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ショッピング
攀桂堂 雲平筆
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- 高島市
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藤野雲平商店は、元和年間(1615年)、京都にて筆工を営業し、特に有栖川好仁親王の御用を承りました。その後正徳年間(五代雲平)近衛予楽院家熈公より攀桂堂の号を賜り、近年では昭和49年皇太子両殿下に技術の天覧を賜りました。雲平筆は天平筆、筆龍藤巻筆、大師流筆、定家流筆、上代様筆など、和紙を巻く巻筆の技術を今に伝えています...
愛知川駅コミュニティハウス「るーぶる愛知川」
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- 愛荘町
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当施設は、駅ギャラリー・郷土物産展示コーナー・物産販売コーナーからなります。駅ギャラリーでは、作家の思いが伝わるような味のある作品を、3週間ごとに展示しています。郷土物産展示コーナーでは愛知川地区自慢の物産を展示しています。また物産販売コーナーでは、唯一びん細工手まりを販売し、他の郷土物産も販売しています。
西川嘉右衛門商店
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- 近江八幡市
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琵琶湖水郷は、豊葦原の里。ここの特産ヨシは、品質日本一を誇り、古くから江州葭の名で知られる。水郷の中心・近江八幡市円山町にある当店は、江戸期より葭卸商を営む。伝統的地場産業を守る一方、独特の風合いをもつ「びわ湖ヨシ紙」を開発し、封筒、便箋・一筆箋、葉書、名刺や書道・水墨画用紙、色紙、短冊などを商品化。手織りの色紙掛など...
雛匠 東之湖(とうこ)
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- 東近江市
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物を見極める時代。必要とされるもののみ受け入れていただける時代。伝統と格式、素材と技術技法にこだわり、心からお客様にお勧めいただける人形のみを制作しております。又、貴女だけのオリジナル雛人形、市松人形等も制作できますので、お気軽にご相談下さいませ。
蛯谷工芸
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- 湖南市
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<近江一閑張 蛯谷工芸> 一閑張とは、桃山時代に飛来一閑が紙や木など、色々な物に和紙を張りその上に塗りをした茶道具があり、この飛来一閑が考案したと言われるところから一閑張と称されるようになったと伝えられます。私が作る近江一閑張は、この古くからある技法を使い、紙の紐で形を作りその上から和紙を張り重ね素地とし、その上に何度...
布引焼窯元
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- 東近江市
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東近江の官庁街を通り抜けると、そこは小さな天神の森。布引焼の窯元はそんな静かな風景の中にあります。ドアを開けると、沢山のふくろう達が表情豊かにお出迎え。そしてメインのギャラリーに広がる、美しい色合いの七彩天目による陶画・花器・食器など創作陶芸の世界をゆっくりとお楽しみ下さい。古い歴史を踏まえた上で創り出された独特の焼物...
大與(和ろうそく)
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- 高島市
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1914年創業。大本山永平寺御用達。100年にわたり、滋賀県・高島の地で和ろうそくを造り続けてきました。厳選した素材と代々受け継がれる確かな技術で、伝統の和ろうそくをいまに引き継いでいます。仏事や茶事、普段の暮らしまで様々な用途でお使いいただける和ろうそくを製造販売しております。
滋賀県扇子工業協同組合
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- 高島市
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300年以上の伝統を誇る竹の扇骨産地として、全国生産量の約90%が安曇川町で生産されています。原材料の竹から扇骨が完成するまでの工程は、親骨が18工程、仲骨が16工程、全部で34工程。豪華な飾り扇からみなさんの趣味をとり入れた各種の扇子が、全国のみなさんの心に安らぎをあたえています。
工房 IMURA
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- 大津市
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工房 IMURA
美しさ、機能性、楽しさにこだわりを求めて!
もの作りに魅せられて、ふみ込んだこの世界。作り手と買い手の両方の思いが満足できるようこだわって制作に取り組んでいます。“動く芸術品”と呼ぶにふさわしい工房IMURAのバックを手にしてみてください。
近江上布伝統産業会館
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- 愛荘町
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室町時代から続く伝統産業麻織物や国の伝統的工芸品「近江上布」を体感できる施設。2020年4月1日から大正時代の郡役所を保存整備した建物に移転し、建物とともに楽しめるようになりました。産地ショップ、会館でしかできない体験、近江の麻織物の歴史など産地の発信施設です。
大津絵の店
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- 大津市
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大津の代表的な郷土みやげとして、もっとも広く知られているのが大津絵です。現在は皿や湯呑み、木製製品まで多種多様なものがありますが、もともとは紙に書かれた絵です。 いつ頃から描き始められたのかはわかりませんが、江戸時代初めから逢坂山(おうさかやま)を越えた大谷・追分あたりで道中の人々に売られていたといわれています。大津...
日野まちかど感応館(旧正野玄三薬店)
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- 日野町
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江戸時代日野椀に代わって行商の有力商品となり、日野商人を発展に導くものに合薬がありました。その創始者が正野法眼玄三です。
玄三は18才の時日野椀や茶・布を持ち行商に出ましたが母の病気で帰郷、当時京都の名医の診療で母の病気をなおすことができたことから医師を志し、医師になった後は医薬に恵まれない山間辺地の人や日野商人の...