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雲冠寺跡の龍王宮
古今集にも数多くの歌人たちが詠った鏡山。 山頂近くには聖徳太子26歳の時(600)に自ら観音像を彫られ創建された雲冠寺(うんかんじ)跡があります。 嵯峨天皇(809〜823)の時、伝教大師(最澄)(767〜822)に勅旨が下り再建。堂塔僧坊五堂、精舎千坊(1000坊)が立ち並んだといわれます。 その雲冠寺(うんか...
邇々杵神社
村の東部、国道367号の東にある宮前坊の氏神で、邇々杵尊(ににぎのみこと)が祭神です。 木造の二重多宝塔は、朽木神宮寺(くつきじんぐうじ)に属していましたが、邇々杵神社の奥の院の塔とも考えられています。どっしりとした安定感がある塔で、宝塔内には木造釈迦如来像と23躯の薬師如来像が安置され、古来から信仰を集めていま...
沙沙貴神社
「沙沙貴神社」は古代の「沙沙貴山君」が崇敬した「延喜式」式内社である。 近江国の蒲生野にあり、古くから沙沙貴郷あるいは佐々木庄と称されたこの地は、宇多源氏佐々木発祥地であり近江守護である佐々木一族、沙沙貴郷33村を始めとする人々の信仰を集めた。 平安・鎌倉様式を継承し江戸中期に再建された茅葺きの「楼門」や、東...
大吉寺
平安時代前期、土地の豪族浅井(あざい)家が比叡山(ひえいざん)の安然(あんねん)と協力の上、開いたと伝えられる天台宗の霊場。平安時代後期、平治(へいじ)の乱で敗北した源氏は、東国を目指して落ち延びましたが、その時13歳の頼朝(よりとも)は一行とはぐれ、この寺に難を逃れたといわれています。後に頼朝は鎌倉に幕府を開き、塔...
祥瑞寺
華叟宗曇が開祖の寺院で、その弟子である一休宗純が青年時代ここで修行をしたことで有名。
長命寺
市の北西端、長命寺山(333m)の標高約250mの山腹にある寺院。西国三十三カ所第31番札所で、「八千年や柳に長き命寺、運ぶ歩みのかざしなるらん」という詠歌のとおり、「寿命長遠」の御利益があるとされています。3世紀後半から4世紀初頭の景行天皇の時代、武内宿禰(すくね)がこの山で長寿を祈ったといい、開基は聖徳太子と伝え...
西明禅寺
綿向山(わたむきやま)(1110m)の支峰、竜王山(826.3m)の深い緑に包まれてたたずむ臨済宗永源寺派の寺院。奈良時代、土地の人々が姿かたちの美しい綿向山に神が棲むとしてこれを崇め、人々が修行できる寺を建てました。これが、西明禅寺の前身といわれます。戦国時代に村人たちが財を出しあって焼け残った仏像を安置して再興し、...
吉祥寺
木造阿弥陀如来坐像は重要文化財指定で藤原時代の作品です。微笑をたたえた面相からは無限のあたたかさを感じさせられます。
園養寺
平安時代、最澄開基の天台宗寺院。 近江西国三十三ヶ所観音霊場第32番 この寺を「牛の寺」と呼んでいる。平和の使者ともいうべき牛を祀っている。また、江戸時代に境内から野洲川を渡る人が手に取るように見える。一説には東海道を急ぐ人々を探っていたと言う。
水尾神社
水尾神社(みおじんじゃ)の祭神は垂仁天皇で、古代この地に栄えた豪族水尾君一族の祖とされています。近くには、鴨稲荷山古墳や拝戸の古墳群もあり、このあたりが古代文化の一つの中心圏をなしていたことが知られます。統治者、政治家、経営者など人の長たるべき人の神、更には安産、子授け、厄除けの神として崇敬されています。
豊国神社(長浜市)
安土桃山時代、秀吉の没後に長浜の町民がその遺徳を偲んで建立。事代主大神、豊臣秀吉、加藤清正、木村重成を祭神としています。 大坂夏の陣で豊臣家が滅びると、徳川幕府は神社を取り壊すよう命じました。町民は、一時、祭神を町年寄の家へ移し、八幡宮の古堂を移築して、商売の神様である恵比須神を前立に、奥殿に秀吉像をひそかに祀り...
山津照神社
老樹に囲まれた落ち着いた雰囲気の神社で、奈良時代息長氏祖神を祀って創建されたといわれます。祭神は国常立尊(くにのとこたちのみこと)。鎌倉中期に後鳥羽天皇が宝剣を奉納したと伝えられています。 参道拡張工事で発見された前方後円墳の山津照神社古墳は、息長氏一族で神功皇后(じんぐうこうごう)の父、息長宿禰王(おきながすくね...
三井寺(園城寺)
天台寺門宗の総本山。境内に天智・天武・持統の三天皇の御産湯に用いられたとされる霊泉(井戸)があることから、「御井(みい)の寺」と称され、後に「三井寺」と通称されるようになった。国宝の金堂を始め、西国第十四番札所の観音堂、釈迦堂、唐院など多くの堂舎が建ち並び、国宝・重要文化財は一〇〇余点を数える。
【その...
福之島弁財天
戦国時代の天文年間に、文吉という信心深い漁師がいました。ある日嵐で難破したにもかかわらず一命をとりとめました。その夜の夢に弁財天が現れ「日頃の信心からおまえを助けた」と告げられたため、打ち上げられた砂寄州に祠を建てたのがはじまりと伝えられている。かつての弁天島周辺の湖底からは縄文時代の遺物が発見されている。
山村神社
祭神は天之神と菅原道真で昔から「占石」をもつことで有名です。「近江興地志略」に「社壇に1尺ばかり円石があって参詣者が吉凶を占ってほしいときは神主に頼むと神前でそのことを高く唱える。吉のときは軽く挙がり、凶の時は盤石の如く重い。近国の人々の参詣が多い。」と記述されています。
福明寺
高嶺地区にある真言宗の寺院。木造地蔵菩薩坐像は、県指定の重要文化財で、胎内に建仁元年(鎌倉時代)の墨書きがある。
津野神社
祭神は「紀角宿弥」で「角凝魂命」「武内宿弥」を配祀する角郷の総地主神です。日置神社とともに、毎年4月第3日曜日には「川上祭」(別名サンヤレ祭)が盛大に行われ、多くの見物客でに賑わいます。
大日堂
慈覚大師が中国から持ち帰った近江妙蓮という珍しい蓮の花が咲きます。8月の開花の数によってその年の豊凶を占っていました。それを記録した史料も残っています。
吉御子神社
第十代崇神天皇68年(紀元前30年)石部山に御神降があり、 垂仁天皇2年(紀元前28年)宇加之彦の子、吉比古、吉比女の神を黒の御前に 神籠(ひもろぎ)を建てて祀り、谷黒乃御前大明神と称していました。
嵯峨天皇弘仁3年(812年)山崩れにより現鎮座地に移し 承平5年(935年)吉比古、吉比女神を、末社より本社...
石道寺
己高山麓にある真言宗豊山派の寺。平安末期の作と伝えられる本尊の十一面観音像は国指定の重要文化財です。 欅の一木造りの唇には紅をひとすじ残しており、往時は極彩色の仏さまであったことがうかがわれます。ゆるやかな姿態に流れるような衣をまとい、柔和で穏やかな印象を与えます。 また、井上靖の「星と祭」にもでてくる子授けの観音...