観光スポット

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八講堂千体地蔵

八講堂千体地蔵

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大津市
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山の辺の道沿いにある地蔵。昔八講堂があった場所の付近からたくさん発見された。

弘文天皇陵

弘文天皇陵

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大津市
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大津市役所の裏手にある森。弘文天皇(648-672)は天智天皇の皇子である大友皇子です。天智天皇が大津京で没すると、皇位継承(こういけいしょう)をめぐって実の叔父である大海人皇子(おおあまのおうじ)(?-686)と古代最大の内乱・壬申(じんしん)の乱(天武(てんむ)元年・672)で争い悲惨な最期(さいご)を遂げました...

茶臼山古墳

茶臼山古墳

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大津市
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茶臼(ちやうす)山(155m)中腹にある県下第2位の規模を誇る大古墳で国指定の史跡です。
 古墳時代前期に属する4世紀末から5世紀初頭のものと推定されています。彦坐王(ひこいますおう)とも大友皇子一族の墓ともいわれますが、被葬者については明らかではありません。
 全長122m・後円部径70m、高さ8m、前方部の長...

狛坂磨崖仏

狛坂磨崖仏

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栗東市
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金勝山中の大津市との境界に近いところに、狛坂寺跡と向かい合うかたちで、大きな花崗岩の磨崖面に、高肉に三尊仏を刻みだしています。高さ約6m、幅3.6mの壁面に高さ3メートル、顔幅70cmの阿弥陀如来坐像を中尊として、観音・勢至の両脇侍を刻み、その周囲に12体の仏像が半肉彫りされています。
 中央にある阿弥陀如来は、格...

明智塚

明智塚

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大津市
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坂本城は、1571年の延暦寺焼き打ち直後、織田信長の命により明智光秀が琵琶湖岸に築城。安土城に次いで絢爛豪華な城であったといわれる。1582年の本能寺の変の後、羽柴秀吉軍の攻撃により落城。城内と推測される場所に光秀の供養塚と伝わる明智塚がある。

玉林寺(藤樹墓所)

玉林寺(藤樹墓所)

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高島市
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墓所は、JR安曇川駅の南東、藤樹神社や藤樹書院のすぐ近くの、大台真盛宗の寺院玉林寺にあります。
墓は約8m四方の方形の中にあり、杉とカナメモチの生け垣を巡らせ、その内周を石造の斎垣(いがき)で囲んでいます。墓は3基あり、中江藤樹の墓は左奥のものです。右奥にあるのは藤樹の母の墓で、この2基は南向きに立っています。そして...

藤尾磨崖仏

藤尾磨崖仏

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大津市
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大津市と京都の境にある藤尾磨崖仏です。延応2年(1240年)の作とされている磨崖仏です。磨崖仏は堂内に安置されておりますのでゆっくりとご覧いただけます。

皇子山古墳

皇子山古墳

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大津市
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京阪電鉄近江神宮前駅の西方、皇子が丘公園の北の皇子山(164m)頂上にあります。4世紀後半に築かれた市内最古の古墳で、国指定の史跡です。
 全長60m、堀の一部が残り葺石(ふきいし)が敷かれています。形としては、奈良盆地に成立した大和朝廷の大王の墓によく見られるような前方後円墳ではなく、前方後方墳の形をしています。当...

仁王尊

仁王尊

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竜王町
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西光寺跡地のお堂に祀(まつ)られている石の仁王尊で、そのうちの一体は、昔、山崩れの際に地下に埋没されたといわれています。
昔から「足の病を癒してくださる」と言い伝えがあり、毎年7月に開かれる千日会(せんにちえ)には、草鞋(わらじ)をお供えする風習があって平癒(へいゆ)を願う参拝者が今も絶えません。

徳源院(清瀧寺)・京極家墓所

徳源院(清瀧寺)・京極家墓所

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米原市
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弘安9年(1286)、京極氏の初代氏信が建立。京極家歴代の菩提寺である天台宗の寺。京極氏は、鎌倉中期に近江で勢力を振るっていた近江源氏佐々木氏から分かれ、家名は氏信の宿所が京都の京極高辻(きょうごくたかつじ)にあったことによります。
 国の史跡に指定されている墓域には一族の墓が存在し、閑静なただずまいを見せる境内に...

中川清秀の墓

中川清秀の墓

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長浜市
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賤ケ岳の合戦は天正11年(1583)4月20日の早暁に、その幕が切って落とされました。大岩山は、左に賤ヶ岳、右に岩崎山、前方に神明山、と味方の軍に囲まれ、比較的安全な砦でした。しかし柴田勝家側の武将左久間盛政は、ここに奇襲をかけたのです。
 砦を守っていた中川清秀は、不意をつかれ驚きましたが、すぐに応戦し、一時は敵...

逢坂山関址

逢坂山関址

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大津市
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京阪電鉄大谷駅の東約100m、国道1号沿いに「逢坂山関跡」の記念碑が立っています。
 逢坂越は、都と東国・北国を結ぶ東海道・東山道・北陸道の3つの主要道路が集中する交通の要衝でした。
 古くから貴族や武将をはじめ、文人墨客(ぶんじんぼっきゃく)がこの道を通過し、この関所や峠を題材にした作品が万葉集や古今集に多く残...

泣き地蔵

泣き地蔵

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栗東市
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その昔、旧信楽道のこの辺りには、旅人を泣かせるほどの坂があったことから、安全祈願のために花崗岩の巨石に薬師・釈迦・阿弥陀の三体の如来像が刻まれたと伝わる。

椿山古墳

椿山古墳

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栗東市
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墳長99mの帆立貝形の前方後円墳で、この形では滋賀県下最大規模。周濠を持っており、栗東市内最大の古墳です。出土品は5世紀前半〜中頃の首長墓で、鉄剣や甲冑などがみつかっています。

竜が丘俳人墓地

竜が丘俳人墓地

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大津市
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国道1号線に面した小丘にある墓地。昭和40年(1965)の補修で塚の位置が少し変わっていますが、江戸時代、内藤丈草(ないとうじょうそう)(1661-1704)が師匠である松尾芭蕉追悼のために建てた経塚を中心に、俳人の墓が並んでいます。
 内藤丈草をはじめ、水田正秀・蝶夢(ちょうむ)・巴静(はじょう)・森谷祐昌(もりや...

生源寺

生源寺

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大津市
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京阪電鉄坂本駅のすぐ北側にあります。天台宗。日吉大社大鳥居のすぐ前にある比較的こぢんまりとした寺院で、奈良時代後期、最澄(さいちょう・767-822)によって開山されたと伝えられます。また、最澄の生誕地といわれ、延暦寺の中でも特別な霊地として崇められています。
 山門のかたわらに「開山伝教大師御生誕地(かいざんでん...

穴太地蔵

穴太地蔵

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大津市
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伝教大師最澄が六道に迷い苦しむ衆生を救うため六体を早尾のお堂に納め、のち慈覚大師円仁が広く衆生が石地蔵を拝めるように東坂本の6カ所に分置したと伝えられる。穴太地蔵はその一つで、曲がり角にあることから「まわり地蔵」とも呼ばれている。地蔵堂が集落の入り口にあり、病気や災いが村の外から入ってくるのを防いでいるという信仰から「...

義仲寺

義仲寺

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大津市
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JR膳所駅・京阪電鉄膳所駅の北約300mにある寺院。義仲寺の名は、平家討伐の兵を挙げて都に入り、帰りに源頼朝軍に追われて粟津(あわづ)の地で壮烈な最期を遂げた木曽義仲(きそよしなか)(1154-84)をここに葬ったことに由来しています。近江守護であった佐々木六角が、室町時代末期に建立したといわれています。
 江戸時...

茶臼山古墳(長浜市)

茶臼山古墳(長浜市)

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長浜市
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姉川古戦場を望む自然の山を利用した前方後円墳です。後円部の登り口から多数の円筒埴輪の破片が出土しました。市内では最も完全形に近い古墳です。

馬の寺「石馬寺」

馬の寺「石馬寺」

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東近江市
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静かな木立の中の乱れ石積みの坂を上りつめると、古刹石馬寺(臨済宗妙心寺派禅宗寺院)が現れます。寺伝によると、1400年前に聖徳太子が当地を訪れ、山麓の松の木に馬をつなぎ、霊地を探して山上に登り、戻るとその馬は石になって池に沈んでいたことから、これに霊異を感じた太子が開基したと言われています。聖徳太子直筆の「石馬寺」の三...