平安時代の末期、後白河院(1127~92)が編んだ「今様」の歌謡集「梁塵秘抄」に琵琶湖を詠んだ歌が収められている。琵琶湖は湖ではなく比叡山のお薬師様の池なのだ。涅槃の四徳(永遠で、安楽で、絶対で、清浄である)のお慈悲に満ちた清らかな風が吹き、湖面は金、銀、珊瑚などの七宝が美しい蓮の花のようだと、琵琶湖を壮大なスケールで謡う。作者はわからないが、僧侶か、仏教に深い造詣のあった人だろう。比叡山から朝日に輝く琵琶湖を望み、そのあまりの美しさに思わず手を合わせて詠んだ歌ではないだろうか。

私は近江に伝わる貴重な仏像を数多く撮影してきたが、早朝、湖西の山に登り、琵琶湖の夜明けを待ってカメラを構える時、お寺の本堂でご本尊を撮影をしているような緊張感と崇高な気持ちが重なり、琵琶湖がとても愛おしいものに感じられる。近江にはそうした感覚が蘇る風景が、まだまだたくさん残されているのだ。そんなお遍路さんのような旅を琵琶湖の北西部、高島市から始めたいと思う。

滋賀県第二の大河、安曇川の肥沃な扇状地に田畑と街が程よい間隔に広がり、背後の山々に降る雨や雪は分水嶺が流れを分かち、日本海と琵琶湖を経て太平洋に注ぐ。丹波山地を水源とする大河は古代から多くの恩恵を人々に与え、川ぞいの道は日本海の物産を京都へ運ぶ街道となり、あらゆる文化をもたらした。川の氾濫を防ぐため植樹した竹が材料となり、扇骨の生産は県下有数の地場産業へ発展。何より扇状地に湧き出る清らかな水は田畑を潤し、うまい酒を造り、万葉人は船で訪れ旅の歌を多く残し、日本陽明学の祖・近江聖人中江藤樹はこの地に生まれた。
夜明け前、周囲の少し高い所に登って琵琶湖に登る朝日を望む時、そんな歴史の一コマが一緒に蘇って見えてきそうな高島である。

上記記事はPHP研究所発行の「歴史街道 2010年2月号」の記事をもとに構成しています。