琵琶湖周辺の美しい自然と人との出会いを求めて、
時空も越える旅をこれからも続けていきたい
賤ヶ岳山頂から望む奥琵琶湖は、フィヨルドのような地形の先に神秘の島、竹生島が浮かぶ。周囲の山々には砦や城跡が残り、見下ろすと余呉湖は将棋盤のようだ。戦の展開が盤面に映り、秀吉の美濃大返しで七本槍の士気はあがり、柴田軍の潰走も見える。湖北の山々には山岳寺院跡も多く、今なおパワースポットのような気配を感じる。麓の人々はひときわ大きな木を「野神」として祀り、注連縄を張って感謝と五穀豊穣を祈る。そんな土地に、多くの優れた仏像が奇跡のように伝わる。幾度もの戦禍に村人たちは仏像を境内に埋め、川に沈めて守り通した。必ず再訪を約束したくなる渡岸寺の十一面観音菩薩像。妖艶さすら漂う彫像に恋する参拝者も多い。美しい村の乙女が迎えてくれるような石道寺の観音様。それに鶏足寺の観音様と対峙すれば、悩み事さえ忘れる。「どちらからお参りに来はったんや」と始まる地元の人の案内もありがたい。
この観音の里に江戸時代の儒学者、雨森芳洲は生まれた。誠信外交とは互いに欺かず争わず、真実をもって交わることと説き、鎖国の時代の教えは現在にも輝きを放つ。それを受け継ぐように雨森の住民たちは、町を徹底的に清めた。旅人がいつ来ても気持ちよいようにと通りを花で飾り、全国花のまちづくりコンクールに何度も表彰されている。晩秋には遠くシベリアからコハクチョウが越冬に訪れ、雪の降る季節も湖岸はにぎやかだ。コハクチョウの舞い降りる尾上港沖合いの水深は70メートルだが、湖底から完全な形の縄文式土器等が網にかかる。理由は解明されていないが、祭祀説をとればこの地方は山や里だけではなく湖の底まで祈りの場所なのかもしれない。山の雪もとける頃、湖北の山々を背景に鯉のぼりがはためき、田植えも始まる。夏にかけては生糸作りが続く。賤ヶ岳の麓は平安時代以来の生糸の産地で、最高級の邦楽器糸が紡ぎ出され、日本の伝統芸能を支える。琵琶湖周辺の美しい自然と人との出会いと感動に、時空も越えた旅をこれからも続けていきたいと思うのです。
賤ヶ岳古戦場
本能寺の変で織田信長が倒れた後、その主導権をめぐり豊臣秀吉と柴田勝家とが余呉湖を挟んで激突した。斬りこみ一番槍の功をたてた、世に名高い秀吉旗下の「賤ヶ岳の七本槍」の活躍はこのときの武勇伝。









