観光スポット

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雪野山歴史公園

雪野山歴史公園

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東近江市
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東近江市・近江八幡市及び竜王町にまたがる雪野山(308.8m)の山頂にある4世紀中頃の古墳。平成元年(1989)に全国でも珍しい未盗掘の状態で発見され、話題を呼びました。墳頂部に竪穴式石室1基があり、副葬品も多く出土しました。
 竪穴式石室の基軸は南北方位で、材質は壁面・天井石ともに湖東流紋岩です。床面に粘土床を設...

千僧供古墳群

千僧供古墳群

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近江八幡市
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千僧供古墳群は、近江八幡市の南東部の平地にある古墳群で、現在、供養塚古墳・住蓮坊古墳・岩塚古墳・トギス塚古墳の4基の古墳が残されています。この地域における5世紀中頃から7世紀にかけての在地首長の系譜をたどることのできる古墳群として重要です。

地域が運営する”千僧供地域歴史資料館”にお越しください。
*開館時間は...

醒井地蔵尊・地蔵堂

醒井地蔵尊・地蔵堂

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米原市
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弘仁8年、大干ばつの時、伝教大師が醒井で地蔵菩薩を彫刻して降雨を祈願し、大雨が3日間降り続いたという。御丈1丈2尺の花崗岩による丸彫りの座像。初めは水中に安置されていたので、尻冷やし地蔵と呼ばれていた。魚を供養するために祀られたともいわれている。
 また、地蔵堂は江戸時代、大垣城主石川日向守が病気全快を感謝して建立した...

明智塚

明智塚

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大津市
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坂本城は、1571年の延暦寺焼き打ち直後、織田信長の命により明智光秀が琵琶湖岸に築城。安土城に次いで絢爛豪華な城であったといわれる。1582年の本能寺の変の後、羽柴秀吉軍の攻撃により落城。城内と推測される場所に光秀の供養塚と伝わる明智塚がある。

豊国神社(長浜市)

豊国神社(長浜市)

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長浜市
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安土桃山時代、秀吉の没後に長浜の町民がその遺徳を偲んで建立。事代主大神、豊臣秀吉、加藤清正、木村重成を祭神としています。
 大坂夏の陣で豊臣家が滅びると、徳川幕府は神社を取り壊すよう命じました。町民は、一時、祭神を町年寄の家へ移し、八幡宮の古堂を移築して、商売の神様である恵比須神を前立に、奥殿に秀吉像をひそかに祀り...

秀吉・三成出逢いの像

秀吉・三成出逢いの像

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長浜市
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長浜市石田町生まれの三成が、観音寺で修行をしていたある日のこと。
当時長浜城主だった秀吉が鷹狩りの途中に立寄ったところ、最初は大きい茶碗にぬるいお茶をなみなみと、次は前より少し熱くして半分ほどのお茶を、最後には小さな茶碗に熱くした少しのお茶を差しだしました。
この三成の心配りに感心した秀吉は、やがて三成を召抱え...

沙沙貴神社

沙沙貴神社

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近江八幡市
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「沙沙貴神社」は古代の「沙沙貴山君」が崇敬した「延喜式」式内社である。
 近江国の蒲生野にあり、古くから沙沙貴郷あるいは佐々木庄と称されたこの地は、宇多源氏佐々木発祥地であり近江守護である佐々木一族、沙沙貴郷33村を始めとする人々の信仰を集めた。
 平安・鎌倉様式を継承し江戸中期に再建された茅葺きの「楼門」や、東...

穴太地蔵

穴太地蔵

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大津市
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伝教大師最澄が六道に迷い苦しむ衆生を救うため六体を早尾のお堂に納め、のち慈覚大師円仁が広く衆生が石地蔵を拝めるように東坂本の6カ所に分置したと伝えられる。穴太地蔵はその一つで、曲がり角にあることから「まわり地蔵」とも呼ばれている。地蔵堂が集落の入り口にあり、病気や災いが村の外から入ってくるのを防いでいるという信仰から「...

浮御堂(満月寺)

浮御堂(満月寺)

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大津市
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近江八景「堅田の落雁」で名高い浮御堂は、寺名を海門山満月寺という。平安時代、恵心僧都が湖上安全と衆生済度を祈願して建立したという。現在の建物は昭和12年の再建によるもので、昭和57年にも修理が行われ、昔の情緒をそのまま残している。境内の観音堂には、重要文化財である聖観音座像が安置されている。

【阿波野青畝句碑】
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近松勘六ゆかりの家

近松勘六ゆかりの家

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野洲市
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忠臣蔵で有名な赤穂四十七士の一人「近松勘六」ゆかりの家があります。主君・浅野内匠頭切腹後、勘六はこの家に姿を隠し、のち大石内蔵助とともに討ち入りにのぞんだのです。近松家では今も勘六の遺留品が残されています。

狛坂磨崖仏

狛坂磨崖仏

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栗東市
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金勝山中の大津市との境界に近いところに、狛坂寺跡と向かい合うかたちで、大きな花崗岩の磨崖面に、高肉に三尊仏を刻みだしています。高さ約6m、幅3.6mの壁面に高さ3メートル、顔幅70cmの阿弥陀如来坐像を中尊として、観音・勢至の両脇侍を刻み、その周囲に12体の仏像が半肉彫りされています。
 中央にある阿弥陀如来は、格...

市辺押磐皇子御陵

市辺押磐皇子御陵

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東近江市
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近江鉄道市辺駅の南東約1.2kmのところにあります。円墳が2基あり、東方のものが皇子の墓で周囲約50mという大きさです。西方にあるのは、皇子の従人であった悵内佐伯部売輪(とねりさえきべのうるわ)の墓と伝えられています。これは周囲約25mです。
 5世紀の中頃、安康(あんこう)天皇が従兄弟である市辺皇子に皇位を譲ろう...

紀貫之の墓

紀貫之の墓

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大津市
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古今和歌集の代表歌人として名高い紀貫之の墓が、比叡山の中腹にひっそりと建っている。坂本ケーブルの「もたて山駅」から南に300メートルのところにある。

大平観音

大平観音

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米原市
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観音堂に祀られる桜材の木造十一面観音立像は、伊吹山で修行した円空が、県内に残した9体のうちの1体で、わずか4日間で彫られたと伝えられています。

毎月18日のみ拝観できます。(午後1時~午後4時)

帆立貝形古墳 雨宮古墳

帆立貝形古墳 雨宮古墳

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竜王町
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雨宮古墳は、竜王町の平野部の最奥部の祖父川が形成した谷の入り口付近に位置し、南から北へ伸びる丘陵から派生した舌状の支脈上に築かれた帆立貝形古墳です。
全長82m、後円部径67m、後円部高9m、前方部長22m、前方部幅35m、前方部高1.9mを測り、外堤をもつ一重の周壕をめぐらせています。滋賀県下第三位 の規模で、発掘...

徳源院(清瀧寺)・京極家墓所

徳源院(清瀧寺)・京極家墓所

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米原市
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弘安9年(1286)、京極氏の初代氏信が建立。京極家歴代の菩提寺である天台宗の寺。京極氏は、鎌倉中期に近江で勢力を振るっていた近江源氏佐々木氏から分かれ、家名は氏信の宿所が京都の京極高辻(きょうごくたかつじ)にあったことによります。
 国の史跡に指定されている墓域には一族の墓が存在し、閑静なただずまいを見せる境内に...

常夜燈

常夜燈

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愛荘町
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中山道愛知川を照らす常夜燈。祇園神社境内西隅に国道8号向きを正面として建てられています。石造大型の燈で、弘化3年(1846)2月の銘があり、寄進者47名と石工の名も銘刻しています。燈の高さは4m35cm。

馬の寺「石馬寺」

馬の寺「石馬寺」

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東近江市
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静かな木立の中の乱れ石積みの坂を上りつめると、古刹石馬寺(臨済宗妙心寺派禅宗寺院)が現れます。寺伝によると、1400年前に聖徳太子が当地を訪れ、山麓の松の木に馬をつなぎ、霊地を探して山上に登り、戻るとその馬は石になって池に沈んでいたことから、これに霊異を感じた太子が開基したと言われています。聖徳太子直筆の「石馬寺」の三...

源内塚

源内塚

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守山市
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平治元年(1159年)12月27日、当時十三歳の源頼朝は、平治の乱に敗れて、京から東国へ敗走する途中、野路(草津市)あたりから馬上で居眠りをし、父・義朝一行からはぐれて一騎で守山に入りました。

その時、源内兵衛真弘らが頼朝の首を獲ろうと襲いかかりましたが、頼朝は「髭切り」と呼ばれる名刀で源内を一刀両断にしました。...

若宮氏館跡

若宮氏館跡

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米原市
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山内一豊の妻の千代は、若宮喜助友興(わかみやきすけともおき)の子として、弘治三年(1557年)にここで生まれと言われています。永禄九年(1566年)に父友興が戦死し、叔母の夫の不破氏に養われていましたが、その後再び飯村に戻りました。この頃、隣村(宇賀野村)の長野家に身を寄せていた山内一豊母子と出合い、一豊の妻になったさ...