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法明院(フェノロサの墓)

法明院(フェノロサの墓)

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大津市
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性慶義瑞が開基の天台寺門宗。日本美術の恩人ともいうべきフェノロサの墓がある。

【法明院庭園】
 フェノロサ(1853-1908)の墓があることで知られる池泉回遊式庭園。庭園の場所は、彼が大絶賛したという絶好の景勝の地と伝えられます。雄大な琵琶湖と三上山の風景を借景にし、庭園は2段に分かれた構造になっています。...

鵜川四十八体石仏群

鵜川四十八体石仏群

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高島市
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白ひげ浜付近で国道161号線を逸れ旧西近江路を北進すると、草深い山中の墓地に、高さ1.6m、花崗岩の阿弥陀如来像群が見られます。東を向いて静かに並んで座る石仏は、大きさも少しずつ異なり、慈愛に満ちた顔・あどけない顔・ユーモラスな顔など、姿もそれぞれ異なっています。近年までは、室町時代後期に観音寺城(現安土町)城主の佐々...

茶臼山古墳(長浜市)

茶臼山古墳(長浜市)

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長浜市
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姉川古戦場を望む自然の山を利用した前方後円墳です。後円部の登り口から多数の円筒埴輪の破片が出土しました。市内では最も完全形に近い古墳です。

帆立貝形古墳 雨宮古墳

帆立貝形古墳 雨宮古墳

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竜王町
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雨宮古墳は、竜王町の平野部の最奥部の祖父川が形成した谷の入り口付近に位置し、南から北へ伸びる丘陵から派生した舌状の支脈上に築かれた帆立貝形古墳です。
全長82m、後円部径67m、後円部高9m、前方部長22m、前方部幅35m、前方部高1.9mを測り、外堤をもつ一重の周壕をめぐらせています。滋賀県下第三位 の規模で、発掘...

西光寺跡の宝篋印塔

西光寺跡の宝篋印塔

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竜王町
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観音像の夢のお告げにより、伝教大師が鏡山十二峰の一つ星ケ峰の麓に「西光寺」を建立されました。源頼朝(みなもとのよりとも)や足利尊氏(あしかがたかうじ)も泊まったといわれている古刹です。康平(こうへい)2年(1060)の乱で一山焼亡し中興されましたが、信長の兵火(1571)で廃寺となります。
その名残をとどめているのが...

醒井地蔵尊・地蔵堂

醒井地蔵尊・地蔵堂

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米原市
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弘仁8年、大干ばつの時、伝教大師が醒井で地蔵菩薩を彫刻して降雨を祈願し、大雨が3日間降り続いたという。御丈1丈2尺の花崗岩による丸彫りの座像。初めは水中に安置されていたので、尻冷やし地蔵と呼ばれていた。魚を供養するために祀られたともいわれている。
 また、地蔵堂は江戸時代、大垣城主石川日向守が病気全快を感謝して建立した...

弘法杉

弘法杉

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湖南市
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天井川になっている大沙川の堤の上にそびえる大杉は、幹の回りが6m高さ26m樹齢750年と言われて「弘法杉」。
弘法大師がここをとおりかかった時に、眺めが良かったこの場所を昼食場所に選びました。その時に使用された杉箸を堤にさしました。後にそれが成長して大杉になったと伝えられます。
以前は二本の大杉で、近江名所図会には...

逢坂山関址

逢坂山関址

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大津市
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京阪電鉄大谷駅の東約100m、国道1号沿いに「逢坂山関跡」の記念碑が立っています。
 逢坂越は、都と東国・北国を結ぶ東海道・東山道・北陸道の3つの主要道路が集中する交通の要衝でした。
 古くから貴族や武将をはじめ、文人墨客(ぶんじんぼっきゃく)がこの道を通過し、この関所や峠を題材にした作品が万葉集や古今集に多く残...

岩戸山 十三仏

岩戸山 十三仏

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近江八幡市
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山箕作山の南端の巨大な1枚岩に聖徳太子が刻んだとされる13体の仏像が安置されています。
 裾から山頂まで続く道(30分程度)の両脇にも、石仏が安置されています。毎年4月には千日会が行われ信仰の深い人々で賑わいます。

富川磨崖仏(耳だれ不動)

富川磨崖仏(耳だれ不動)

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大津市
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鹿跳(ししとび)橋から信楽川に沿って2kmほど進んだところにあります。正式には阿弥陀三尊不動明王磨崖仏といい、鎌倉時代の作です。
 高さ20mもある岩壁に阿弥陀如来を中心に、左右に観音(かんのん)・勢至(せし)の両菩薩が刻まれています。本尊である中央の阿弥陀如来像は、耳から鉱水が湧き流れていて淡紅色(たんこうしょく...

清宗塚

清宗塚

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草津市
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壇ノ浦の合戦で平家を破った源義経によって父宗盛とともに捕虜となった清宗は鎌倉から京へ上る途中、本地に於いて斬刑に処せられました。
ここには平清宗の胴塚と伝える石塔があり、保存供養されています。邸宅の門の左横には、アベマキ(樹齢150年)とエノキ(樹齢100年)の大木があります。

今井兼平の墓

今井兼平の墓

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大津市
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JR石山駅の北西200m、盛越(もりこし)川のほとりに立つ墓です。
 今井兼平(1152?-84)は木曽義仲(きそよしなか)(1154-84)と乳兄弟にあたる平安時代末期の武将で、木曽の四天王とも呼ばれていた人物です。ここ粟津(あわづ)で義仲とともに戦って悲壮な最期を遂げました。義仲が討たれたことを知ると、自ら刀を口...

千樹寺

千樹寺

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豊郷町
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夏の風物詩「江州音頭」の発祥地とされる永源寺派のお寺。奈良時代に行基が創建した四十九院の一つです。戦国時代、織田信長の兵火に合い焼失しますが、本能寺の変で信長亡き後に、近江商人藤野喜兵衛の先祖・太郎右ェ門が寄金して再建しました。その落慶法要の際に住職が境内に人形をたくさん並べお経に音頭の節をつけて唱い、手ふり足ふり拍子...

茶臼山古墳

茶臼山古墳

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大津市
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茶臼(ちやうす)山(155m)中腹にある県下第2位の規模を誇る大古墳で国指定の史跡です。
 古墳時代前期に属する4世紀末から5世紀初頭のものと推定されています。彦坐王(ひこいますおう)とも大友皇子一族の墓ともいわれますが、被葬者については明らかではありません。
 全長122m・後円部径70m、高さ8m、前方部の長...

明智塚

明智塚

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大津市
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坂本城は、1571年の延暦寺焼き打ち直後、織田信長の命により明智光秀が琵琶湖岸に築城。安土城に次いで絢爛豪華な城であったといわれる。1582年の本能寺の変の後、羽柴秀吉軍の攻撃により落城。城内と推測される場所に光秀の供養塚と伝わる明智塚がある。

水口宿東見附跡

水口宿東見附跡

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甲賀市
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宿の東端に設けられたもので、枡形土塀と柵で区画し、木戸や番所を置き旅人を監視しました。これに対し宿の西端には西見附が置かれ、それぞれ「江戸口」と呼ばれました。「伊勢参宮名所図会」は水口の場面に東見附と付近の町並みを大きく描いています。

賤ヶ岳

賤ヶ岳

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長浜市
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南北に奥琵琶湖と竹生島、東に伊吹山、北に余呉湖を一望できる賤ヶ岳は、琵琶湖八景の一つとして知られています。
1583年(天正11年)、羽柴秀吉と柴田勝家が覇権を争った「賤ヶ岳の戦い」の戦場跡で、戦跡碑、戦没者の碑があります。
また、琵琶湖と余呉湖のふたつの湖の景観と史跡を巡る多彩なハイキングコースが整備されています...

信楽院

信楽院

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日野町
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日野町の町並みの東端にある浄土宗寺院。奈良時代前期、聖武天皇の勅建と伝えられています。中世にこの地方を統治していた蒲生氏の菩提寺です。安土・桃山時代に現在地に移されました。
 境内はそんなに大きくありませんが、県指定の文化財の本堂や書院などが目立っています。寺宝に、伝恵心(でんえしん)作の観音像があります。また、本...

水口宿本陣跡

水口宿本陣跡

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甲賀市
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水口本陣は古い家柄で苗字帯刀を許された鵜飼伝左ヱ門が営んでいました。表門は貴人宿泊の格式を表し、瓦葺か冠木門で屋舎は平屋でした。本陣の特色として庭はあるが絶対に石は入れず、必ず裏手に立ち退き口があり、非常の際の脱出口になりました。現在の本陣跡は明治天皇行在所の石碑が建っているだけでその面影はありません。
近くに脇本...

山部神社・赤人寺

山部神社・赤人寺

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東近江市
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万葉歌人・山部赤人が生涯を閉じた地と言われ、山部神社と赤人寺が隣接して建っています。
山部神社には、赤人の歌を刻んだ石碑があり、赤人寺には、国指定重要文化財の鎌倉時代に建てられた七重石塔が残されています。