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旧伴家住宅(八幡教育会館)
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伴庄右衛門は江戸初期に活躍した八幡商人で屋号を扇屋といいます。寛永年間に東京日本橋に出店し、麻布・畳表・蚊帳を商いました。5代目の伴蒿蹊は18歳で家督を継ぎ、大坂淡路2丁目に出店。学問にも興味を持ち、本居宣長、上田秋成、与謝蕪村らと親交のある国学者でもありました。 以後も、伴家は繁栄を誇りましたが、明治維新等の激動期に...
滋賀県立安土城考古博物館
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- 近江八幡市
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「安土城と信長・戦国をテーマとする唯一無二の博物館」として、2025年3月にリニューアルオープンしました。
信長が築城した当時の安土城を高精細フルCGにより復元した映像を上映する第一常設展示室、信長や安土城に関する歴史資料、戦国時代の近江、観音寺城(近江八幡市)や小谷城(長浜市)に関する資料を展示する第二常設展示室が...
東アジア交流ハウス雨森芳洲庵
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- 長浜市
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雨森芳洲の生涯をたどり、思想や業績を顕彰するとともに、東アジアとの交流と友好をめざす拠点であり、大きなケヤキのそびえる敷地からは、遠く己高山に連なる山々が望まれます。静かな佇まいの庵内には、芳洲の著書や遺品、芳洲が深く関わった朝鮮通信使の資料などを展示しています。
伊吹山文化資料館
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- 米原市
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伊吹山を中心とする伊吹山地は伊吹の歴史と文化の源泉であり、その雄大な自然は学術研究の宝庫です。伊吹山とのかかわりをぬきにして伊吹を語ることができません。
伊吹山に関連する自然・歴史・民俗などの資料と、山麓に暮らした人々が必要に応じて生み出した生活用品、伊吹山地の恵みを生活の糧にするために使われてきた生産用具を展示してい...
公人屋敷(旧岡本邸)
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- 大津市
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江戸時代、延暦寺の僧侶でありながら妻帯(さいたい)と名字帯刀(みょうじたいとう)を認められた「公人(くにん)」と呼ばれる人たちが住んでいた住居のひとつ。近年の生活様式の変化により、内部が原型をとどめないほど改装されている住居が多い中、岡本家の家屋は全体に公人屋敷としての旧状をよくとどめた社寺関係大型民家の特徴を示す住居...
ボーダレス・アートミュージアム NO-MA
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- 近江八幡市
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2004年6月に改築した「ボーダレス・アートミュージアムNO-MA」は、滋賀県近江八幡市の歴史ある伝統的建造物郡保存地区にあり、昭和初期の町屋を、和室や蔵などを活かして改築したミュージアムです。このミュージアムの特徴は、障害のある人の表現活動の紹介に核を置くことだけに留まらず、一般のアーティストの作品と共に並列してみ...
西川甚五郎本店史料館
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- 近江八幡市
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西川では、初代西川仁右衛門が数え18歳の時、蚊帳などの生活必需品の行商を始めた1566年を創業の年と定めています。その後1587年、近江国八幡町(現 滋賀県近江八幡市)に当時の屋号山形屋として店を開き西川の繁栄の礎を築きました。
そして、近江商人として「売り手よし、買い手よし、世間よし」の三方よしの理念を具現化するこ...
冷水寺・胎内仏資料館
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- 長浜市
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正面厨子の十一面観音像は、その台座内に戦火に焼かれた胎内仏を持つ「鞘仏」です。賎ヶ岳の合戦の際、柴田勝家軍の焼き討ちにより焼け傷み、江戸時代・元禄年間、このさや仏と台座をつくり、黒こげになった痛ましいお姿の旧本尊をおさめました。出開帳仏であったという脇仏十一面座像は、現在、高月歴史民族資料館に展示されています。
近年...
海洋堂フィギュアミュージアム黒壁
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- 長浜市
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日本初、フィギュアだけのミュージアム。
フィギュアミュージアムは、食玩を中心とした小さなフィギュアたちをジオラマ展開にして、ドラマの舞台を設定、箱の中の世界を見せようという試みです。
親子が一緒に楽しめるところ、教師と生徒がものごとを理解したり、学びとるためのよりよい方法を見つけるところ、年配の人たちは過ぎ去った日...
きのもと交遊館
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- 長浜市
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”北国街道・木之本宿に建つ文化交流施設”
滋賀県長浜市にある旧木之本町には、かつて北国街道の宿場町として栄え、時代と共に発展していった歴史的、文化的遺産が現在でも数多く残っています。
その文化遺産の一つ、旧滋賀銀行の建物を改装した「きのもと交遊館」は、地域の皆様、そして木之本のまちを訪れる皆様が相互に交流を図り、ま...
安土城天主 信長の館
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- 近江八幡市
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焼失から400余年も経た1992年「スペイン・セビリア万博」の日本館のメイン館展示として安土城天主の最上部5階6階の部分が、原寸大にて忠実に内部の障壁画と共に復元されその姿を現しました。そして博覧会期間中には最も多い入場者数を記録し、人々の日本文化への関心の深さが示されました。
万博終了後その「天主」を安土町が譲...