モデルコース

近江湖東の古刹 湖東三山めぐり

日程
1泊2日
エリア
湖東・東近江

紅葉はもちろん、新緑もおすすめ

1
名神彦根IC
13km
  • 20分

湖東三山の一つに数えられる天台宗の寺。平安時代、仁明(にんみょう)天皇の勅願により三修上人が開山したと伝えられます。戦国時代には兵火のため荒れ果てていましたが、江戸時代中期に望月友閑(もちづきゆうかん)によって再興されました。
 門をくぐると参道が続き、山坊跡の石垣が散在しており、平安、鎌倉、室町時代を通じて祈願・修行(しゅぎょう)道場として栄えたことがうかがわれます。幸い織田信長の兵火を免れ、飛騨(ひだ)の匠によって建立された本堂や三重塔や二天門が残されています。
 本堂は、鎌倉時代初期に建立された建造物で、釘を一本も使わない純和風建築です。鎌倉の様式がよく保存され、国宝第一号に指定されています。
 本堂の右方に立つ三重塔は、総檜(そうひのき)の優美な姿の塔といわれ、初層内部に極彩色で金剛界の三十二菩薩など鎌倉時代の極楽浄土が描かれています。本堂と同じく釘を一本も使わない純和風建築で、国宝に指定されています。正面両脇に増長天(ぞうちょうてん)、持国天(じこくてん)を祀る二天門は、室町時代に建立され、重要文化財に指定されています。
 また、紅葉の名所としても有名ですが、不断桜...

4km
  • 3分

湖東三山の一つで、奈良時代に聖武(しょうむ)天皇の勅願により行基が開山した天台宗の寺院。本尊は行基の作と伝えられます。また、源義経(みなもとのよしつね)が義仲追討の武運必勝を願い太刀を寄進したり、北条時宗が佐々木頼綱に命じて元軍降伏の祈願をしたといわれます。 山門から本堂までサツキに囲まれた石段が続き、山岳城郭であったころの趣を今なお残しています。石段を登りつめたところに、当時の僧の機智により織田信長の焼き打ちによる焼失の難を免れた本堂大悲閣、三重塔、二天門があります。本堂大悲閣は、鎌倉時代の和様建築の代表とされ、国宝に指定されています。本堂前にある二天門は室町時代の建立で、最初、八脚門と呼ばれる楼門でしたが、江戸時代に二階部分が取り壊され現在の形になりました。三重塔は大悲閣(だいひかく)より古いものですが、荒廃したままとなっていたため、昭和49年(1974)復元されました。 ツツジやシャクナゲの名所としても知られ、山門脇に塔頭の常照庵(じょうしょうあん)が草むらに埋もれ残っていて、寺宝にも見るべきものが多いです。また、厄除けのかぶら汁が接侍される初観音や、大きな数珠(じゅず)を回し...

1km
  • 徒歩1分

湖東三山の一つの金剛輪寺に隣接し、湖東三山を中心にした宗教文化、古代豪族「依智秦氏」、そしてこの地方の歴史文化などを紹介します。収蔵品のひとつで、もとは金剛輪寺に安置されていたという金銅造聖観音坐像のレプリカは現在、像を収蔵するボストン美術館まで出向いて製作されたもの。

8km
  • 16分

重厚な石垣に覆われた『山城』の趣が漂う天台宗の寺院。
近江の最古級寺院で、今から1400年の昔、推古14年(606年)に、聖徳太子が百済人のために押立山(771.8m)の中腹に百済国の「龍雲寺」を模して創建された。
龍雲寺と百済寺のご本尊は、同一の巨木から彫られた「同木二体」の十一面観世音菩薩と伝わる。
開闢法要には、高句麗僧恵慈をはじめ百済僧道欽が仕え、暦を伝えた観勒も永く住したと言われている。
その後、鎌倉時代には、「天台別院」と称され中枢部の300坊に加えて総計1000坊、1300余人を擁する大寺院となりましたが、室町・戦国時代には度重なる兵火、とくに天正元年4月11日に信長の焼討を受け、ルイス・フロイスは『地上の天国:Facusangi一千坊』の消失を惜しんでいます。
江戸初期になって、井伊家、春日局、甲良豊後守等の寄進を得て現在の本堂・仁王門・山門等が再建されました。
往時の姿は、「石垣参道」、棚田のような「一千坊跡群」、「千年菩提樹」などから偲ぶことが出来ます。
<重文>絹本著色日吉山王神像、紺紙金泥妙法蓮華経入黒漆蒔絵函、金銅唐草文磐、桧皮葺本堂。
<備考...

10km
  • 20分

愛知(えち)川右岸にある臨済宗永源寺派の大本山。南北朝時代、近江の領主であった佐々木氏頼が、寂室元光禅師(じゃくしつげんこうぜんじ)を開山に迎え、伽藍(がらん)を建立したのが始まり。その後も永源寺には高僧が集まり、佐々木氏の庇護のもと盛時には2000人もの修行僧を擁したといいます。戦乱の時代には兵火で衰えましたが、江戸時代に一絲文守禅師(いっしぶんしゅぜんじ)が住山されると、後水尾天皇や東福門院らの帰依を得て、さらに彦根藩井伊氏の庇護によって諸堂が整えられました。
 石段の参道を登ると、右手に愛知川があり、左手の石崖には十六羅漢の石仏などが奉安されています。参道一帯にはモミジ・カエデが多く、秋の紅葉期には多くの観光客で賑わいます。総門の手前少し登った所に井伊家四代目直興公の墓碑があります。山門をくぐると、境内には庫裡(くり)・鐘楼・方丈・法堂・禅堂・開山堂などが建ち並びます。開山堂には、国指定の重要文化財である寂室和尚坐像があります。
 また本尊の聖観音像は秘仏で、「世継ぎ観音」とも呼ばれ、祈願すると子供や跡継ぎに恵まれると伝えられています。

〈重文〉絹本著色地蔵十王図(1...

10km
  • 15分
7
名神八日市IC