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七曲がりの仏壇街

七曲がりの仏壇街

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彦根市
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中山道の高宮宿から彦根城へ向かう道を彦根道と言い、芹川の近くで幾度も道が屈曲しており、ここを七曲りと呼んでいます。現在は彦根の伝統産業の仏壇を作る店が軒を並べています。
伝統工芸品「彦根仏壇」は、木地師、宮殿師、彫刻師、漆塗師、金箔押師、蒔絵師、錺金師の七職の職人により、ひとつひとつ手づくりで作り上げられていく。彦根...

石部宿

石部宿

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湖南市
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道幅や民家の屋根の形に往時の宿場町の面影を偲ばせる石部は、京から江戸へ向かう旅人が最初に泊まった場所でもある。京都・石部間は約36㎞あり、京都を朝出発すると石部に夕方ごろ到着することから「京立ち、石部泊まり」といわれていた。東海道51番目の幕府直轄の宿場で、伊勢参宮街道との分岐点として多くの旅人で賑わっていた。「石部宿...

石部宿小島本陣跡

石部宿小島本陣跡

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湖南市
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石部宿には、幕府直轄と膳所藩直轄の2つの本陣が置かれ、全盛期には旅籠32軒を含む458軒が街道の両脇1.6キロメートルにわたって建ち並び、東海道五十一番目の宿場町として栄えました。
数多くの大名や明治天皇なども宿泊した小島本陣は、慶安三年(一六五〇)に創建されました。

五個荘近江商人屋敷(外村繁邸・中江準五郎邸)

五個荘近江商人屋敷(外村繁邸・中江準五郎邸)

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東近江市
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国の重要伝統的建造物群保存地区に選定された「五個荘金堂の町並み」にある、白壁と舟板塀が特徴の近江商人屋敷です。

◎外村繁邸
 外村繁は、昭和10年「草筏」が芥川賞候補、昭和13年池谷賞を受賞、昭和31年「筏」が野間文学賞を受賞した滋賀を代表する作家です。
 外村宇兵衛家の分家として江戸時代末期に建てられた屋敷...

セミナリヨ跡

セミナリヨ跡

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近江八幡市
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織田信長の庇護を受けた宣教師オルガンチノが建てた、日本初のキリスト教学校です。本能寺の変後、安土城とともに焼失しました。堆定地が公園として整備されています。

太田酒造 道灌蔵

太田酒造 道灌蔵

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草津市
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江戸城築城の祖として、文武両道に優れた武将名高い太田道灌を祖先に持つ太田家は、東海道五十三次の宿場の中でも大宿であり、また水陸交通の要所でもあった草津において、海道の動静を見守る関守を務め草津行政の中心となっていました。
 太田家が酒造りを始めたのは廃藩後のこと。当時所領としていた100余町歩の田畑から収められる良質の...

黒壁五號館 黒壁AMISU

黒壁五號館 黒壁AMISU

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長浜市
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滋賀県各地から厳選した特産品を取り揃え、生産者の情報と共にお届けします。

中山道醒井宿

中山道醒井宿

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米原市
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梅花藻鑑賞へお越しいただく際は、
なるべく公共交通機関をご利用くださいますようお願いします。
 
街道とともに下る『居醒の清水』は太古、日本武尊が体毒を洗い流したと伝えられます。今も、霊水・名水として湧出し、人々の生活を潤しています。

一里塚

一里塚

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甲賀市
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一里塚は街道の両側に一里ごとに置かれたもので、東海道では慶長九年に江戸日本橋を起点として整備された。水口町域では今郷・林口・泉の三ケ所に設けられている。旅人のよき目印ともなったが、明治維新後いずれも撤去された。

旧開知学校

旧開知学校

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長浜市
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明治7年(1874)に町民の寄付によって神戸町(現在の元浜町の一部)に建てられた、現在の長浜小学校の前身となる洋風の木造校舎の建物。三階建ての上に八角形の櫓をのせたユニークなデザインであった。建造以降、幼稚園・高等女学校などとして使われ、昭和12(1937)年には現在地に移転し、以後はさまざまな業種に利用されていた。平...

日野の町並み

日野の町並み

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日野町
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日野城の城下町として蒲生氏によって築かれた日野は、豊臣秀吉によって伊勢松坂に諸領替えになった蒲生氏郷(がもううじさと)が去るまで城下町として栄え、その後、町民は日野椀や売薬による行商に活路を見いだし、商人の町として栄えていきました。
 現在でも通りに面して建てられた家並がのこぎり歯の形をしているなど、戦国時代の城下...

本願寺八幡別院(金台寺)

本願寺八幡別院(金台寺)

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近江八幡市
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豊臣秀次が開いた城下町に、安土城の城下町から移築した浄土真宗本願寺派の大寺院です。徳川家康が宿泊し、朝鮮通信使の昼食所ともなりました。寺には1711年に寺に立ち寄った通信使の従事官・李邦彦の書が保存されている。

朝鮮通信使について
琵琶湖の東、彦根市から野洲市にかけて「朝鮮人街道」と呼ばれる街道があるのをご...

地蔵川の梅花藻

地蔵川の梅花藻

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米原市
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清流・地蔵川には梅の花に似た可憐な水中花「梅花藻」が咲くことで有名です。梅花藻はキンポウゲ科の淡水植物で、5月中旬から小さな花が水面から顔を出し始め、盛夏に向かって花の数が増えていきます。7月初旬から9月中旬までが見ごろとなります。
中山道61番目の宿場町である醒井宿の風情ある街並みと地蔵川のせせらぎ、そして可憐な梅...

針江生水の郷 かばた

針江生水の郷 かばた

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高島市
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新旭町針江(はりえ)地区は、里山の写真家・今森光彦さんが撮り2004年1月にNHKハイビジョンスペシャルで放映された映像詩『里山・命めぐる水辺』の舞台となった場所です。
地域の綺麗な湧き水を、地域住民は生水(しょうず)と呼び、昔から大切に利用してきました。集落の中を巡る水路やその水を生活用水に利用したシステムを"かば...

旧膳所城下町

旧膳所城下町

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大津市
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天智天皇の大津宮時代、獲った魚を調達した陪膳浜(おものはま)といわれていた膳所は、江戸時代の初め、瀬田の唐橋や東海道を掌握するため、徳川家康(1541-1616)によって大津城を廃城とし、膳所城を築城して以来、軍事的な城下町として栄えていきました。
 京阪電鉄に平行している旧東海道の町並みは、家並のほか曲折した小路を...

寝物語の里

寝物語の里

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米原市
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岐阜県との県境にあるこの史跡は、江濃国境にまつわる「寝物語」の伝承地です。

昔、国境の小さな溝を隔てて建つ両国の旅籠の泊まり客どうしが、寝ながら話しができたことから付いた呼称です。
 安藤広重の「木曽街道六十九宿」に描かれた今須宿の図は、この地を描いたものです。現在宿等はなく、石碑のみが建っています。

近江商人博物館・中路融人記念館

近江商人博物館・中路融人記念館

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東近江市
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江戸・明治時代、この近江・五個荘の地から、革新的な商法と不屈の精神、そして何よりもお客様の喜ぶ笑顔を心の糧として、全国津々浦々に行商し、やがて豪商へと出世していった近江商人たち。近江商人博物館では《夢かなえびと》近江商人のその成功への軌跡を解き明かしています。 近江商人を育んだ土壌、彼らの商法・教育・精神、そしてその...

高札場跡・常盤館跡

高札場跡・常盤館跡

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湖南市
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高札場とは、幕府や領主が決めた法度や掟書などを木の板札に書き、人目のひくように高く掲げておく場所です。現在の県道113号線(とんや道)と旧東海道の交差点の道路の中ほどのあたりで問屋場の横にあったと伝えられています。

また現在の高札場跡の南側には、本格的芝居小屋「常盤館」があったと伝わっています。

近江商人の町並み(新町通り)

近江商人の町並み(新町通り)

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近江八幡市
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JR近江八幡駅の北方約2km前後の新町周辺は、古い町並みがよく保存されています。国の重要伝統的建造物保存地域。江戸時代末期から明治にかけて建築された商家が整然と残る町並みは、近江商人のふるさととして、その保存運動が展開されています。
 西側に旧西川庄六(しょうろく)宅、森五郎兵衛(ごろべえ)宅、3丁目の京街道筋には...

中山道磨針峠

中山道磨針峠

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彦根市
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中山道は、鳥居本の宿場町から山道を登って江戸へ下っていきました。山道を曲がると急に視界が開け、この峠から眺める琵琶湖や湖東平野の眺めは最高だったといわれます。
 昔、諸国を修行して歩いていた青年僧が、挫折しそうになってこの峠を通りかかった時、斧を石で摺って針にしようとしている老婆の姿にいましめられ、後に弘法大師になっ...