観光スポット

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悠久の丘 蒲生あかね古墳公園

悠久の丘 蒲生あかね古墳公園

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東近江市
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この公園は、滋賀県史跡木村古墳群の保護と活用を目的に復元した史跡公園です。また、この古墳群は5世紀を中心とした古墳群で、天乞山古墳と久保田山古墳の2基を原寸大に復元しました。 この公園は、古墳を正しく理解するために活用し、また楽しく歴史に親しんでもらうために作られたものです。◆天乞山古墳(9742平方メートル):2方向...

仁王尊

仁王尊

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竜王町
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西光寺跡地のお堂に祀(まつ)られている石の仁王尊で、そのうちの一体は、昔、山崩れの際に地下に埋没されたといわれています。
昔から「足の病を癒してくださる」と言い伝えがあり、毎年7月に開かれる千日会(せんにちえ)には、草鞋(わらじ)をお供えする風習があって平癒(へいゆ)を願う参拝者が今も絶えません。

近松勘六ゆかりの家

近松勘六ゆかりの家

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野洲市
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忠臣蔵で有名な赤穂四十七士の一人「近松勘六」ゆかりの家があります。主君・浅野内匠頭切腹後、勘六はこの家に姿を隠し、のち大石内蔵助とともに討ち入りにのぞんだのです。近松家では今も勘六の遺留品が残されています。

小堀遠州出生地

小堀遠州出生地

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長浜市
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江戸期の大名であり、建築家や造園家をはじめ、茶・華・歌にもひいでた小堀遠州の出生地です。小堀遠州は天正5年(1577年)、小堀の生まれで、日本を代表する庭園といわれる大徳寺孤篷庵や桂離宮の庭園の作者として知られています。
 また、茶道を利休の高弟であった古田織部に学び、晩年には、三代将軍家光の茶道師範をつとめていま...

矢橋港跡

矢橋港跡

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草津市
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近江八景の一つ「矢橋の帰帆」として知られる矢橋は、古代から近世を通じ琵琶湖の代表的な渡船または渡しとして栄えた名所。現在は遺跡公園として復元され、脇にたたずむ弘化3(1846)年建立の常夜灯とともに在りし日の面影を今に伝えています。

馬頭観世音

馬頭観世音

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米原市
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江戸時代後期、中山道を往来する馬の息災延命を祈り、建立されました。

四足門

四足門

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長浜市
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東と西の入り口に、それぞれ茅葺の棟門があります。この門は四脚で、中世から明治維新まで集落の四方の入り口にあることから、村の出入の検察が行われたと伝えられています。昔は、東西南北の集落入り口4箇所にありましたが、現存するのは東西の2箇所のみとなっています。

逢坂山関址

逢坂山関址

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大津市
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京阪電鉄大谷駅の東約100m、国道1号沿いに「逢坂山関跡」の記念碑が立っています。
 逢坂越は、都と東国・北国を結ぶ東海道・東山道・北陸道の3つの主要道路が集中する交通の要衝でした。
 古くから貴族や武将をはじめ、文人墨客(ぶんじんぼっきゃく)がこの道を通過し、この関所や峠を題材にした作品が万葉集や古今集に多く残...

金勝山系

金勝山系

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栗東市
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国指定史跡「狛坂磨崖仏」や金勝寺、天然の奇岩を巡って琵琶湖の眺望を楽しめるハイキングコース。山麓には道の駅「こんぜの里りっとう」、ヨーロッパ風のバンガローが人気の「バンガロー村」、林業体験ができる宿泊施設「森遊館」、緑豊かな「県民の森」があります。

石田三成出生地

石田三成出生地

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長浜市
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市の東部、山東町との境界近くにある石田町は、戦国の武将・石田三成(1560-1600)が生まれた町であり、公民館前の石田家跡には、「石田治部少輔(いしだじぶしょうゆう)出生地」と刻まれた顕彰碑が立てられています。また、その付近には、一族と家臣の供養塔が、なだらかな横山を背景に立ち、ここから横山に向けてハイキングコース...

常夜燈

常夜燈

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愛荘町
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中山道愛知川を照らす常夜燈。祇園神社境内西隅に国道8号向きを正面として建てられています。石造大型の燈で、弘化3年(1846)2月の銘があり、寄進者47名と石工の名も銘刻しています。燈の高さは4m35cm。

大平観音

大平観音

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米原市
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観音堂に祀られる桜材の木造十一面観音立像は、伊吹山で修行した円空が、県内に残した9体のうちの1体で、わずか4日間で彫られたと伝えられています。

毎月18日のみ拝観できます。(午後1時~午後4時)

毛受兄弟の墓

毛受兄弟の墓

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長浜市
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賤ヶ岳の合戦において、大岩山の初戦では柴田勝家の軍が勝利を得ましたが、羽柴秀吉の素早い行動を予測しきれずに、次第に勝家側の敗色が濃くなっていきました。
 勝家は、自ら兵を率いて決戦を挑もうとしましたが、忠臣毛受勝助に諫められ、北ノ圧へ落ち延びて陣を立て直そうとしました。毛受勝肋は兄の茂左衛門とともに勝家の身代りとな...

姫塚

姫塚

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甲賀市
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長束正家の正室 栄子姫をしのぶ
慶長5年(1600)関ヶ原の合戦に敗れた水口岡山城主長束正家(豊臣家5奉行の一人)は、落城後に自刃しました。身重であった正室 栄子姫も城を脱出して出産しましたが、まもなく死没。旧臣がこれを憐れんで葬り、一個の石を置いて標識とし、その墓を慰めたといわれています。

茶臼山古墳

茶臼山古墳

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大津市
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茶臼(ちやうす)山(155m)中腹にある県下第2位の規模を誇る大古墳で国指定の史跡です。
 古墳時代前期に属する4世紀末から5世紀初頭のものと推定されています。彦坐王(ひこいますおう)とも大友皇子一族の墓ともいわれますが、被葬者については明らかではありません。
 全長122m・後円部径70m、高さ8m、前方部の長...

彦主人王御陵

彦主人王御陵

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高島市
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檜並木の参道の奥にある通称"王塚"の中にあります。 面積は約2840平方メートル。2段重ねの円墳で、周囲の3基の古墳より格段に規模が大きく、古墳時代中期のものと考えられています。被葬者は、継体(けいたい)天皇の父である彦主人王と伝えられています。安曇川町は、継体天皇にまつわる伝承地が多いことでも知られています。

寝物語の里

寝物語の里

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米原市
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岐阜県との県境にあるこの史跡は、江濃国境にまつわる「寝物語」の伝承地です。

昔、国境の小さな溝を隔てて建つ両国の旅籠の泊まり客どうしが、寝ながら話しができたことから付いた呼称です。
 安藤広重の「木曽街道六十九宿」に描かれた今須宿の図は、この地を描いたものです。現在宿等はなく、石碑のみが建っています。

穴太地蔵

穴太地蔵

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大津市
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伝教大師最澄が六道に迷い苦しむ衆生を救うため六体を早尾のお堂に納め、のち慈覚大師円仁が広く衆生が石地蔵を拝めるように東坂本の6カ所に分置したと伝えられる。穴太地蔵はその一つで、曲がり角にあることから「まわり地蔵」とも呼ばれている。地蔵堂が集落の入り口にあり、病気や災いが村の外から入ってくるのを防いでいるという信仰から「...

平家終焉の地

平家終焉の地

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野洲市
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※ 2025年11月現在 立入禁止となっています。
 野洲(やす)市は平家が果てた最期(さいご)の地です。平安時代末期、壇の浦の合戦で平家一門が滅ぼされ、一門の大将・平宗盛(たいらのむねもり)と息子清宗(きよむね)が鎌倉から京都へ送り返される途中、近江篠原(おうみしのはら)で斬殺されました。
 現在、屍(しかばね)...

弘文天皇陵

弘文天皇陵

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大津市
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大津市役所の裏手にある森。弘文天皇(648-672)は天智天皇の皇子である大友皇子です。天智天皇が大津京で没すると、皇位継承(こういけいしょう)をめぐって実の叔父である大海人皇子(おおあまのおうじ)(?-686)と古代最大の内乱・壬申(じんしん)の乱(天武(てんむ)元年・672)で争い悲惨な最期(さいご)を遂げました...