観光スポット

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皇子山古墳

皇子山古墳

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大津市
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京阪電鉄近江神宮前駅の西方、皇子が丘公園の北の皇子山(164m)頂上にあります。4世紀後半に築かれた市内最古の古墳で、国指定の史跡です。
 全長60m、堀の一部が残り葺石(ふきいし)が敷かれています。形としては、奈良盆地に成立した大和朝廷の大王の墓によく見られるような前方後円墳ではなく、前方後方墳の形をしています。当...

黒田家御廟所

黒田家御廟所

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長浜市
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当地の御廟所に祀られている黒田藩の始祖は、佐々木源氏の流れをくむ源宗清(宗満)公であり、近江国伊香郡黒田村に住み、湖北の荘園領主として黒田判官と称された。
宗清公より数えて6代目の高政公の時代に備前邑久郡福岡村に移り住むまでの約200年間は、黒田氏は6代にわたりこの地に居を構えていた。

小野妹子公園(唐臼山古墳)

小野妹子公園(唐臼山古墳)

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大津市
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遣隋使小野妹子の墓と伝わる古墳。墳丘は巨大な箱形石棺状石室が露出しています。このような墓は、ヤマト朝廷の官人層だけが造営できるという指摘もあります。

大津事件の碑(露国皇太子遭難地の碑)

大津事件の碑(露国皇太子遭難地の碑)

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大津市
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明治24年、来日中のロシア皇太子が襲われた事件で、のちに司法権独立を守ったとして有名になったところです。

平家終焉の地

平家終焉の地

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野洲市
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※ 2025年11月現在 立入禁止となっています。
 野洲(やす)市は平家が果てた最期(さいご)の地です。平安時代末期、壇の浦の合戦で平家一門が滅ぼされ、一門の大将・平宗盛(たいらのむねもり)と息子清宗(きよむね)が鎌倉から京都へ送り返される途中、近江篠原(おうみしのはら)で斬殺されました。
 現在、屍(しかばね)...

中川清秀の墓

中川清秀の墓

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長浜市
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賤ケ岳の合戦は天正11年(1583)4月20日の早暁に、その幕が切って落とされました。大岩山は、左に賤ヶ岳、右に岩崎山、前方に神明山、と味方の軍に囲まれ、比較的安全な砦でした。しかし柴田勝家側の武将左久間盛政は、ここに奇襲をかけたのです。
 砦を守っていた中川清秀は、不意をつかれ驚きましたが、すぐに応戦し、一時は敵...

黒山の石仏・石塔群

黒山の石仏・石塔群

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長浜市
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黒山は塩津街道がなかった頃、敦賀への街道筋として栄えました。焼き打ちにあいましたが、今でも、県下で6番目に古い地蔵磨崖仏を始め、石仏や石塔群が数多く残されています。

茶臼山古墳(長浜市)

茶臼山古墳(長浜市)

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長浜市
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姉川古戦場を望む自然の山を利用した前方後円墳です。後円部の登り口から多数の円筒埴輪の破片が出土しました。市内では最も完全形に近い古墳です。

茶臼山古墳

茶臼山古墳

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大津市
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茶臼(ちやうす)山(155m)中腹にある県下第2位の規模を誇る大古墳で国指定の史跡です。
 古墳時代前期に属する4世紀末から5世紀初頭のものと推定されています。彦坐王(ひこいますおう)とも大友皇子一族の墓ともいわれますが、被葬者については明らかではありません。
 全長122m・後円部径70m、高さ8m、前方部の長...

毛受兄弟の墓

毛受兄弟の墓

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長浜市
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賤ヶ岳の合戦において、大岩山の初戦では柴田勝家の軍が勝利を得ましたが、羽柴秀吉の素早い行動を予測しきれずに、次第に勝家側の敗色が濃くなっていきました。
 勝家は、自ら兵を率いて決戦を挑もうとしましたが、忠臣毛受勝助に諫められ、北ノ圧へ落ち延びて陣を立て直そうとしました。毛受勝肋は兄の茂左衛門とともに勝家の身代りとな...

山部神社・赤人寺

山部神社・赤人寺

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東近江市
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万葉歌人・山部赤人が生涯を閉じた地と言われ、山部神社と赤人寺が隣接して建っています。
山部神社には、赤人の歌を刻んだ石碑があり、赤人寺には、国指定重要文化財の鎌倉時代に建てられた七重石塔が残されています。

琵琶湖周航の歌記念碑

琵琶湖周航の歌記念碑

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高島市
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旧制三高の当時の水上部が立ち寄った場所で、「琵琶湖周航の歌」の誕生の地としての記念碑です。

若宮氏館跡

若宮氏館跡

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米原市
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山内一豊の妻の千代は、若宮喜助友興(わかみやきすけともおき)の子として、弘治三年(1557年)にここで生まれと言われています。永禄九年(1566年)に父友興が戦死し、叔母の夫の不破氏に養われていましたが、その後再び飯村に戻りました。この頃、隣村(宇賀野村)の長野家に身を寄せていた山内一豊母子と出合い、一豊の妻になったさ...

醒井地蔵尊・地蔵堂

醒井地蔵尊・地蔵堂

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米原市
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弘仁8年、大干ばつの時、伝教大師が醒井で地蔵菩薩を彫刻して降雨を祈願し、大雨が3日間降り続いたという。御丈1丈2尺の花崗岩による丸彫りの座像。初めは水中に安置されていたので、尻冷やし地蔵と呼ばれていた。魚を供養するために祀られたともいわれている。
 また、地蔵堂は江戸時代、大垣城主石川日向守が病気全快を感謝して建立した...

幻住庵

幻住庵

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大津市
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江戸時代に松尾芭蕉(1644-94)が4カ月間暮らした草庵。京阪電鉄石山寺駅の西にある国分山東斜面の近津尾(ちかつお)神社にあります。芭蕉が、ここでの生活を『幻住庵記(げんじゅうあんき)』に記したことはあまりにも有名です。幻住庵は、芭蕉の門人の1人であった菅沼曲翠(すがぬまきょくすい)(1659-1717)が義仲寺で...

天保義民碑

天保義民碑

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湖南市
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天保13年(1842年)、代官の不正な検地に抗議するため、旧甲賀郡、旧野洲郡、旧栗太郡の総勢約4万人の農民がいっせいに蜂起した。これが、歴史に有名な天保一揆である。検地を中止させ「十万日延期」の目的を達した。ただし、一揆のリーダーの庄屋クラスの農民達の払った代償も大きく、このときの一揆で犠牲になった祖先の魂をなぐさめ、...

和田古墳群

和田古墳群

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栗東市
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6世紀中頃〜7世紀にかけてつくられた古墳群で9基の古墳が存在します。現在、和田古墳公園として整備されており、5号墳の石室は復元して中を見学できるようになっています。出土した遺物は、隣接する出土文化財センターで展示しています。
※現在、出土文化財センターは公開していません。調査研究および団体見学のみの事前受付となってい...

松尾寺 (天台宗)

松尾寺 (天台宗)

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米原市
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普門山と称する天台宗の古刹で、松尾山中にあります。創建はかなり古く、奈良時代後期に役行者(えんのぎょうじゃ)の開基、平安時代前期の伊吹山寺三修の高弟、松尾童子の中輿と伝えられています。本尊は、祈願中に雲中より飛来したという十一面観音菩薩で、一般に「飛行観音」と呼ばれて、航空を含めた旅の守り仏様、また厄除けの寺としても...

花の生涯の碑(彦根城金亀児童公園)

花の生涯の碑(彦根城金亀児童公園)

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彦根市
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舟橋聖一の『花の生涯』は、昭和27年7月から1年間、毎日新聞に連載され、また、同38年には第1回NHK大型テレビドラマとなり大好評を博しました。

泣き地蔵

泣き地蔵

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栗東市
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その昔、旧信楽道のこの辺りには、旅人を泣かせるほどの坂があったことから、安全祈願のために花崗岩の巨石に薬師・釈迦・阿弥陀の三体の如来像が刻まれたと伝わる。