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湖東三山 西明寺(池寺)
湖東三山の一つに数えられる天台宗の寺。平安時代、仁明(にんみょう)天皇の勅願により三修上人が開山したと伝えられます。戦国時代には兵火のため荒れ果てていましたが、江戸時代中期に望月友閑(もちづきゆうかん)によって再興されました。 門をくぐると参道が続き、山坊跡の石垣が散在しており、平安、鎌倉、室町時代を通じて祈願・...
浄満寺
平安時代、慈寛大師円仁の手によると伝えられる木造薬師瑠璃光如来坐像を本尊とします。現在では浄満寺に隣接する八幡神社の境内に薬師堂(旧称 毘沙門堂)があり、そのお堂中央のお厨子の中に安置されています。この仏像については、「日本の仏像〈滋賀〉」では「持物、台座・光背は後補、漆箔も江戸時代のもののようである。プロポーション...
白鬚神社
JR近江高島駅の南約2kmにある神社。湖中に朱塗りの大鳥居があり、国道161号線をはさんで社殿が立つ。「白鬚さん」「明神さん」の名で広く親しまれ、また、「近江の厳島(いつくしま)」とも呼ばれています。 社名のとおり、延命長寿・長生きの神様として知られ、また、縁結び・子授け・開運招福・学業成就・交通安全・航海安全な...
赤野井別院・東別院
真宗本願寺派赤野井別院(西)、真宗大谷派赤野井別院(東)の2か寺があり、室町期の近江の布教活動の中心となり、蓮如上人ゆかりの寺院として知られています。
赤野井西別院は旧名を「顕証寺」といい、本願寺中興の祖・蓮如上人の時代の道場に直接の起源をもちます。
蓮如上人は、若い頃から守山に京都から足を運んでいました。...
玉林寺(藤樹墓所)
墓所は、JR安曇川駅の南東、藤樹神社や藤樹書院のすぐ近くの、大台真盛宗の寺院玉林寺にあります。 墓は約8m四方の方形の中にあり、杉とカナメモチの生け垣を巡らせ、その内周を石造の斎垣(いがき)で囲んでいます。墓は3基あり、中江藤樹の墓は左奥のものです。右奥にあるのは藤樹の母の墓で、この2基は南向きに立っています。そして...
犬上神社(豊郷町)
祭神は日本武尊の第一王子稲依別王(いなよりわけのみこと)で、犬上君の始祖といわれています。王がこの地を治めた頃、農業を勧めたので稲神と称し、犬上の地名は稲神の転じたものとする説があります。神殿はささやかながら犬上郡の鎮守だともいいます。王の子孫は代々犬上郡を領して犬神君と称しました。
西江寺
西江寺(せいごうじ)は、平安時代中期、藤原頼道によって荒谷山に建立された釈迦堂が起源とされる、臨済宗東福寺派の寺院です。智証大師の作とされる安産守護仏観世音菩薩が本尊です。また、西近江七福神の弁財天が祀られています。 <西江寺庭園> 江戸時代初期に造られた庭園です。四季折々の山の景色を取り入れた借景庭園として有名で...
正覚院
開基は、室町時代の末期で真源によると伝えられています。平安時代に造られた木造地蔵菩薩が、地蔵堂に安置されています。
田中神社
田中神社には、鎌倉時代の石造品が6基ほどあり、文化財として大切にされています。また、毎年5月4日には、勇壮な流鏑馬神事で有名な「田中祭」が催され、鉦や太鼓の音も賑やかに氏子が参道を練り歩き、その年の豊作を祈ります。
兵主大社
旧中主町のほぼ中央にある神社で、平成30年には建立1,300年を迎える歴史ある神社です。祭神は大己貴命(おおなむちのみこと)、別名八千矛神(やちほこのかみ)です。奈良時代初めの創建という、県下でも有数の古社です。 約3万4000平方メートルという広大な境内の入口には、足利尊氏の寄進と伝えられる朱塗りの楼門(ろう...
湯谷神社
その昔、出雲の人が諸国行脚の途中に、この地で湯泉を見つけ祠(ほこら)を立てたのが湯谷神社のはじまりと伝えられています。 毎年10月に行なわれる米原曳山まつりでは、いつも静かな社が、熱気と祭シャギリに包まれます。
阿弥陀寺(西浅井町)
本尊の阿弥陀如来立像は、鎌倉期「巧匠法眼行快」の作で、国の重要文化財に指定されています。また、この寺の「開けずの箱」の中に保存されていた古文書65冊と古絵図一幅もまた、国宝となっています。
弘善館
菅山寺の里坊。鎌倉時代の銅鐘(重文)、平安時代の十一面観音立像など、菅山寺の寺宝が拝観できます。菅山寺のご朱印もこちらでいただけます。
大鳥神社
JR甲賀駅の北東約1.4kmにある神社です。祭神は、素盞嗚尊(すさのおのみこと)。 平安時代の創建と伝えられ、鎌倉時代から室町時代にかけては、近江守護である佐々木氏の崇敬が厚く、また、安土・桃山時代には豊臣秀吉が社領を寄進したといわれています。 鳥居をくぐって立派な石橋を渡ると社殿に着きます。神仏習合の関係か...
水尾神社
水尾神社(みおじんじゃ)の祭神は垂仁天皇で、古代この地に栄えた豪族水尾君一族の祖とされています。近くには、鴨稲荷山古墳や拝戸の古墳群もあり、このあたりが古代文化の一つの中心圏をなしていたことが知られます。統治者、政治家、経営者など人の長たるべき人の神、更には安産、子授け、厄除けの神として崇敬されています。
奥石神社
観音寺山(繖山(きぬがさやま)432.7m)の南、国道8号線と東海道新幹線が立体交差する地点にある老蘇(おいそ)の森の中にあります。祭神は、藤原氏の祖である天津児室根命(あまつこやねのみこと)です。創祀については明らかではありません。もともと、この神社は繖山山頂の磐座を遠拝する祭祀場として営まれたものであるといわれて...
【テスト】テストスポット
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全長寺
文明元年(1469)僧全長、池原村字新堂に阿弥陀如来を本尊とする浄土宗の一宇を開き全長坊(ぜんちょうぼう)と称す。大永6年(1526)全長示寂を前に禅門に帰依し、同郡椿坂村曹洞宗桂照院二世頤正全養に請うて全長坊を託す。慶長2年(1597)頤正禅師、全長の意を受け全長坊を曹洞宗に転じ、寺名を久沢山全長寺と改め、当寺の開山...
馬の寺「石馬寺」
静かな木立の中の乱れ石積みの坂を上りつめると、古刹石馬寺(臨済宗妙心寺派禅宗寺院)が現れます。寺伝によると、1400年前に聖徳太子が当地を訪れ、山麓の松の木に馬をつなぎ、霊地を探して山上に登り、戻るとその馬は石になって池に沈んでいたことから、これに霊異を感じた太子が開基したと言われています。聖徳太子直筆の「石馬寺」の三...
慈眼堂
天海大僧正の廟所。境内には、江戸時代以降の歴代天台座主の墓があり、徳川家康や紫式部の供養塔もある。