観光スポット

109件中1-20件目を表示

表示切り替え

本願寺八幡別院(金台寺)

本願寺八幡別院(金台寺)

エリア
近江八幡市
カテゴリ

豊臣秀次が開いた城下町に、安土城の城下町から移築した浄土真宗本願寺派の大寺院です。徳川家康が宿泊し、朝鮮通信使の昼食所ともなりました。寺には1711年に寺に立ち寄った通信使の従事官・李邦彦の書が保存されている。

朝鮮通信使について
琵琶湖の東、彦根市から野洲市にかけて「朝鮮人街道」と呼ばれる街道があるのをご...

長光寺(花の木寺)

長光寺(花の木寺)

エリア
近江八幡市
カテゴリ

長光寺の始まりは、聖徳太子が老蘇の森に仮官された時、高階の妃は御難産でしたので、太子は妃に「仏法を信じ仏の加護を祈りなさい」とお諭しされます。妃はひたすら諸仏の慈悲を仰がれた所、西南の方より仏の使いが来て、「汝が願いは、正しく観世音が救い給う」と言って、仏の使いは飛びさり、妃は安産されました。
太子が使いを派遣された...

日吉大社(日吉馬場)

日吉大社(日吉馬場)

エリア
大津市
カテゴリ

京阪坂本駅から日吉大社入口の鳥居までの日吉馬場(ひよしのばんば)と呼ばれる県道が約200本の桜で満開になる。山桜、染井吉野、枝垂れ桜などさまざまな種類の桜が咲き乱れる。

日吉大社例祭の山王祭の13日の稚児による花渡り行列や14日の神輿渡御の時期に見頃を迎えると、春の山王祭・坂本がいっそう華やかになる。

*ラ...

北国街道米原宿

北国街道米原宿

エリア
米原市
カテゴリ

現在のJR米原駅東口側にあたる米原宿は北国街道の宿場でした。
 筑摩江(入江内湖)に米原湊が開かれ湖上交通の要衝として栄えました。付近には枯山水庭園が名勝に指定されている青岸寺があります。

街道には、北国街道と中山道へ抜ける道への分岐点を標す道標(1846年に再建)が残ります。

沖島

沖島

エリア
近江八幡市
カテゴリ

近江八幡市から琵琶湖の沖合約1.5㎞に浮かぶ沖島は、琵琶湖最大の島です。周囲約6.8㎞、面積約1.53k㎡で琵琶湖最大の島です。約250人の人が住んでいます。湖沼の島に人が住む例は世界的にも少なく、学術的にも注目されています
 市内への交通手段はもちろん船。通学、通勤用に定期便も運行されています。
 長命寺山や鈴鹿...

七曲がりの仏壇街

七曲がりの仏壇街

エリア
彦根市
カテゴリ

中山道の高宮宿から彦根城へ向かう道を彦根道と言い、芹川の近くで幾度も道が屈曲しており、ここを七曲りと呼んでいます。現在は彦根の伝統産業の仏壇を作る店が軒を並べています。
伝統工芸品「彦根仏壇」は、木地師、宮殿師、彫刻師、漆塗師、金箔押師、蒔絵師、錺金師の七職の職人により、ひとつひとつ手づくりで作り上げられていく。彦根...

東海道伝馬館

東海道伝馬館

エリア
甲賀市
カテゴリ

東海道や土山宿の情報発信の拠点施設です。隣接する東海道筋には、宿の管理と運営を行っていた問屋場跡があり、古い町並みの景観を活かしつつ、東海道や宿・伝馬制度をテーマにした展示を行っています。館内には、問屋場の復元展示、街道や宿についての展示、特産品販売コーナー、体験工房などがあります。

地蔵川の梅花藻

地蔵川の梅花藻

エリア
米原市
カテゴリ

清流・地蔵川には梅の花に似た可憐な水中花「梅花藻」が咲くことで有名です。梅花藻はキンポウゲ科の淡水植物で、5月中旬から小さな花が水面から顔を出し始め、盛夏に向かって花の数が増えていきます。7月初旬から9月中旬までが見ごろとなります。
中山道61番目の宿場町である醒井宿の風情ある街並みと地蔵川のせせらぎ、そして可憐な梅...

常夜燈

常夜燈

エリア
愛荘町
カテゴリ

中山道愛知川を照らす常夜燈。祇園神社境内西隅に国道8号向きを正面として建てられています。石造大型の燈で、弘化3年(1846)2月の銘があり、寄進者47名と石工の名も銘刻しています。燈の高さは4m35cm。

八幡堀

八幡堀

エリア
近江八幡市
カテゴリ

八幡堀は、安土・桃山時代に豊臣秀次の八幡山城居城のもと、城下町が栄える基礎となった町の一大動脈です。
近江商人の発祥と発展、また町の繁栄に大きな役割を果たし賑わいを見せたといいます。
昭和初期までは、常に町の人々の経済・流通路でしたが、戦後は陸上交通の発展によって不要となった八幡堀は廃れ、ドブ川となり、埋め立ての予...

太田酒造 道灌蔵

太田酒造 道灌蔵

エリア
草津市
カテゴリ

江戸城築城の祖として、文武両道に優れた武将名高い太田道灌を祖先に持つ太田家は、東海道五十三次の宿場の中でも大宿であり、また水陸交通の要所でもあった草津において、海道の動静を見守る関守を務め草津行政の中心となっていました。
 太田家が酒造りを始めたのは廃藩後のこと。当時所領としていた100余町歩の田畑から収められる良質の...

黒壁スクエア

黒壁スクエア

エリア
長浜市
カテゴリ

北国街道と、長浜城から東に延びる大手門通り(美濃谷汲街道)との交差点は、江戸時代に高札が立ち、現在でも「札の辻」と呼ばれています。古くから長浜の中心だったこの辻に、明治33年(1900)第百三十国立銀行長浜支店(6年後に明治銀行となる)が建てられ、壁が黒塗りだったことから「黒壁銀行」の愛称で親しまれました。
 和洋折...

大溝城下町

大溝城下町

エリア
高島市
カテゴリ

江戸時代、大溝に着任した分部光信が建設しました。通りの中央に水路を通すなど、水の恵みを巧みに利用した城下町形成に力を注いだと考えられます。また、湖西唯一の曳山祭(大溝祭)も行われます。

中山道・柏原宿

中山道・柏原宿

エリア
米原市
カテゴリ

JR東海道本線柏原(かしわばら)駅のあたりを中心に、かつて柏原宿が広がっていました。東西13町(約1.5km)にもおよぶ中山道の中でも大規模な宿場町で、344軒の家があったと伝えられていますが、現在では、常夜灯(じょうやとう)や街道沿いの宿場町特有の2階建の軒の低い数軒の家が面影を伝えています。
 京から江戸へ向か...

今宿一里塚

今宿一里塚

エリア
守山市
カテゴリ

JR守山駅の西、守山市農協守山支店前(旧物部村役場跡)に残っている市指定の史跡。 一里塚とは江戸時代に幕府が制定した塚で、日本橋を起点に主要街道に沿って一里ごとに榎(えのき)などの木を植えたものです。一里ごとに街道の両側に五間(約9m)四方の塚を作って植え、遠方からでもよく見えるようにし、木陰で休憩したり、馬子(まご)...

中山道守山宿 町家 うの家(守山市歴史文化まちづくり館)

中山道守山宿 町家 うの家(守山市歴史文化まちづくり館)

エリア
守山市
カテゴリ

平成24年1月にオープン。江戸時代末期から明治初期にかけて建てられた造り酒屋の趣を残しています。

うの家は元内閣総理大臣 宇野宗佑氏が生まれ育った家でした。

江戸時代では「年寄」と言う役職を務め、「長左衛門」と名乗っていました。また、宿場に馬や人足(労働力)を提供する事を家業としていました。
その後荒物屋...

追分道標

追分道標

エリア
草津市
カテゴリ

草津には、東海道・中山道を往来する旅人の道しるべとして親しまれた道標が数多く残っています。江戸寄りの入口、草津川堤防上にある火袋つきの石造道標(1816)、東海道と中山道の分岐点にある火袋つきの石造道標(1816)、東海道と矢橋道の分岐点にある石造道標(1798)、立木神社境内にある道標(1680)などがそうです。
...

しみんふくし滋賀 野間清六邸

しみんふくし滋賀 野間清六邸

エリア
近江八幡市
カテゴリ

延享時代(1744年)に茨城県に出店し、結城の御三家と言われるほど勢力を誇りました。日清戦争の頃、「日本誉」という酒を販売した折り、時勢と合致し大きく売上を伸ばしたと伝えられています。最後の当主は、芸術を愛したことでも知られ商売、自ら廃業しました。現在は、しみんふくし滋賀が管理をし、祭事等には特別公開をされます。

寝物語の里

寝物語の里

エリア
米原市
カテゴリ

岐阜県との県境にあるこの史跡は、江濃国境にまつわる「寝物語」の伝承地です。

昔、国境の小さな溝を隔てて建つ両国の旅籠の泊まり客どうしが、寝ながら話しができたことから付いた呼称です。
 安藤広重の「木曽街道六十九宿」に描かれた今須宿の図は、この地を描いたものです。現在宿等はなく、石碑のみが建っています。

矢倉道標

矢倉道標

エリア
草津市
カテゴリ

東海道と矢橋街道の分岐点にあたる、かつて「姥ケ餅屋」があった場所の北の軒先に寛政10年(1798)に建てられた一基の石造道標があります。これは、東海道を道ゆく旅人を矢橋の渡し場へと道案内するものでした。
この道標は、歌川広重の描く浮世絵をはじめ、「東海道名所図会」や「伊勢参宮名所図会」などに紹介された「姥ケ餅屋」の軒...