信楽高原鐵道の紫香楽宮跡駅から北西へ約lkm、松林に覆われた丘陵地に残る、国指定の史跡です。 紫香楽宮跡は、奈良時代の天平14年(742)、現在の京都府相楽郡加茂町(そうらくぐんかもちょう)に恭仁宮(くにのみや)を造営中であった聖武(しょうむ)天皇が、恭仁宮から東北への道を開いてこの地に造営した離宮であり、たびたびの行幸の後、3年後に改めて正式の皇居と定められました。 緑の松林に囲まれた緩い坂の参道をたどると、金堂跡があり、背後を囲むように僧坊跡・経堂跡・鐘楼跡・塔院跡などの礎石(そせき)が並んでいます。このほか、東西90m・南北110mにわたる広い丘陵地には、建造当時の335個の礎石が完全に残り、はるか天平時代の雅やかな雰囲気が偲ばれます。
<史跡>紫香楽宮 奈良時代跡