水郷を手こぎ舟でゆっくり進む。
ヨシをわたる風に、懐かしい歌声が聞こえる。
水郷を手こぎ舟でゆっくり進む。揺りかごのような心地好い揺れに身を任せ、ヨシをわたる風に吹かれて野鳥の声に耳を傾ける。八幡山に城を構えた豊臣秀次がこの優雅な舟遊びを始めたという。ヨシは水を浄化し、天然の鰻も獲れ、鳥たちの楽園となり、人の心も穏やかにしてくれる。環境にヨシ、自然にヨシ、眺めてヨシの三方ヨシの近江八幡の水郷は平成18年、国の「重要文化的景観」第1号に選定された。売り手よし、買い手よし、世間によしの誠実な仕事ぶりで繁栄した近江商人発祥の地・近江八幡は、八幡堀を運河とした城下町で、大店が軒を連ね、屋敷の中庭から伸びる見越しの松が往時の繁栄を伝える。しかし普段の生活は質素倹約で貫かれ、家庭を預かる女性たちは子供服などを再生するための端切れや糸くずを大切に分類して残し、それから再生される衣類や指貫などの諸道具は芸術作品と呼んでもおかしくない。近江商人が繁栄した秘訣は、そんな女性たちの生き方にあるのかもしれない。
町の発展の元は安土に始まる。中世から近世へ新しい時代の扉を開いた織田信長が計画した町づくりや交通、水運、経済政策がそっくり八幡の町に受け継がれたからだ。安土には信長以前の面影も多い。手こぎ舟に乗って、安土城の外堀から繖山(きぬがさやま/通称観音寺山)を望むと、観音寺城はいかにも難攻不落、日本を代表する山城として大きな氷山のように構える。近江の名門六角氏の居城地だ。今でも本丸付近には石垣で固めた曲輪跡が残り、暗渠(あんきょ)排水遺構や庭園跡も確認できる。時代の流れか、家臣の心が離れたか、天下統一を目指す信長が近江に侵攻すると寝返りが続出、城は落ちた。この山には平安時代以来、西国32番札所の観音正寺がある。聖徳太子の開基と伝わり、幾多の戦乱や火災にも屈せず不死鳥のごとく蘇って、老若男女の尊崇を集める。付近は水清く、観音寺山も何とも穏やかな山容に見える。ヨシをわたる風に、懐かしい歌声が混ざって聞こえるのはそのせいだろう。







