親しまれた道標が数多く残っています。江戸寄りの入口、草津川堤防上にある火袋つきの石造道標(1816)、東海道と中山道の分岐点にある火袋つきの石造道標(1816)、東海道と矢橋道の分岐点にある石造道標(1798)、立木神社境内にある道標(1680)などがそうです。
...

中山道守山宿

中山道守山宿

エリア
守山市
カテゴリ

中山道は、徳川幕府が制定した五街道の一つで、江戸板橋宿を第一宿として、武蔵・上野・信濃・美濃の各国を経て近江国守山宿まで六十七宿が定められましたが、守山は、東下りの第一番目の宿として「京発ち守山泊まり」で旅人に知れわたっていました。
 宿内の街並みは、11町53間(約1300m)あり、人口は、約1,700人ほどありま...

伊庭の水辺景観

伊庭の水辺景観

エリア
東近江市
カテゴリ

水郷の里 伊庭町伊庭は、湖東平野に残る水郷集落のひとつです。
その歴史は古く、“保元元年(1156年)、源為義が崇徳上皇からこの地を賜った”という記録が確認されています。 伊庭川から引かれた水路は町中を縦横に巡り、豊かな水量と清らかな水質が内湖と繋がり、 人々の生活を今も支えており、人々の生活が水とともにあったことも...