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菅山寺
大箕(だいき)山中にある、真言宗豊山派の古刹。奈良時代、孝謙天皇の勅を受けた照檀上人が開山、龍頭大箕寺と称し、平安前期に菅原道真が宇多天皇の勅使として入山、3院49坊を建てて大箕山菅山寺と改名しました。 江戸時代になって徳川家康の強い要望により、鎌倉の中期に専暁上人が唐から持ち帰った教典約7000巻(国宝)のうち...
慶雲館
長浜市では、まちの迎賓館として建造された『慶雲館』を、新たな観光施設として整備し、平成16年7月より一般公開します。 早春には「長浜盆梅展」の会場として多くの観光客で賑わうこの建物は、明治時代、長浜の豪商・浅見又蔵氏が、明治天皇行幸に合わせ、私財を投じて建設した長浜の迎賓館です。『慶雲館』という名称は、その荘厳美...
賤ヶ岳古戦場
安土桃山時代、本能寺の変で織田信長が倒れた後、明智光秀を討ち実質的な主導権を握っていた豊臣秀吉と、織田家の旧臣中第一の家柄を誇る柴田勝家との間で権力争いが生じ、ついに武力をもって決着を付けようとしました。これが俗にいう「賤ヶ岳の合戦」です。余呉湖を挟んで、両軍は北と南で睨み合っていましたが、天正11(1583)年の4...
宝厳寺(竹生島観音)
真言宗豊山派、巌金山の号を持つ、西国三十三観音霊場第30番札所。本尊の大弁財天は、江ノ島・宮島と並ぶ「日本三弁才天」の一つです。、都久夫須麻神社に続いている舟廊下は、豊臣秀吉の御座船を利用して作られたもので、国の重要文化財になっています。その入り口に立つ唐門は国宝であり、こちらは京都東山の豊国廟から移築されたものです...
北国街道米原宿
現在のJR米原駅東口側にあたる米原宿は北国街道の宿場でした。 筑摩江(入江内湖)に米原湊が開かれ湖上交通の要衝として栄えました。付近には枯山水庭園が名勝に指定されている青岸寺があります。
街道には、北国街道と中山道へ抜ける道への分岐点を標す道標(1846年に再建)が残ります。
長尾寺
長尾寺は、仁寿年間(851〜854年)に僧三修によって創建されたと伝えられる伊吹山寺の一寺院です。
伊吹山寺とは伊吹山に展開した山岳寺院で、弥高護国寺・太平護国寺・観音護国寺と長尾護国寺をさします。
元慶二年(878年)には、国家公認の定額寺となります。寺の縁起書には白雉二年(651年)の開基と記されています...
旧開知学校
明治7年(1874)に町民の寄付によって神戸町(現在の元浜町の一部)に建てられた、現在の長浜小学校の前身となる洋風の木造校舎の建物。三階建ての上に八角形の櫓をのせたユニークなデザインであった。建造以降、幼稚園・高等女学校などとして使われ、昭和12(1937)年には現在地に移転し、以後はさまざまな業種に利用されていた。平...
北国街道 木之本宿
地蔵院の門前町として栄えたところ。 北国街道と北国脇往還が交わる宿場町で、旅人と木之本のお地蔵さんの参拝客で賑わいました。 木之本宿には昭和の初めまで中央に小川が流れ、柳の木が植えられた宿場らしい風情を残していましたが、今では埋め立てられ、商家の家並みに昔の風情を残しています。
西野薬師堂
かつて西野の小字寺山に天台宗の泉明寺と称する寺があり、大友皇子の末裔・西野丹波守家澄が菩提寺として庇護したといわれる。その後度重なる戦乱により荒廃したが、村人によって守られてきた。 堂内には、ふっくらとして穏やかな表情で肉付き豊かな十一面観音とふくよかで目鼻立ちの整った相好の薬師如来像が安置されています。
鶏足寺(旧飯福寺)
ゆるやかな参道の石段、両側のこけむした石垣、台地の佇(ただずみ)は、往時を偲ぶに十分ですが、秋は境内を埋める200本に及ぶもみじの古木の紅葉でより一層の由緒深さを感じるものがあります。 カエデ(モミジ)中心で、色は赤色が美しい。 ※ 鶏足寺は724年に僧行基(ぎょうき)によって創建されたが一度荒廃する。後に799年...
三島池
周囲約780m、面積3万9000平方メートルあります。今から700年ほど前に、農業用水池として造られた楕円形の池です。三島神社との関係が深く、昔から鳥獣や魚貝類が保護されてきました。 日常の水位50cm前後で、水質は清冷。多くの生物が生息し、さまざまな水鳥や野鳥が飛来します。昭和32年(1957)マガモの自然繁殖...
伊夫岐神社
いつ創祀されたのかは不明ですが、最初は伊吹山山頂にあったといわれています。昔から雨乞いの神様として信仰を集め、老樹の間に本殿が静かに立っています。
五色の滝
五色の滝は、曲谷集落から約一時間かけて山道を登った先にある秘境です。伊吹山系を源としており、なめらかな岩肌を滑る落ちる姿は壮観です。 ※クマ出没にご注意ください。
野瀬山城跡(長比砦)
滋賀県と岐阜県にまたがる野瀬山に浅井氏が築いた城で、その後織田信長も入城しています。現在も往時の土塁などがよく残っています。
丸山古墳
丸山古墳は、虎御前の最南端に位置する独立丘陵、通称「丸山」の頂上に古墳時代の初期(1600年前)に築造された日本最古の古墳で、その墳形は円墳です。内部は粘土槨棺と思われ、本館のまわりを粘土と朱で固めたものと推定されています。 多数の土器片とともに発掘された青銅製の唐草紋緑細線式獣帯鏡は日本最初の発掘物であり、紀元前に漢...
木之本町スティックホール
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須賀谷温泉
小谷山南東麓、谷間の集落にあり、戦国時代には浅井長政(あざいながまさ)をはじめ、夫人のお市(いち)の方や家臣の武将たちが、湯治(とうじ)に訪れたといわれる名湯です。含(がん)ヒドロ炭酸鉄泉(たんさんてっせん)で、貧血、冷え症、胃腸病、神経痛、疲労回復などに効能があります。大正(たいしょう)末期に有名になり、第二次世界大...
茶わん祭りの館
余呉町上丹生の丹生神社の大祭「茶わん祭」。県の無形民俗文化財に指定されており、祭りのシンボルである曳山のレプリカをはじめ、数々の衣装、道具を展示している。
長浜ヨットハーバー
マリーナ:保管のみ
渡岸寺観音堂(向源寺)
お堂に安置される十一面観音は、日本全国に七体ある国宝十一面観音の中でも最も美しいとされる日本彫刻史上の最高傑作といわれ、祈りの仏にふさわしい、慈愛に満ちたお姿の観音さまです。