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岡遺跡

岡遺跡

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栗東市
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奈良時代の役所跡であることがわかっています。溝によって区画された政庁、正倉、舘などの施設が発見され、古代栗太郡の郡衙(郡の役所)として全国に知られました。小槻大社や歴代の首長墓が付近に立地することから、小槻氏の本拠地につくられたといえます。

一豊・千代の像

一豊・千代の像

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米原市
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JR北陸本線坂田駅前木、「愛馬に乗った一豊公と千代夫人像『なでしこ』」があり、市内『功名が辻』ゆかりの地のシンボルとなっています。

西光寺の石灯籠

西光寺の石灯籠

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竜王町
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西光寺の鎮守、八柱神社(やばしらじんじゃ)の社宝で高さが2.8mもある背の高い灯篭です。
裏面に「応永(おうえい)28年8月8日(1422)願主敬白」の刻銘があり、室町時代初期の作とされます。
願主は不明。
当時の様式の多くは、丸柱の中央に周帯を有するものですが、この八角柱の灯篭は特に珍しく、また笠を持ち火袋には...

鵜川四十八体石仏群

鵜川四十八体石仏群

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高島市
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白ひげ浜付近で国道161号線を逸れ旧西近江路を北進すると、草深い山中の墓地に、高さ1.6m、花崗岩の阿弥陀如来像群が見られます。東を向いて静かに並んで座る石仏は、大きさも少しずつ異なり、慈愛に満ちた顔・あどけない顔・ユーモラスな顔など、姿もそれぞれ異なっています。近年までは、室町時代後期に観音寺城(現安土町)城主の佐々...

毛受兄弟の墓

毛受兄弟の墓

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長浜市
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賤ヶ岳の合戦において、大岩山の初戦では柴田勝家の軍が勝利を得ましたが、羽柴秀吉の素早い行動を予測しきれずに、次第に勝家側の敗色が濃くなっていきました。
 勝家は、自ら兵を率いて決戦を挑もうとしましたが、忠臣毛受勝助に諫められ、北ノ圧へ落ち延びて陣を立て直そうとしました。毛受勝肋は兄の茂左衛門とともに勝家の身代りとな...

小槻大社古墳群

小槻大社古墳群

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栗東市
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小槻大社を中心に17基の古墳が分布しています。境内にある古墳で最大級規模を持つ1号墳は、直径約25mの規模を持ちます。10号墳(5世紀後半〜6世紀前半頃)以外は未調査のため明確な時期がわかっていません。

大岡古墳

大岡古墳

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多賀町
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あけぼのパーク多賀から徒歩10分程の所に、町指定史跡の大岡古墳が保存されています。石室内部は入口から奥壁まで1m近く土砂に埋没していますが、側壁の一部抜き取り穴から、内部の様子を伺うことができます。見学自由

泣き地蔵

泣き地蔵

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栗東市
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その昔、旧信楽道のこの辺りには、旅人を泣かせるほどの坂があったことから、安全祈願のために花崗岩の巨石に薬師・釈迦・阿弥陀の三体の如来像が刻まれたと伝わる。

竜が丘俳人墓地

竜が丘俳人墓地

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大津市
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国道1号線に面した小丘にある墓地。昭和40年(1965)の補修で塚の位置が少し変わっていますが、江戸時代、内藤丈草(ないとうじょうそう)(1661-1704)が師匠である松尾芭蕉追悼のために建てた経塚を中心に、俳人の墓が並んでいます。
 内藤丈草をはじめ、水田正秀・蝶夢(ちょうむ)・巴静(はじょう)・森谷祐昌(もりや...

朝妻湊跡

朝妻湊跡

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米原市
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朝妻湊は古代から東海・北陸地方の人の行き来や荷物の運搬など、湖上交通の要港として発展してきました。歴史上でも秀吉が京の大仏殿建立の際、尾張や美濃から木材を運搬し、木曽義仲の後続部隊の出陣時にも朝妻湊を経て戦地に向かうなど、重要な役割を果たしてきました。しかし江戸時代に入り彦根藩主、井伊氏が米原湊を御用港として保護するの...

玉林寺(藤樹墓所)

玉林寺(藤樹墓所)

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高島市
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墓所は、JR安曇川駅の南東、藤樹神社や藤樹書院のすぐ近くの、大台真盛宗の寺院玉林寺にあります。
墓は約8m四方の方形の中にあり、杉とカナメモチの生け垣を巡らせ、その内周を石造の斎垣(いがき)で囲んでいます。墓は3基あり、中江藤樹の墓は左奥のものです。右奥にあるのは藤樹の母の墓で、この2基は南向きに立っています。そして...

若宮氏館跡

若宮氏館跡

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米原市
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山内一豊の妻の千代は、若宮喜助友興(わかみやきすけともおき)の子として、弘治三年(1557年)にここで生まれと言われています。永禄九年(1566年)に父友興が戦死し、叔母の夫の不破氏に養われていましたが、その後再び飯村に戻りました。この頃、隣村(宇賀野村)の長野家に身を寄せていた山内一豊母子と出合い、一豊の妻になったさ...

玉泉寺(高島市)

玉泉寺(高島市)

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高島市
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奈良時代に行基によって開山されたと伝えられる玉泉寺(ぎょくせんじ)は、阿弥陀山の山麓の泰山寺野の裾野に位置し、町内でも古い寺院の一つです。天台真盛宗の末寺です。境内にはたくさんの石仏があり、中でも本堂の前方に南向きに並んでいる五智如来は、鎌倉時代の作といわれており、花崗岩に丸堀りで彫られ、いずれも高さ1.4mから1.6...

西光寺跡の宝篋印塔

西光寺跡の宝篋印塔

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竜王町
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観音像の夢のお告げにより、伝教大師が鏡山十二峰の一つ星ケ峰の麓に「西光寺」を建立されました。源頼朝(みなもとのよりとも)や足利尊氏(あしかがたかうじ)も泊まったといわれている古刹です。康平(こうへい)2年(1060)の乱で一山焼亡し中興されましたが、信長の兵火(1571)で廃寺となります。
その名残をとどめているのが...

徳源院(清瀧寺)・京極家墓所

徳源院(清瀧寺)・京極家墓所

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米原市
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弘安9年(1286)、京極氏の初代氏信が建立。京極家歴代の菩提寺である天台宗の寺。京極氏は、鎌倉中期に近江で勢力を振るっていた近江源氏佐々木氏から分かれ、家名は氏信の宿所が京都の京極高辻(きょうごくたかつじ)にあったことによります。
 国の史跡に指定されている墓域には一族の墓が存在し、閑静なただずまいを見せる境内に...

明智塚

明智塚

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大津市
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坂本城は、1571年の延暦寺焼き打ち直後、織田信長の命により明智光秀が琵琶湖岸に築城。安土城に次いで絢爛豪華な城であったといわれる。1582年の本能寺の変の後、羽柴秀吉軍の攻撃により落城。城内と推測される場所に光秀の供養塚と伝わる明智塚がある。

琵琶湖周航歌碑

琵琶湖周航歌碑

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大津市
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旧制第三高等学校旧艇庫前に、われは湖の子と刻まれた碑が立つ。副碑には、ボートの中で作詞されたという琵琶湖周航の歌の歌詞が刻まれている。

仁王尊

仁王尊

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竜王町
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西光寺跡地のお堂に祀(まつ)られている石の仁王尊で、そのうちの一体は、昔、山崩れの際に地下に埋没されたといわれています。
昔から「足の病を癒してくださる」と言い伝えがあり、毎年7月に開かれる千日会(せんにちえ)には、草鞋(わらじ)をお供えする風習があって平癒(へいゆ)を願う参拝者が今も絶えません。

法明院(フェノロサの墓)

法明院(フェノロサの墓)

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大津市
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性慶義瑞が開基の天台寺門宗。日本美術の恩人ともいうべきフェノロサの墓がある。

【法明院庭園】
 フェノロサ(1853-1908)の墓があることで知られる池泉回遊式庭園。庭園の場所は、彼が大絶賛したという絶好の景勝の地と伝えられます。雄大な琵琶湖と三上山の風景を借景にし、庭園は2段に分かれた構造になっています。...

月心寺

月心寺

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大津市
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京阪電鉄京津線の大谷駅から西へ歩いてすぐのところにある寺院。歌川広重(うたがわひろしげ)が描いた東海道五十三次にある大津の錦絵には、溢れ出る走井(はしりい)の水のそばの茶店で旅人が休息している姿が見られますが、この茶店が現在の月心寺といわれている。日本の名水として広く知られたこの走井の水は、多くの詩歌や文学作品に登場...