menu
表示切り替え
芦浦観音寺跡
天台宗寺院の芦浦観音寺は、応永15年(1408年)に歓雅によって再興されたと伝えられています。歴代住職のうち、特に芦浦観音寺三傑僧と呼ばれた八世賢珍・九世詮舜・十世朝賢らはそれぞれ織田信長・豊臣秀吉・徳川家康といった天下人と交わりを持っており、そのうち九世詮舜は、秀吉より琵琶湖湖上交通を管理する船奉行に任命され、また...
桧尾寺
平安時代、最澄開基の天台宗寺院。「ふだらくの峰より落つる滝の水たえぬ流れや池田なるらん」
山村神社
祭神は天之神と菅原道真で昔から「占石」をもつことで有名です。「近江興地志略」に「社壇に1尺ばかり円石があって参詣者が吉凶を占ってほしいときは神主に頼むと神前でそのことを高く唱える。吉のときは軽く挙がり、凶の時は盤石の如く重い。近国の人々の参詣が多い。」と記述されています。
全長寺
文明元年(1469)僧全長、池原村字新堂に阿弥陀如来を本尊とする浄土宗の一宇を開き全長坊(ぜんちょうぼう)と称す。大永6年(1526)全長示寂を前に禅門に帰依し、同郡椿坂村曹洞宗桂照院二世頤正全養に請うて全長坊を託す。慶長2年(1597)頤正禅師、全長の意を受け全長坊を曹洞宗に転じ、寺名を久沢山全長寺と改め、当寺の開山...
八幡神社(高月町)
八幡神社境内に位置する滋賀県最大のケヤキ。こぶをいくつも抱え、どっしりとした幹周りで、腕を広げたようなみごとな枝振り。正に野神の名にふさわしい巨木である。毎年8月16日に野神祭が営まれる。県指定自然記念物。
正光寺
国道8号線からすこし南に位置します。閑静な境内は訪れる人も少なく落ち着いた雰囲気です。本尊の阿弥陀如来像は南北朝時代の作で、国指定の重要文化財となっています。像高99センチ寄木刳りで玉眼を嵌入し、肉身は粉溜塗、衲衣は漆塗りを施しています。
敬恩寺
近江湖南二十七名刹霊場のひとつ。
金勝山の北に立ちます。開基は不明ですが、室町時代に浄土宗寺院として再興されたと伝わります。本尊の木造阿弥陀如来立像は鎌倉時代の作品で国指定の重要文化財です。
仙琳寺
首より上の病気に霊験があるといわれます。そのためか、彦根花街の芸奴さんの参詣が多いです。
洞寿院(余呉三山)
丹生川上流の菅並からさらに支流・妙理川をさかのぼった渓間にあり、湖北の曹洞宗を代表する寺です。室町時代前期、如仲(にょちゅう)禅師の開山で、修行の道場として大勢の禅僧を養育し、宗派を広げました。安土桃山年代には朱印寺となり、格式の高さを誇っていました。鎌倉時代前期の造立銘を持つ、観音菩薩立像(国指定の重要文化財)や大...
常栄寺
曹洞宗の寺院で山号は龍王山と称し、越前小林寺に属します。本尊は釈迦牟尼仏。湖西随一といわれる山門は、荘厳さ溢れる楼門です。
安楽寺(東近江市)
繖山の一部、伊庭山(いば)の中腹にある天台宗寺院。繖山無量寿院(むりょうじゅいん)と号し、聖徳太子が近江に建てた48寺院の第1番目という(與地志略)。本尊は千手十一面観音。当寺と末寺閣魔堂(えんまどう=現十応寺=じゅうおうじ)は八王子法橋(はちおうじほうきょう)五人衆・十六人衆によって維持運営された。八王子法橋伝釆文...
福之島弁財天
戦国時代の天文年間に、文吉という信心深い漁師がいました。ある日嵐で難破したにもかかわらず一命をとりとめました。その夜の夢に弁財天が現れ「日頃の信心からおまえを助けた」と告げられたため、打ち上げられた砂寄州に祠を建てたのがはじまりと伝えられている。かつての弁天島周辺の湖底からは縄文時代の遺物が発見されている。
斎神社
「源氏物語」に登場する斎王一行が伊勢へ向かう途中、当地に泊まったと伝えられています。南側の古い石段を上がると、阿星山、金勝寺、東寺、西寺と、湖南を代表する景色が望めます。
小椋神社
仰木の氏神で、平安時代の「延喜式」に記載される古社。境内には大宮・若宮・今宮・新宮神社の境内社が祀られる。5月3日には仰木祭が行われる。
春日神社
金勝寺の別院、狛坂寺守護神として創建されたと伝わる社。室町時代の建築様式をよく表した表門は国指定の重要文化財です。大野神社の南に立っています。
日吉東照宮
徳川家康公(1541-1616)の没後、彼を大権現(だいごんげん)と讃えて僧天海(てんかい)が縁の地に建てた東照宮のうちの1つです。現在の社殿は江戸時代前期(西暦1634年)に完成しました。明治時代以降は、日吉大社の末社となっています。 透塀(すきべい)がめぐらされた唐門(からもん)をくぐると、日光東照宮に劣らず素...
建部大社
瀬田の唐橋の東約500m。この社は、近江一の宮といわれ、長い歴史と由緒を持つ全国屈指の古社です。祭神は、日本武尊(やまとたけるのみこと)。奈良時代に神崎郡建部郷(かんざきぐんたてべごう)から瀬田大野山(所在不明)山頂に遷され、その後、建部氏によって現在地に遷座されました。 古くから歴代朝廷の尊信が篤く、また武将たちの...
邇々杵神社
村の東部、国道367号の東にある宮前坊の氏神で、邇々杵尊(ににぎのみこと)が祭神です。 木造の二重多宝塔は、朽木神宮寺(くつきじんぐうじ)に属していましたが、邇々杵神社の奥の院の塔とも考えられています。どっしりとした安定感がある塔で、宝塔内には木造釈迦如来像と23躯の薬師如来像が安置され、古来から信仰を集めていま...
真廣寺
薬師如来座像は見るからに均整のとれた一木割矧造りの漆箔像で、左手に薬壷をのせ、結跏跌坐しています。 温和な表情からは定朝様式の藤原仏を感じさせますが、そのどっしりとした体躯からは貞観様式をも感じさせ、平安時代末期の作と考えられます。 伝説ではこの薬師如来は、霊仙の山中にあった霊仙寺の本尊であったものが、天野川に流さ...
藁園神社
正元元年(1259)、地震をともなう大雨が続き洪水となり、社殿が浸水した時に大鯰が現れ神主が退治したところ、たちまち雨がやんで晴れてきた。また、生保三年(1646)、降雨が少なく農作物に害虫が異常発生したため、困って害虫駆除の祈願をしたところ鯰が現れ害虫を食い尽くしてくれた。 村人は喜んで祭典を行って神前に能楽を奉し...