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源昌寺
伊香西国28番の東岳山中林寺の聖観音菩薩像があります。
津野神社
祭神は「紀角宿弥」で「角凝魂命」「武内宿弥」を配祀する角郷の総地主神です。日置神社とともに、毎年4月第3日曜日には「川上祭」(別名サンヤレ祭)が盛大に行われ、多くの見物客でに賑わいます。
日牟禮八幡宮
JR近江八幡駅の北西約2.3km、八幡山(271.9m)の南麓にある神社。誉田別尊(ほんたわけのみこと)・息長足姫尊(おきながたらしひめのみこと)・比売神(ひめかみ)の三神を祭神とする旧八幡町の総社で、第13代成務天皇が即位の折に創建され、正暦2年(991年)に九州の宇佐八幡宮の神霊を勧進したと伝わります。 約4...
水尾神社
水尾神社(みおじんじゃ)の祭神は垂仁天皇で、古代この地に栄えた豪族水尾君一族の祖とされています。近くには、鴨稲荷山古墳や拝戸の古墳群もあり、このあたりが古代文化の一つの中心圏をなしていたことが知られます。統治者、政治家、経営者など人の長たるべき人の神、更には安産、子授け、厄除けの神として崇敬されています。
勝手神社
創立された時期はわかっていませんが、古くは「岡屋大明神」「勝手大明神」とよばれていました。現在の本殿は、応永7年に上棟されたことが確認できています。中世の特徴を見せる本殿は、三間社流造で、国指定の重要文化財になっています。深い緑に囲まれた静かな社です。
老杉神社
JR草津駅の北西約3km、浜街道(はまかいどう)沿いにあります。祭神は素戔鳴尊(すさのおのみこと)で、社伝によれば大和時代の末期に神霊が大杉の梢に降臨し、これを祀って老杉神社としたのが始まりとされています。 室町時代末期、宝徳(ほうとく)4年(1452)に建立された本殿は、国指定の重要文化財です。ひわだ葺(ぶき)...
永明寺
滋賀県内屈指! 明朝風(中国式)寺院
懸所宝塔
善立寺・因宗寺はJR守山駅の北西約1.7kmにある真宗大谷派の寺院です。室町時代中期に、金森道西坊(かなもりどうさいぼう)が本願寺(ほんがんじ)の蓮如(れんにょ)に帰依(きえ)し、一寺を建立したのが始まりと伝えられています。 境内は1000平方メートル弱で、本堂・庫裏(くり)・山門などが建っています。
境内隅に立...
福明寺
高嶺地区にある真言宗の寺院。木造地蔵菩薩坐像は、県指定の重要文化財で、胎内に建仁元年(鎌倉時代)の墨書きがある。
大澤寺
奈良時代の行基開基の曹洞宗寺院で、十一面千手観世音菩薩を本尊とします。賤ヶ岳の合戦により堂宇は焼失しましたが、本尊は村人により助け出され、その後、菅山寺の中興の法師によって再建されました。 鐘堂に吊るされている釣鐘は応永19(1412)年の銘があり、賤ヶ岳の合戦に柴田勝家の家臣、佐久間盛政が敵の羽柴秀吉の軍兵が着...
東福寺
天台真盛宗である東福寺は平安時代後期の開基のころは仁安寺といい、七堂伽藍を構える巨刹でした。
現在は小寺ですが、平安後期の作で端正な容貌で大きな慈悲の心を表現した本尊の薬師如来坐像は国指定の重要文化財です。 他にも同じく平安時代の作とされる木造如来形坐像と木造菩薩形立像は県指定文化財に指定されています。
奥石神社
観音寺山(繖山(きぬがさやま)432.7m)の南、国道8号線と東海道新幹線が立体交差する地点にある老蘇(おいそ)の森の中にあります。祭神は、藤原氏の祖である天津児室根命(あまつこやねのみこと)です。創祀については明らかではありません。もともと、この神社は繖山山頂の磐座を遠拝する祭祀場として営まれたものであるといわれて...
延命地蔵尊
多賀大社の門前町にある延命地蔵尊。古くから地蔵信仰の場で、多賀大社参拝の人も立ち寄っていました。本堂は、中央に本尊地蔵菩薩を安置し、左側に、地獄で人の罪を裁くという閻魔大王を中心にして、罪を記録し報告するという倶生神、司録神、浄玻梨を配して、地獄の場面を表し、右側に地獄の苦を救う千手千眼自在菩薩を配している。
興聖寺(足利庭園)
寛元元年(1243年)宋から帰国した曹洞宗の開祖、道元禅師(どうげんぜんし)が朽木の里を訪れた際、付近の風光明媚な様子が宇治の輿聖寺に酷似していると大変感激して、領主の朽木氏にこの地に一寺の創建を勧めたのが始まりといわれています。林のように木々が茂っている中に寺が立っており、境内からは安曇川や上山などの広大で雄大な景色...
犬上神社(多賀町)
大瀧神社の境内神社。ミコトが狩りに出られた時、大蛇に食べられそうになったのを、その飼い犬に助けられたことから犬を祀った神社として有名になり、「犬胴松」と呼ばれる松に伝わる伝説にも残っています。犬上郡の地名も「犬噛」からきているといわれています。
千代神社
昭和40年、現在地に解体移築されました。彩色塗装も美しく、蟇股や長押など極彩色塗りです。重要文化財に指定されています。
高源寺
もとは天台宗に属し、十福寺と呼ばれていましたが、戦国時代に廃寺となり江戸初期に再興され、天徳山高源寺とし、臨済宗妙心寺派に属し、現在に至っています。最盛期には書院三十坪、仏殿二十五坪、奥殿三十坪、禅堂三十二坪などを要する大寺院で、常に五十有余人が住した湖東における名刹でありました。しかし、明治九年の火災により石田三成の...
彦根・竹生島航路(オーミマリン)
竹生島(ちくぶしま)は、深緑の景観をもつとして琵琶湖八景のひとつに数えられています。古くから「神の島」として祟られ、人々に厚く信仰されてきました。 竹生島には、西国第三十番札所で本尊の大弁財天が安置されている竹生島宝厳寺(ほうごんじ)や、狩野派の筆と伝えられる襖絵の天井画がある本殿をもつ都久夫須麻神社(竹生島神社)が...
甲賀歴史民俗資料館
甲賀町には23件の国指定有形文化財があり、県内4番目を誇っています。 文化財の他にも資料は多く存在し、これらを保存・展示しているのが歴史民俗資料館です。館内には古文書や生活用具、忍者の里らしい甲冑類、刀剣、手裏剣など数多く並び、歴史愛好家でなくとも関心を引きます。
小津神社
JR守山駅の北西約4.3kmの大きな森の中にあります。古代豪族小津(おづ)氏を祀ったのが、始まりとされています。のち主神として宇迦乃御魂命(うがのみたまのみこと)などが祀られました。古くから、皇室や武門の崇敬が厚く、足利尊氏(あしかがたかうじ)は南北朝の乱の際に神聖な境内への兵馬の乱入を固く禁じたと伝えられています。...