近江の城50選

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24 坂本城跡(さかもとじょうあと)(大津市)

坂本城址公園 坂本城址公園

 比叡山の焼き討ちを行った織田信長は、比叡山と湖南・湖西地方をおさえるために、交通の要所である坂本の地に、元亀2年(1571年)に明智光秀に坂本城を築かせました。築城に造詣の深かった光秀は、琵琶湖の湖岸に大天守と小天守をもつ豪壮絢爛な水城を建て、その姿は宣教師フロイスの書に安土城に次ぐ城であったと記されました。
 光秀は天正10年(1582年)の本能寺の変で信長を討ちましたが、直後の山崎の戦いにおいて羽柴秀吉に敗れて自刃しました。その翌日、重臣の明智秀満が光秀の一族と共に城に火を放ち自害し、坂本城は焼失しました。その後、丹羽長秀によって坂本城は再建されましたが、秀吉が浅野長政に命じて大津城を築城した天正14年(1586年)頃に廃城になりました。

城データ

築城年代
元亀二年(1571年)
築城者
明智 光秀
城の種類
水城
遺構・見どころ
石垣(湖中)・明智塚・光秀一族の墓(西教寺)
アクセス
京阪電車松ノ馬場駅から徒歩20分
里坊の石垣

堅固な石垣造りの伝承の地
 坂本は、城の石垣などを作った穴太衆(あのうしゅう)と呼ばれる石工集団の出身地としても知られています。比叡山延暦寺の門前町でもあった坂本で、僧侶の住居として使われていた里坊には穴太衆の石垣が残されています。
  自然石を綿密な計算のもと積み上げて作られたその見事な石垣は、白壁の塀や植え込みなどと調和して、落ち着いた雰囲気を漂わせています。
写真左:国の重要伝統的建造物群保存地区に指定されている里坊の石垣

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