滋賀県の最高峰・伊吹山山頂より
歴史の舞台を一望する
寝物語の里にある幅60センチほどの溝を一跨ぎすると、美濃から近江に入る。国を隔てて隣家と壁ごしに話ができた。現在も岐阜と滋賀の県境である。この辺りから柏原にかけてベンガラ塗りの民家が多く、旧中山道の落ち着いた景観は広重の版画の中を歩いているかのようだ。柏原宿では、江戸でCMソングを大ヒットさせた「亀屋七兵衛左京」の店で、もぐさを買わずにはいられまい。醒井宿を流れる地蔵川には沈水植物バイカモが咲き、透明な水の中で爽やかな草原の風に吹かれているように見える。 鎌倉末期、佐々木道誉らの邀撃に遭い、六波羅探題の北条仲時以下432名が、番場宿の蓮華寺で自刃して果てた。それを悼むかのように、ミツバツツジが庭を覆いつくす。 中山道に面するこの寺を詣でた旅人たちは、やがて摺針峠に立ち、広大な琵琶湖を望んだことだろう。
そんな歴史の舞台を一望できるのが伊吹山山頂だ。滋賀県の最高峰(1377メートル)で、山頂には夏から秋にかけて高山植物が咲き誇り、伊吹もぐさなど薬草の宝庫でもある。しかし「息吹き」の名の通り荒ぶる神が住まう霊山で、ヤマトタケルも伊吹山の神との戦いで傷つき、居醒の清水で癒された。山岳修行の場として中腹には多くの寺や坊も築かれた。そこに神をも恐れぬ織田信長は、ポルトガルの宣教師に50町(約50ヘクタール)の土地を与え、薬草園を造らせて欧州から3000種の薬草を移植させたと江戸時代の俗書は記す。その真偽は不明ながら伊吹山には欧州原産の雑草3種が根づく。キバナノレンリソウもその1つで、今夏も鮮やかな黄色の花を咲かせた。持ち込んだのが信長とすれば、薬草には黒色火薬を作る成分を含むものもあっただろう。また伊吹山に自生する蓬を何度も発酵させ、火薬の原料を取り出す技術は高度な軍事機密の筈で、そんな伝承が後世の俗書に載ったのだろうか。満月の夜、山頂に建つヤマトタケル像の横に座り、満点の星と銀河星団のような町の灯を眺めると、それらが事実のように思えてきて、翌朝、黄色の花に訊いてみたくなるのです。







