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三尾神社
琵琶湖疏水が長等山に入るあたりに鎮座する。応永33年(1426年)に足利将軍が社殿を再興したものと伝え、明治9年(1876年)に現地へ移された。珍しい兎の神紋が特徴の神社である。
願隆寺
近江鉄道水口駅の北東、高台にある天台宗の寺院。平安時代に最澄の再興といいます。木造阿弥陀如来坐像・木造日光月光菩薩立像は国の重要文化財です。
知善院
大津市坂本西教寺の末寺で天台真盛宗の寺。創建については明らかではありませんが、戦国時代末期に豊臣秀吉が長浜城を築城した際、小谷城から移して鬼門を守らせたといいます。 本堂には、阿弥陀三尊像が安置され、その左手には大坂城落城の時に持ち出された、秀吉の木像が安置されています。観音堂の十一面観音坐像は、寄木造に彩色を施...
吉姫神社
吉姫神社(女神様)は、石部西の吉御子神社(男神様)と対の関係にある。社蔵の木造狛犬は南北朝時代の作という。境内には万病に効くという宮前の湧水が湧いている
大行社
金剛輪寺の南参道入口近くにあり、その鎮守社として役割をもっています。本殿は三間社流造り、屋根は檜皮葺で、国の重要文化財に指定されています。
来迎寺
浄土宗の寺院で、この寺の木造阿弥陀如来坐像(重文)は写実的で端正な姿が印象的です。ヒノキの寄木造で説法院を結ぶ古式の作風がみごとです。
常念寺
室町時代に地域で勢力を誇った永原氏の菩提寺です。鎌倉後期作である本尊の木造阿弥陀如来立像は国の重要文化財になっています。境内の石造五重層塔は国指定の重要美術品です。
多賀大社
延命長寿・縁結びの神として古くから全国的な信仰を集め、豊臣秀吉の厚い信仰もありました。祭神として天照大神(あまてらすのおおみかみ)の両親の伊邪那岐命(いざなぎのみこと)と伊邪那美命(いざなみのみこと)を祀っている旧官弊大社です。「お多賀さん」の名で親しまれ、駅前の大鳥居から神社までの参道の両わきにみやげ店などが並びま...
大平観音
観音堂に祀られる桜材の木造十一面観音立像は、伊吹山で修行した円空が、県内に残した9体のうちの1体で、わずか4日間で彫られたと伝えられています。
毎月18日のみ拝観できます。(午後1時~午後4時)
高源寺
もとは天台宗に属し、十福寺と呼ばれていましたが、戦国時代に廃寺となり江戸初期に再興され、天徳山高源寺とし、臨済宗妙心寺派に属し、現在に至っています。最盛期には書院三十坪、仏殿二十五坪、奥殿三十坪、禅堂三十二坪などを要する大寺院で、常に五十有余人が住した湖東における名刹でありました。しかし、明治九年の火災により石田三成の...
円満寺(高月町)
このお堂は、日吉神社阿弥陀堂とも称されています。己高山仏教の有力寺院「惣山之七箇寺」の1つにも数えられていました。正面の厨子には本尊阿弥陀如来、向かって左に十一面観音と地蔵菩薩が安置されています。境内の向かいの鐘楼にある銅鐘は、県内最古の鐘で重要文化財に指定されています。その他神社本殿や日吉神社文書、鉄製釣灯篭や「神池...
鞭崎八幡宮
JR草津駅の南西約4km、石津寺(せきしんじ)の近くにあります。祭神は息長足姫命(おきながたらしひめのみこと)。奈良時代前期に大中清麻呂(おおなかのきよまろ)が創建したと伝えられています。昔、上洛途中の源頼朝が、この神社の森を鞭で指して名前を尋ねたことから、鞭崎八幡宮と呼ばれるようになったといいます。 表門は、明治...
法華寺
「三献の茶」で知られる秀吉と三成の出会いの地。 豊臣秀吉の奉行として活躍した石田三成は、幼少古橋の法華寺で修行をしており、秀吉に仕官するきっかけとなった「三献の茶」の故事も当地での出来事と伝わっています。秀吉亡き後、関が原の合戦に敗れた三成は、古橋山中に匿われましたが、徳川方の追及厳しく、村人に難儀が及ぶのをはばかり...
胡宮神社
足下に名神高速道路を見下ろす眺めの良い丘の上に立ち、寿福・延命に御利益があると伝えられています。青龍山(せいりゅうざん)の巨石信仰が起源といわれ祭神は多賀大社と同じ伊邪那岐命(いざなぎのみこと)・伊邪那美命(いざなみのみこと)。もとは敏満寺(びんまんじ)の鎮守社であったので、敏満寺の境内であったといわれる場所に建ってい...
両社神社
元仁年間(1224〜25)に高穴穂神社の祭神を酒井神社の境内に勧請したことが始まりといわれる。織田信長の山門焼き討ちで焼失したが、天正3年(1575)に再建され、現在の本殿は元和6年(1620)に建立されたもので、県指定文化財。
了徳寺
天然記念物のオハツキイチョウで有名です。このイチョウは毎年多くの銀杏を生じますが、中には葉面上に生じ、小形で細長く普通の銀杏と著しく形を異にするものがあります。
地主神社
葛川明王院(かつらがわみょうおういん)の横を流れる明王谷川に架けられた三宝橋のそばにあります。祭神は国常立命(くにとこたちのみこと)ですが、この地の地主神である思古淵明神(しこぶちみょうじん)も祀られています。思古淵は安曇川(あどがわ)流域に多く祀られる神で、この地域の開拓の祖神であり水の神として、崇められています。...
東門院
平安時代の延暦年間(782~805年)に「比叡三千坊」といわれる比叡山の僧坊のひとつとして最澄が開いたとされ、正式名は「比叡山東門院守山寺」といいます。
江戸時代には江戸に向かう朝鮮通信使の宿舎にもなりました。
滋賀県でも重要な寺院が名を連ねる近江西国三十三カ所霊場に数えられている名刹で、本尊の「十一面観音...
玉桂寺
信楽高原鐵道(しがらきこうげんてつどう)玉桂寺前駅の南約100mにあります。寺地は、奈良時代末期に淳仁(じゅんにん)天皇が造営した離宮「保良宮(ほらのみや)」の跡で、空海がその遺跡に一堂を建立したのが開基と伝えられている真言宗の寺院。現在は、玉樹(ぎょくじゅ)本堂と山門などが残されているのみですが、俗に「弘法さま」と...
福之島弁財天
戦国時代の天文年間に、文吉という信心深い漁師がいました。ある日嵐で難破したにもかかわらず一命をとりとめました。その夜の夢に弁財天が現れ「日頃の信心からおまえを助けた」と告げられたため、打ち上げられた砂寄州に祠を建てたのがはじまりと伝えられている。かつての弁天島周辺の湖底からは縄文時代の遺物が発見されている。